第30話 新しいお仕事

「クラト、今日も相変わらずだわね~。今日はお客さんがいるからご挨拶なさいな」

「えっ!こんな所に客人がきたのかよ」


 タイムをわしゃわしゃとなで回していた手がピタリと止まり、そのまま位置が高くなる。

 そして、店内を見回すように顔がにゅっと出てきた。

 少しエラの張ったような輪郭に大きな口、短く切り揃えられた髪に糸目には泣きぼくろがある。


「おっ、お邪魔してます……」

「どうも~うちのタイムがお世話になってますー」


 園生くんが挨拶しながらさりげなく一歩前に出てくれた。


 声の主は声も体も大きくて、一瞬ドキリとするけどタイムがあんなに懐いているんだもの。そんな悪い人じゃないと思うのよね。


 私たちの挨拶に顔を向けて、ニカッと気持ちよく笑う。


「こんな廃れたところまで、よくぞいらっしゃい! ばあちゃんに本問販売しようとしても無駄だぞ~、こう見えて意外としっかりしてるからな」


 くっくっくっ、と肩を小刻みに揺らして笑う姿はまるで小さないたずらっ子のようだ。

 そんな彼に、おばあちゃんは先ほどのゆっくりした口調を崩さず、だけど少し低めで圧のある声で話しかける。


「クラト。ちゃんとご挨拶なさいな」


 クラト、と呼ばれた彼は震わせていた肩をピクリとさせて小さく咳払いをすると私たちの方へ体ごと向き直る。


「……俺はクラト・メティトー。すぐ近くで野菜を作ってる。このばあちゃんには昔っから世話になっててな。息子も留守してる今、俺がこうして時々様子を見に来てんだ」


 クラトさんは、少しだけばつの悪そうな顔で自己紹介してくれた。

 おばあさんに叱られたのが効いているのかな。

 園生くんはそれを聞いて、肩の緊張を解きながら自己紹介を簡単にしてくれる。


「僕は近部園生。こっちは鈴樹律歌。『なんでも屋』として、そこのタイムの散歩から人員不足の店の手伝いまで、何でもお仕事を承ってます」


 どうぞ、と園生くんは私にも渡してくれた名刺をクラトさんにもわたしている。

 タイムは自分の名前が出たことで何かあるのかと、園生くんの足下でそわそわし出した。

 クラトさんは受け取った名刺をまじまじと見ながら、節くれ立った手で顎を撫でる。


「へぇ~おまえさんたちの『なんでも屋』っていうのは何でも引き受けてくれるのか?」

「あんまり無茶な仕事は期待しないでもらえると嬉しいですねー」


 園生くんがへらへらしながら、やんわりとクラトさんの問いに答える。

 ここは、現実世界とは明らかに違う世界。

 だけど、よくあるファンタジーのように魔法が使えるようになったとか、大きな険を軽々振り回すような特別な力を授かった訳じゃない。だから、「なんでも屋」といっても出来ることに限界はあるのだ。


 どうせ、現実の世界でないなら魔法とか使ってみたかったな。

 THE・ファンタジーって感じで楽しそう。


 何か考えるように顎を撫でていたクラトさんは、さっきとうって変わって真剣な表情で私たちに仕事の依頼をしてきた。


「捜してほしいものがあるんだが……そういうのも良いのか?」

「もちろん。何をお探しですか?」

「ばあちゃんの息子を捜し出してほしい」

「……息子さん……ですか?」


 私たちが顔を見合わせていると、それまで静かに皆の話を聞いていたおばあさんが「もういいんだよ、クラト」と少し悲しげに言ってきた。

「いや、俺は良くない。こんな長い間、ばあちゃんをほったらかして……一発殴ってやらないと気が済まねえ」


 クラトさんはそう言いながら、拳を握り頭にゲンコツするまねをする。


「あなたのそのけんかっ早さはどうにかならないのかしらねぇ……」


 やれやれ、とおばあさんが頬杖をつきながらため息をつく。

 園生くんの足下でそわそわしていたタイムが今度は心配そうにおばあさんの足下でうろうろし始めた。


「あらあら。心配してくれてるの? その繊細さをクラトに少し分けてあげてちょうだい」


 おばあさんは、力なげに微笑むとタイムを優しく撫でる。

 チクリと言われたクラトさんが「はぁ~……」と大きなため息をはきながら、ガシガシと頭をかいた。

 園生くんが不躾に室内を見回しながら口を開く。


「ねぇ、おばあちゃん。ここはおばあちゃんが一人で住んでるの?」

「ん?そうだよ、昔はちょっとした店をやってたんだけどね。足を悪くしてからは、自分の事で手一杯になってしまったからねぇ……」


 おばあさんは少し目を細め、店が賑わっていた頃を思い出しているような柔らかい笑みを浮かべた。

 視線は店のドアから、今は色々な物が乱雑に積み上がってしまっている日当たりの良さそうな窓際をめぐり、私たちが腰掛けているイスへと移る。


「ふふ、なんてことない雑貨を売ってたんだけどね、お客さんが長居しても大丈夫なように……ってイスとコーヒーを用意したりしてね。ホント……趣味でやってたようなものね」

「へぇ~……やりたいことをやれるっていいね」


 園生くんはニコニコとおばあさんの話を聞いている。心地良い相づちをうちながら、「あっ」と小さく叫んだかと思うとおばあさんの思い出話を遮るように早口でまくし立てる。


「ねぇ、おばあちゃん!僕たちなんでも屋なんだ!良かったらおばあちゃんの事手伝わせてよ!」

「わぅんっ」


 あれ?園生くんの言った僕って園生くんと私のことだと思うのだけど、私よりも早くタイムが園生くんの言葉に反応する。

 タイムもなんでも屋になりたいのかな?


「わぅっ!わんっ!」


 まるで、なんでも屋の主戦力ですと言わんばかりに尻尾を振りながら存在をアピールするタイムに私たちはおかしくなって、皆で笑い合うのだった。

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