第5話 松木、セクハラ対策委員会に呼び出される
私、松木尚美は会社のセクハラ対策委員会とやらに呼び出された。シトザキが私からセクハラを受けていると訴えたらしい。
セクハラ対策委員は、何人かのメンバーからなる合議体で、呼び出された部屋にノックして入ると、うちの課長と知らない部長と副社長がいた。要は身内で身内のセクハラを裁くわけである。まともに機能するとは思えないが、こんな委員会でもないよりはマシであろう。
「彼は、あなたにセクハラされたと訴えていましてね」
副社長がそう切り出した。
「はあ、そうですか……」
「ところで、あなたは既婚者ですよね?」と唐突に尋ねられた。
「そうですけど、それが何か?」
「不倫するよう強要されたと彼は言っています」
「……は? 不倫? 誰が誰とですか?」
「あなたと彼です。あなたは彼に不倫を迫ったんですよね」
「……はああああ??? 私はそんなことしてません!」
いきなり何の話だ!?
「以前、パート女性たちで彼に詰め寄ったことがあったそうですね。そのとき、皆の前で不倫を強要したとか。それが苦痛だったというのが彼の主張です」
もうわけがわからない。混乱する私に、課長が事態を説明してくれた。
それを要約したのが、以下のものである。
シトザキは、新人バイトのためを思ってシフトを組んだ。するとパート女性たちが嫉妬して、自分たちも優遇してほしい、可愛がってほしいとシトザキに言い寄ってきた。
シトザキが怒って拒否すると、あるパート女性(私のことである)が、「自分を女として見てほしい」という意味のことを言った。その人は既婚者であるから、これは不倫の要求である。シトザキは不倫の相手に選ばれたことを不名誉に感じ、怒りで眠れない日々を送っている。
とのことであった。
私はもう、笑ってしまった。あまりに荒唐無稽すぎて、笑うほかないという感じだった。
「えこひいきせずパートやバイトは皆同じように扱え=私を若い女性と同じ扱いにしろ=私を女として見ろ=不倫相手になれ」というシトザキの脳内方程式が理解不能すぎた。
うんざりとした気持ちと半笑いの顔で、私は自分の言い分を述べた。課長と部長はうんうんと頷きながら聞いてくれた。このお二人はシトザキの人柄を知っているからだろう。しかし、副社長だけは納得ができないようで「本当に不倫を迫っていないんですね?」と念押ししてきた。もちろんですと答えて、私に対するセクハラの聞き取りは終わった。
数日後、シトザキのセクハラの訴えは却下され、シトザキはそれ以来、ますます私を目の敵にするようになった。
「女はずるい。嘘をついて、男を騙して、自分の罪をもみ消す」と面と向かって、けれど人目を気にしてコソコソと罵倒されたこともあった。腹が立つ。すれ違いざまに「エロババア」とか「不倫ババア」などと言われるのも、地味にイラッとする。しかし、それ以上の嫌がらせをしてくることはなかった。私がひとりのときに嫌味を言うぐらいはできても、もっと大きなことをやってパート軍団を敵に回すのが怖いのだろう。
シトザキはうっぷんを晴らそうとするかのように、独身男性である桃山さんへのいじめをエスカレートさせた。桃山さんが食べている最中のお弁当箱を蹴っ飛ばしたり、背中から蹴ったりするようになったのだ。パートがいくら非難してもシトザキとその取り巻きたちは取り合わなかった。桃山さんも反抗的な態度はみせず、笑って受け入れていた。シトザキも胸くそ悪いが、桃山さんの行動も不可解だった。
<つづく>
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます