第38話 イヤな予感……
「……なんだ、あんたらは」
ずっと探していたバングルさんが今回フラリと立ち寄ったのがすずさんの営む宿屋だった。
すずさんに事情を話していたのが幸いして、バングルさんの来訪に気がついた彼女が機転を利かせて私たちに声を掛けてくれたのだ。
嬉しさのあまり、何も考えずにバングルさんの前に出たらめいっぱい不愉快そうな顔で尋ねられた。
この人がバングルさん……。
食堂のイスに腰掛けていた男性は園生くんと比べると少し小柄に見える。黒く肩よりも長く伸ばした髪は首の辺りでひとつにまとめている。
あまり整えたりはしないのか、ひげも伸びていてまるで熊のよう。それでも頻繁に山に行っているせいか適度に引き締まった手足は細かな傷がついている。
警戒心をまったく隠さないまま、じっと睨まれると思わず後ろに一歩引き下がりたくなる。
私がバングルさんの迫力におされていることなどお構いなしに、園生くんは人を和ませるような笑顔を浮かべながらバングルさんへ話しかける。
「あなたがバングルさんですか? 僕は『なんでも屋』をやっている近部園生と言います。あなたをずっと探していました」
「あ?……あぁ~……たしかに『なんでも屋』の名前は聞いたことがある。あんたらがそうなのか?」
園生くんはズボンのポケットからあの時と同じように手作り感のある名刺を渡しながら、すんなりとバングルさんの警戒を解いていく。
バングルさんも受け取った名刺をマジマジと見ながら話を続ける。
「立ち寄ったいくつかの店で『なんでも屋』の評判を聞いたことがある。どこも皆、君たちを高く買っていた。……で、今は何か依頼を受けて俺を探していたのか?」
「えぇ。僕たちはあなたのご友人……にあたるのかな……? クラトさんから依頼を受けてあなたを探していました」
クラト、という名前に、それまで名刺に視線を落としていたバングルさんはパッと勢いよく顔をあげた。
「あいつが……?」
「えぇ、わざわざお母様のいないところで依頼されましたよ」
はぁ……とため息をひとつついたバングルさんは、ぐしゃぐしゃと頭をかく。
「全然、そんな素振りみたことねぇんだが」
「何というか……謎多き人ですよね。この話も僕じゃなくて律歌ちゃんが受けたものですしね」
園生くんに急に話を振られて反応が遅れてしまう。
「ぅえっと、あの……別に私が受けたというわけではなく、園生くんにもクラトさんは話したいといってたし……」
うまく答えられなくてしどろもどろになってしまった。
「ちなみに、見つかったとして『なんでも屋』はそれからどうすんの?」
「んーまぁそうですねぇ……。まずは依頼主であるクラトさんへ報告をして、それからまた何かあれば依頼を受けますし、なければまた別の人の依頼を受けると思います」
「特にクラトから『連れ戻してこい!』とか頼まれたワケじゃないのか」
あぁ、確かに! と気がついたように園生くんが話を続けた。
「『見つけてほしい』とは言われましたが、『連れてきてほしい』とは頼まれてなかったですね」
「そもそも、バングルさんの足取り探すの大変だったんですよ?」
私と園生くん二人で、今日ここで出会うまでいかに大変だったかと懇々と語った。
それを黙ってバングルさんは受け止めてくれた。
「いやー、まさかそんなことになると思ってなかったからな、組合などの連絡はおざなりにしてたのは、まぁその、なんだ……悪かったな」
頭をがしがし掻きながらどこか気まずそうに謝ってくれたバングルさんに、こちらもただただ「気にしないで」と返すしかなかった。
「まぁまぁ、二人ともいい加減席についてじっくり話したら? これはウチからのサービスだからゆっくり話したらいいわ」
タイミング良くすずさんが話に入ってきて、私たち三人分の飲み物をテーブルに置いてくれた。
そこで、私も園生くんも席にも座らず立ったままバングルさんとずっと話していたことに気がついた。
「……失礼します」と、おずおずとバングルさんと同じ席に着くと、気恥ずかしさを打ち消すようにすずさんが淹れてくれた飲み物に口をつける。
すずさんの淹れてくれたのは、私たちの世界でいうところのカフェラテでミルクが多めにされていて、ほんのりハチミツの甘さが心をほっと一息つかせてくれた。
こういう些細な心遣いが、心の隅々まで染み渡り温かくホッとする。
すずさん、向こうの世界でもカフェか喫茶店でも開いたら繁盛しそう。
テーブルに置かれた他の二人のカップにはブラックコーヒーが入っていて、皆の好みに合わせて淹れてくれたのか、と暖かい気持ちが身を満たす。
園生くんもバングルさんもすずさんの淹れてくれたコーヒーを飲んで一息いれることができた。
「そういや、『なんでも屋』は依頼はひとつずつ受けるのか?」
「ん? それってどういう事でしょうか?」
「あー……ひとつ依頼を受けたらそれが完了するまでは他の依頼は受けないのか?」
園生くんは腕を組んで空を見つめている。きっと、今までの行動を思い返しているのかな?
私が一緒にやるようになってからはひとつずつ依頼をこなしているような感じだったけど、それまでどうだったのかはわからない。
バングルさんへの答えを園生くんに任せていると、園生くんの視線が私たちの元に戻ってきた。
「今まで特に気にしてませんでしたが、特にひとつずつ受けているって訳じゃない、ですかね」
今度はそれを聞いたバングルさんが「なるほどな」と少し考えるように視線を下へ落としてしまった。でもそれはすぐに浮上してきた。
「それなら、俺の依頼も一緒に受けてくれねぇか?」
「はい?」
「俺の探している宝を、一緒に探してくれ!」
……それって、結局山に行くってこと?
思わず出そうになった心の声を、両手を口にあてて一生懸命留めることしか私には出来なかった。
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