第39話 ありったけの夢をかき集め、詰め込んだ地図には

「そのバングルさんの探している宝って一体何なんですか?」

「それは、この依頼を受けるかどうかを先に聞いてからだな」


 うわ、めんどくさい。


「り、律歌ちゃんっ。声。声でてるよ」


 心の声が出ないように我慢していたのに、ついうっかり出てしまっていたみたい。

 バングルさんも呆れ気味に私を睨んでいる。


「あ、はは……」


 何かをごまかすように外を見ながら乾いた笑いを浮かべるも、固まった空気が戻ることはなかった。



「まぁでもバングルさん。宝が何かを教えてもらえないと僕たちはこの依頼を受けるべきかどうかの判断ができかねます。なので、できれば探している宝について教えてもらえれば……と思っています」

「ふん、若造が……」


 バングルさんは鼻を鳴らすと、イスに深く座り直した。


「俺の探している宝はな……」


 バングルさんがお尻のポケットから小さく折りたたまれた紙片を取り出した。

 私たちに開くように促しながら、バングルさんは口を開く。


「ここに書いてある財宝を探し出して、億万長者になることよ」


 カッカッカッと笑いながらバングルさんは言う。

 開いた紙片に書かれていたのは、この国の地図のようなものに一カ所バツがついているものだった。


 子どもの頃に遊んだ「宝探しの地図」のような大雑把なもので、正直これを見て本気でバツ印の場所を探す気にはなれないような代物に感じる。


 園生くんはどう感じたのかな、とチラリと様子を盗み見ると、やっぱり冷静な顔で地図を見ている。


「んーっと、僕たちにはこれだけだとバツ印のところに財宝があるとわからないんですけど……何か他にも情報があるんですか?」

「あ? 地図にバツ印があるなんて、財宝のありかって相場が決まってんだろうが」

「……」


 バングルさんの言葉に園生くんも返す言葉を失ってしまったみたい。

 そんな園生くんに気づく様子もなく、バングルさんは目をキラキラさせながら熱弁をふるう。


「地図にシンプルにバツ印がついてるなんて、いかにも財宝が眠ってますって感じですげえロマンを感じるだろうが! きっとここにはとんでもない金銀財宝が眠ってて探し当てられたらきっと一生食うに困らねぇような大金持ちになれるに違いねえ!」


 ダメだ、この人。



「あー……バングルさん。ごめんなさい。今回の依頼はちょっと……」

「いやいや、ここまで話してやったんだから『ここで降ります』はナシだぜ」


 いつの間にかバングルさんは私たちの横に移動していて、園生くんの首に腕を回して逃げられないようにしている。

 園生くんが目だけを私に向けて何かを訴えかけている気がする。


 そうだよね。こんな不安定な情報だけで宝探しをしても、きっと目当ての物は見つからないよね。


 園生くんがきっとそう言いたいのだと思い、私も援護射撃をする。


「バングルさん、少し冷静になってください! バングルさんはこれまでこの地図を頼りに宝を探していたんですよね?」

「おうよ」

「でも、見つけられなかった……。これって、このままじゃずっと見つけられませんよ」


 バングルさんが「ぅぐ……っ」と息を詰まらせた。

 園生くんが目に力を込めながら勢いよく頷いている。


「せめて何かこう……別の方向からアプローチしていったほうがいいんじゃないでしょうか」

「……ほう。例えば?」

「え、えっと……」


 バングルさんの腕から解放された園生くんが少し苦々しい顔をしているような気がするけど、気がつかないフリをした。


 言いたいことは何となくわかる。

 私も何となく、今の発言はまずかった気がしている。

 このままではバングルさんのロマンに付き合わされてしまう。あるかどうかもわからないお宝探しに。


 私たちが言葉を紡げないでいると、バングルさんがぽつりとつぶやいた。


「でも、確かにな。嬢ちゃんの言うことは一理ある。じゃぁ、このお宝についての情報収集とかの依頼はどうだ! で、情報が集まったらまた改めて、この地図について解読するのもいいな!」


 途中から私たちのことを置いてけぼりにして、バングルさんが一人盛り上がってまるで演説を聞いているみたい。


 バングルさんの目に力がたぎっている。

 その目を私たちに向けながら「よし! 早速聞き込みしてこようぜ!」と盛り上がっている。


「……律歌ちゃん……どうしよう……」

「はは、は……どうしようね……」


 私たちは盛り上がっているバングルさんを横目に、どうすればいいのか途方にくれていた。



 ***



 私たちは結局バングルさんの勢いに押される形で、地図に関する情報を集めるために街の人たちから話を聞くことにした。


 とりあえず、色んな人が集まりそうなすずさんの宿屋や自由業組合にも顔を出してみたら何か情報があるかな?


 本当はそれぞれ分かれて情報収集したほうがいいんだけど、何となく気乗りしないせいか私と園生くんは一緒に行動することにした。

 バングルさんは一人で情報を集めてきて、それぞれある程度集まったらすずさんの宿で落ち合うこととなった。


「バングルさんはあの地図だけを頼りに、ずっと一人で宝探ししてたってことだよね」

「そうだね~。というか、情報集めなんて基本中の基本な気もするけど、バングルさんはそれもすっ飛ばしてやってたんだね……」


「よっぽど運がないと見つからないよね~」なんて園生くんが苦笑いしながらぼやく。

 それだけあの宝の地図にロマンを感じたのかな?

 でも、ロマンだけでこんなに長い時間宝探しなんてできるのかな……?


 もしかして、宝を見つけたいのには他に理由があるのかな……。


「そんなことないか……」

「ん? 何か言った?」

「えっ、ううん、何でもないよ」


 最後の言葉はうっかり口をついて出ちゃったみたい。



 私と園生くんはマイダの国にいられる時間が限られているので、一度元の世界に戻って時間の使い方も含め今後のことを話し合うことにして今回はお開きにすることに。



「あ、ていうかバングルさんのことは一応見つけたし、クラトさんに報告しておいたほうがいいのか?」


 園生くんとゆっくり帰りのゲートのある方面へ歩いているときに、園生くんが思い出したように言った。


「確かに。クラトさんだってバングルさんの行方は気になってただろうし……」

「だよね。それにあの地図の事も聞いてみようか。何か知ってるかもしれない」


「じゃぁ、次ここに来たときはまずクラトさんに会ってバングルさんのことを報告しようか」

「うん」


 バングルさんの依頼を手伝うことになったときはどうしたものかと思ったけど、クラトさんに会えばバングルさんへの接し方のヒントをもらえるかも。

 それか、クラトさんからバングルさんへ何か言ってくれるかもしれない。


 これからに少し明るい兆しが見えだしたところで、まばゆいくらいに光るゲートへとたどり着いた。


「じゃぁ、そんな感じで動く形でいいかな?」


 園生くんが小首をかしげながら聞いてくる。


 これは自分のチャームポイントを自覚してやっているのかなぁ……。


「律歌ちゃん?」

「あっ、うん! それが良いと思う!」


 私は慌てて首を縦に振りながら、園生くんの言葉に賛成する。


 次にマイダの国に来たときの方向性もなんとか定まったし、安心して私たちはゲートをくぐって本来の世界へと戻った。

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