第40話 クラトさんを探して

「それにしても、あんなおおざっぱな地図を見て夢を広げられるのはすごいなぁ……」

「律歌ちゃんって結構現実主義的なタイプ? それとも毒舌?」


 園生くんが少し困ったように笑いながら言った。


 あれから日を改めて、私たちはすずさんの宿の一室で落ち合った。

 手元にはバングルさんの持っていた地図を書き写したものを広げて眺めている。


「でも、まぁ……確かにこれだけ見て何年も宝探しにいけるのはよっぽど熱心じゃなきゃできない気もするよな~」


 確かに……一体何がバングルさんを突き動かしているんだろう。


「まっ、とにかく。今はクラトさんへバングルさんを見つけたこと、ついでにバングルさんから依頼を受けたことを報告しにいこうか」


 園生くんは気を取り直したように言うと、広げた地図を片付けながら席を立った。

 早速クラトさんの元へ向かう園生くんに置いていかれないように慌てて彼のあとを追う。


「わぅっ」


 すずさんのお店を出るとタイムが散歩待ちをしていたようで、玄関のところでしっぽを振りながら私たちを迎えた。


「あー散歩か……。よしっ」


 園生くんはタイムにリードをつけると、「一緒にクラトさんのところまで散歩だな」とタイムに笑いかけながら出発した。

 タイムは嬉しそうに「わんっ!」と吠えたあと、一歩遅れている私をふり向きもう一声吠えた。

 それがまるで「早くしろ」と言わんばかりの仕草で、私は思わず声をあげた。


「もうっ! 二人とも待って~!!」



 私たちはタイムの運動を兼ねて少し小走りにクラトさんの家まで向かった。



「……なんか……人気がないんだけど……」


 久しぶりに訪れたクラトさんの家は、以前来たときと比べると手入れが行き届いていないように見えた。

 家の周りには雑草が生えていて、人が踏み通ったあとも見当たらない。


「ちょっと、持ってて」

「あ、うん」


 園生くんがタイムのリードを私にバトンタッチして、クラトさんの玄関まで行き中に声をかける。


「クラトさーん! なんでも屋の近部でーす!」


 園生くんは声を掛けてからしばらく耳を澄ませてみたけど中から応答はなかった。


「あ、もしかしておばあさんの所にいるのかも……?」


 私がぽそっと言うと、園生くんはいつもよりも固い声色で「そうだね、いってみよう」とすぐ近所にあるおばあさんの家へと向かうことにした。


 私と園生くんがおばあさんの家のほうへいこうとした時、タイムがクラトさんの家の奥のほうを見ながらピタリと固まってしまった。


「タイム……?」


 私が声を掛けても反応が返ってくることはなく、ただジッと家の奥の方を見ている。

 どうすればいいのか迷っていたら、タイムが私のほうを振り返りリードを咥えた。


「くぅ~」


 タイムが咥えたリードをぐいぐいと力強く引っ張る。


 いつも行儀の良いタイムが珍しい。どうしたんだろう?


 私が考えていたら少しリードを握る力が緩んでしまったみたいで、それに気がついたタイムはチャンスを逃さず一目散に走り出した。

 その勢いに対応できず、私の手からリードが離れてタイムがクラトさんの家の裏へ向かって走って行ってしまった。


「あ! ちょ、タイム! 待って!!」


 私は後先考えず、タイムのあとを追うために全力で駆け出した。

 私たちより前を歩いていた園生くんは私の声で気がついて、こちらに振り返ったところだった。 


「えっ? 律歌ちゃん?」


 後ろから園生くんの慌てるような声が聞こえていたけど、タイムを見失うわけにはいかない。

 私は園生くんの声に反応することなくタイムのあとを追い続けた。


 タイムは後ろを追っている私のことなど気にもとめていないみたいで、とんでもない獣道を通って走って行く。

 この歳になって走るのはもちろん、人の手の入っていない草木を押しのけたりしながら進むのは骨が折れる。

 私より身体の小さなタイムは生い茂っている草も気にせずどんどん走って行く。


 一体、どこまで走るの?


 少しずつタイムとの距離が開いてきて、これ以上離されたら見失ってしまう……そう思っていたら、タイムの足が止まった。


 タイムが止まった先に誰か倒れている!


「……っ! 大丈夫ですか!」


 慌てて倒れている人に駆け寄ると、男性がうつ伏せになって倒れていた。

 どうしよう……。下手に揺らしたりしないようがいいよね……。

 マイダの国では救急車なんてない。


 どうすればいいんだろう!?


「誰か……人……ど、どうしよう……。タ、タイムに……」

「落ち着いて律歌ちゃん」


 ガサガサと茂みをかき分ける音を立てながら、園生くんが追いついてきた。


「そ、園生くん……」

「タイム、急いで街に戻って人を呼んできてくれ。律歌ちゃん、深呼吸して落ち着いたら手伝って欲しい」


 園生くんは私たちに指示をすると、倒れている人の状態を確認した。弱いけれど呼吸はしているみたいで、気道を確保するためにゆっくりと姿勢を変えた。


「……クラトさん……!」


 倒れた男性を横向きにしたときに見えた顔は探していたクラトさんだった。

 クラトさんは苦しそうに眉を寄せ、目を閉じていた。

 ビックリして思わずクラトさんを支えていた手を離しそうになってしまった。


「律歌ちゃん。手を離さないで。……ゆっくり仰向けまでもっていくよ」

「は、はい! ごめんなさい……」


 いつからこんな状態だったのだろうか……。

 タイム……早く戻ってきて……!


 クラトさんになるべく負担がかからないように、園生くんとゆっくり身体を仰向けにした。また、クラトさんの身体が熱かったので、周りの木の枝を使って日陰を作った。私の力がなくて、クラトさんを木陰まで運ぶことができなかった。


 ……私が男でもっと力があれば、園生くんと一緒にクラトさんを木陰まで移動できたかもしれない。


 下唇を噛みながら心の中で自身の非力さを嘆いていると、遠くから「ワンッ!」とタイムの鳴く声が聞こえた。

 それから、ガサガサと音を立てながら筋肉質で身体の大きな男性や何か荷物を持った人など5,6人をタイムは連れてきてくれた。


「おい、兄ちゃんら大丈夫か!」

「こっちだ!」

「とりあえず、診てくれ!」


 タイムが連れてきてくれた人の中にはお医者さんもいたみたいで、早速クラトさんの様子を診てくれた。


 それからは一層慌ただしかった。


 クラトさんの熱くなった身体を冷やしつつ、街へ戻り病院へ運ばれた。


 どうやらクラトさんは脱水症状になっていたようで、病院で適切な治療を受けたおかげで特に後遺症などもなく無事だった。

 それでも大事をとって2,3日、病院で安静に過ごすこととなった。



「それにしても、本当にびっくりしたんですからね……」

「いやぁ~悪かったな。助かったぜ」


 お医者さんから話は聞いていたけど、本人に会いに行ったら元気そうにしていて安心した。

 ベッドの上で身体を起こしていたクラトさんは、全く悪びれる様子もない。


「一体、どうしてあんなところで倒れてたんですか?」


 一緒にクラトさんの様子を見に来た園生くんが少しトゲのある声でクラトさんに質問した。

 その声に居心地の悪さを感じたのか、クラトさんは眉尻を少し下げて頭を掻きながら今度は申し訳なさそうな声を出した。


「いやー。俺も俺なりにアイツを探そうと思ってよ~。時間のあるときにはああやって家の裏から山のほうに向かいつつ、周辺を探してたわけよ」

「……で、途中で体調を崩したんですか」

「いやぁ~。いつもはある程度準備してからいくんだけど」

「慢心してたんですね」


 ……園生くん、厳しい。


 クラトさんが園生くんの圧に負けて小さくなって、とうとうベッドの上で正座して項垂れてしまった。

 それをみた園生くんが一言「反省しました?」と聞く。


「えぇ、はい。……この度は迷惑かけてすみませんでした……」

「はい。本当に反省してくださいね。……律歌ちゃん、パニックになって大変だったんですから」


 さっきまで厳しい声でクラトさんに接していた園生くんの顔が、いたずらっ子の顔に変わった。


「あ、もう! 私を使って場の空気を変えるのやめて!」

「へへ~バレた? でも一生懸命な律歌ちゃん、ステキだったよ~」

「えっ」


 クラトさんは見られなくて残念だったね~、と園生くんが楽しそうに笑った。



「ま、ゆっくり休んでくださいよ。クラトさんが戻ったら、ちゃんと僕たちからバングルさんについての報告ありますから」


 ひとしきり話したあと、園生くんが思い出したように言った。


「なっ! そうなのか!?」

「はい、そーです。なので、もう無理はしないでくださいね」

「今、教えてくれよ」


 クラトさんが園生くんに食らいつくも、園生くんはするりと交わして帰り支度をする。


「クラトさんがちゃんとお医者さんにOKもらってからですねー。次はクラトさんのおうちでゆっくり話しましょう」


 園生くんはそう言うと「律歌ちゃん、行こ-」と病室を出て行ってしまった。

 私も慌てて支度をした。


「園生くん、本当に心配したんだと思います。今は安静にして、あとでゆっくりとバングルさんの事については報告したいと思います。それでは」


 私は焦っているような表情のクラトさんをなだめるように言い、一度お辞儀をしてから病室を出た。

 そして、先をさっさと歩く園生くんを追いかけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る