第6話 みーちゃん、謝るのは嫌い
私、
「ベテランの山田さんに、初めてのわりにスムーズだって言ったらしいけど、いますぐ謝ってきてください。鈴ヶ浦さんはあの人にお世話になってるんだし、関係がこじれる前に修復したほうがいいですから」だって。誰かが社員さんに告げ口したようだ。ほんと陰湿。
でも、山田さんに謝れと言われても納得がいかない。だって謝罪ってのは自己否定の行為なのだ。子供のころも、悪気なく人を傷つけてしまったとき、先生から謝りなさいと言われると、本当に理不尽だと思った。自分が責められていると感じてしまうのだ。悪気がないのなら謝罪の必要はないって私は思っているし、謝れと言われることは自分を否定されたような気持ちになるから、ストレスのかかることなのだ。
こんなのイジメじゃん。
「だって、私は悪いことは何もしてないのに」
いいから謝れと社員からすごまれて、しぶしぶ山田さんの作業台へ向かった。
「山田さん、この前、私が」
「ごめん、今ちょっと仕上げの大事なところだから待って……。はい、いいよ。何?」
「スムーズだって言いましたけど、それは褒めたのであって、悪い意味はありません。誤解しないでください。スムーズというのは良い意味ですからね」
遠くで松木さんが顔をしかめたのが見えた。もしかして告げ口したのって松木さんなのかな。嫌な女。おっと、つい余計な考え事をしてしまった。まずは何だっけ、ああそうだ山田さんに私のことをわかってもらわなきゃ!
「私が言ったことで気に障ったのなら、それは山田さんが誤解しているからです。私のことを理解してください」
「……もういいよ、怒ってないから」
山田さんは苦笑して、話を終わらせようとしたが、私は食いさがった。
「私、よく人から誤解されるんですけど、人を悪く言ったりとかしないんです。分かってください。私は悪口とか陰口とか嫌いだし、そういうことは言いません。私そういう
「はいはい」
あんたの考えなんて興味がない、そう言いたげな顔で適当にあしらわれてしまい、私はしょんぼりと肩を落した。どうして皆は私のことを理解してくれないのだろう。もっと私の気持ちを分かってくれたらいいのに。そうしたら、皆は誤解だって気づくのに。
肩を落したまま自席に戻ると、
「そんな落ち込まんで、これでも食べて元気出しなさい! 次から気をつければいいんだからね。謝ったんだから、この件はもう終わったこと、ね!」
デブの鴻上さんが、私の手に饅頭を握らせてきた。私はにっこり笑い、
「悪いからいいです」
と言って、鴻上さんに饅頭を押し返した。
「私が食べたら申しわけないから、鴻上さんが食べてください。鴻上さんは食べるの大好きでしょ? 私、鴻上さんから食べ物をとるなんてできないですよ~」
「……あっそ」
口をへの字に曲げて、鴻上は仲の良いパートたちのところへ向かった。
でしゃばりの松木さんが寄ってきて、小声で尋ねてきた。
「お饅頭、嫌いなの?」
「嫌いじゃないです。私、甘い物には目がないですし」
「なら、鴻上さんのお饅頭をもらえばよかったのに」
「よくないですよ、悪いですもん」
「そうかな。断ったほうがかえって失礼だと私は思うよ」
「えー、失礼じゃないですよ、松木さんって結構図々しいんですね。私はお菓子なんて申し訳なくて受け取れないです。私って躾とかうるさい家庭で育ったから、そういうマナーはちゃんと心得ているんです」
「……そう」
松木さんはむっとした顔をした。自分の礼儀知らずを指摘されて怒ったのかなあ。でもせっかく教えてあげたんだし、この機会にマナーについて勉強し直したらいいのに。自分のだめなところを人に指摘してもらうのって、ありがたいことなんだから、むっとするのはおかしいと思う。やっぱり松木さんって性格悪いんだろうな。私みたいに謙虚でさっぱりした性格なら良かったのにね。
<つづく>
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