第4話 みーちゃん、女の職場にうんざりする


 私、鈴ヶ浦すがうら美咲19歳は、倉崎商店という会社で働き始めたばかりだ。


 私は不器用でお世辞とか言えない性格だけれど、悪口や陰口は言わないし、誰よりもやる気はあるし、いつもニコニコしていて感じがいいから、倉崎商店の皆さんからとっても優しくしてもらっている。とくに、シトザキっていうあだなの社員さんはよく気に掛けてくれている。それがオバサンたちはちょっと気に食わないみたいだけど、気にしないようにしようって思う。女から嫉妬されるのは慣れっこだし。


 面接のときにも「うちは女の職場だよ」とは聞いていたけれど、ほんとうに女性ばっかりな職場だった。女同士って表向きはニコニコしていても、影で何を言っているか分からない。陰湿でほんとキモイ。学生時代もよくクラスの女子から悪口言われたっけ。でも仕事だから頑張らないとって思う。いざとなればシトザキさんに頼ろう。


 ある日、仕事でぬいぐるみを包装することになった。どこかの馬鹿が香典返しにぬいぐるみを選んだんだって。まあどうでもいいけど。オバサンたちが業者に注文して取り寄せた100体のぬいぐるみは作業所に運び込まれ、それを包装紙で包むよう社員さんがパートに指示した。

「ええっ、私、ぬいぐるみなんて包んだことない……」と松木さんが呟いた。この人はシトザキさんから嫌われている40代のオバサン。ちょっと化粧濃いし、男好きそうな顔してる。私も松木さんは苦手。なんか偽善者ぶってる感じがするし。だからあまり喋らないようにしてる。

 ベテランで60代ぐらいのおばあちゃんパートの山田さんが、「ぬいぐるみなんて私もやったことがないね。でもまあ、どんなもんか試しにやってみようじゃないの」と一番手を買って出た。

 山田さんは紫のラッピングペーパーで全体を包み込み、さらにその上から淡い藤色の紙でぬいぐるみの3分の2程度を覆い、白のリボンで止めた。仕上げに包装紙と包装紙の間に喪主からのメッセージカードをそっと挟み込む。カードの頭が包装紙からちらりとのぞくが、しかし逆さまにしても落ちないよう絶妙な力加減で包んだ。少し時間はかかったが、まずまずの仕上がりと言えた。

「初めてのわりにはスムーズでしたね」

 と、私がにっこり笑って言うと、なぜかその場の空気が凍り付いた。誰もがぎょっとした顔で私を凝視してくる。え、何?

 肥満体型なせいで年齢不詳の鴻上こうがみさんが「も、もう鈴ヶ浦すがうらさんたら、ベテランの山田さんにそんな言い方、失礼よお」と言って、私の背中をパンと叩いた。

「痛っ、あの、痛いんでやめてください。骨折したらどうするんですか」

 鴻上さんの腕は丸太みたいだ。

「あ、ああ……そりゃ悪かったわね。でも、大ベテランの山田さんにそんな言い方は……」

 山田さんはなぜか鴻上さんを無視した。二人は仲が悪いのかな? 私が首をひねっている間に、山田さんはもう一度包装してみせた。黙々と。今度は最初より短時間で仕上がった。ふうと息をついて、山田さんは「じゃあ、みんなも私と同じやり方でお願いね」と言った。パートたちは頷くと、各々の作業台へ戻り、ぬいぐるみの包装を始めた。

 私だけがその場に取り残された。しかたがないので黙って山田さんを見ている。すると山田さんは急にため息をついて、私に声を掛けた。

「どうしたの?」

「わかりません」

「わからないって、何がわからないの」

 山田さんの手元を指さした。

「包装の仕方がわからないってこと? なら、もう1回教えてあげるからよく見てて」

「違う違う」

 そんなこと言ってないのに。

「何が違うの」

「紙です」

「紙が何?」

「わかりません」

「何が」

 あまりにかみ合わない会話である。山田さんって察しが悪いなあ。出しゃばりな松木さんが「ちょっといいですか」と会話に入ってきた。

「あの、多分ですけど、包装紙がどこにあるのかわからないって言いたいんじゃないですか」

 はあ? 何言ってるのこの人。話が理解できないなら余計な口出ししないでほしいなあ。

「そうなの?」

「違います。私はわからないんです」

 山田さんと松木さんは顔を見合わせてため息をついた。何これ、感じ悪。こういうの大っ嫌い。

 その後、15分ほどかけて話して、紙の裏表がわからないということがやっと伝わった。ほんと疲れる。みんな馬鹿だし。



 その日の休憩時間、松木さんが話しかけてきた。

「どう? 仕事は慣れてきた? 最初のうちはキツイことも多いと思うけど、慣れるまでの辛抱だから」

「はあ……」

 なーんか偉そうなんだよねえ。松木さんって。

「さっき大ベテランの山田さんに、「初めてのわりにはスムーズ」って褒めたよね。ああいう褒め方って今後はあまりしないほうがいいよ」

 急に何の話?

「私たちが大ベテランを褒めるのもおこがましいってのもあるけど、その上、初めてのわりにはスムーズだなんて、上から目線でしょう?」

 上から目線だなんて、そんなこと私は全然思ってないのに言いがかりをつけられて、びっくりした。

「違います! 私は上から目線だなんて、そんなつもりはありません」

「わかってるよ、わかってるけど、言い方がね、ちょっと気をつけたほうがいいかもって思って」

「悪い意味で言ってないです、いい意味で言ったんです。誤解しないでください」

「だから、それはわかってるって」

「なら、いいですけど……」

 何なのこの人。ほんとむかつく。あーあ、これだから女の職場って嫌だ。男の人とだけ仕事してたいなあ。私はさっぱりした性格だから、男性としか気が合わないんだよね。それに可愛いから嫉妬されやすいし。こんな女ばかりの職場なんて辞めちゃいたいけど、無職だと彼氏が怒るんだよね……。かといってほかの職場は応募しても採用されないし。今はここで頑張るしかないんだろうな。つら。




 それからしばらくして、社内で一騒動あった。シトザキさんが私に気を遣ってシフトを組んでくれていたのが、パートおばさんたちの逆鱗に触れたらしい。私が贔屓されてるのが許せないみたい。若くて可愛いから嫉妬してるんだろうな。そのとき一番怒っていたのが松木さんだったとかで、詳しいことはわからないけれど、松木さんはセクハラで訴えられたらしい。松木さんってほんとキモイし意地悪だしそのうえセクハラもするなんて最低。



 <つづく>

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