第29話 タイムもなんでも屋デビュー?

 園生くんは宿の出入り口のところで、タイムとひなたぼっこをしていた。

 私が小走りに寄っていくと、園生くんよりタイムが先に反応して大きくしっぽを振っている。


「ごめん、おまたせ~」


 タイムがワンッと一吠えして私の周りを楽しそうにぐるぐると回る。そんなタイムが可愛くて、私は視線を合わせるようにしゃがむとタイムの顔や頭を思いっきりなで回す。

 私に良いようになで回され、毛並みが乱れてもタイムは嬉しそうにされるがままだ。


 こうやってタイムとふれ合っているだけでも、どこか余裕のなかった心が落ち着きを取り戻していく。


 園生くんは私とタイムの触れあいを静かに見守っていた。


「そういえばセラピー犬っているけど、タイムは律歌ちゃんにとってのセラピー犬なのかもしれないね」

「えぇ~?なぁにそれ?」


 確かにタイムと触れあっていると、とても癒やされる。

 特に心がつらいとは感じているつもりはなかったけど、自分でも自覚しない内に精神的に疲れていたのかもしれない。


 意外とドキッとさせる園生くんの言葉をどこか受け止めきれずに流しながらへらへらする。

 園生くんは誤魔化せてもタイムは誤魔化されないのか、私の目をじっと見つめてくる。


 もしかしたら、本当にセラピー犬なのかも。


 タイムの目を見つめていると、私がうまく言語化できない心のモヤモヤをこの子は気づいているような気がしてくる。


 ぼんやりと考えながらタイムの顔や耳の付け根あたりをこしょこしょと撫でていると、タイムが何かを思い出したように歩き出した。


「あっ、タイム!どこ行くの?」


 園生くんも少し慌てた様子で「散歩済んだからリードしてないのに」とタイムを追いかける。

 タイムは少し歩くと私たちの方を振り返り、私たちが追いつこうとするとまた小走りで離れていき、こちらを振り返る。


 まるで、私たちをどこかへ連れて行きたいみたい。


 園生くんと顔を見合わせて、どこか?マークを浮かべながらタイムについていくことにした。


 しばらく黙ってタイムについて行くと、タイムは街の中心地から離れた人通りの少ない通りにある少し古びた感じのするお店の前で止まった。


 ……お店、だと思う。小さな看板のような板が建て付けてあるけど、かすれてしまって何が書いてあったのかすらよくわからない。

 それになんだかグラグラしていて、強風でもきたら落っこちちゃいそう……。


 タイムは慣れたように店の入り口からするっと店内へ入ってしまう。


「えっ! タイム、ちょっと……」


 ど、どうしよう……。


 園生くんをちらっと見ると、ちょっと困った顔で笑って「……行ってみる?」と小さく言う。

 私が躊躇している間にも園生くんはお店の入り口をくぐって中に入ろうとしている。


「えっ、ちょっと待って……っ」


 慌てて園生くんに続いて店内に入ると、そこには店主と思われるおばあちゃんが一人、質素な木のイスに腰掛けていた。

 タイムはというと、そのおばあちゃんの脇に座り、おばあちゃんにゆっくりと頭を撫でてもらい気持ちよさそうな顔をしている。


 店内はどこか薄暗く、よく見ると部屋のあちこちに色々な物が散乱している。

 中には長くそこから動かしていないような感じのものまで……。


 おばあちゃんはここに一人で住んでいるのかしら?


「あらあら。今日はたくさんですね、こんにちは」

「えっ、あっ、こ、こんにちは、急にすみません……えっと……」


 おばあちゃんは私たちに気がつき、声をかけてくれた。


「ごめんなさいね、本当はお茶でも出さないといけないのだけれど、足が悪くなってしまって。……今、イスを出しますから少し待ってくださいね」


 よいしょ、と言っておばあちゃんが私と園生くんにイスを出そうとするので、園生くんがニコニコしながらおばあちゃんの動きを引き継いだ。


「こんにちはっ。僕たちの分は自分で出すから座ってて!ほら、その子、タイムっていうんだけど、おばあちゃんに撫でてほしいみたいだから撫でてあげて」

 タイムはおばあちゃんの隣で静かに尻尾をふりながら、撫でられるのを待っている。


 園生くんが上手におばあちゃんを気遣ってくれたおかげで、私たちはおのおのイスを探しておばあちゃんの近くのスペースに腰をおろした。

「こちらこそ、突然お邪魔してすみませんでした。僕、その犬の飼い主さんのところでお世話になってまして……。急に走り出したから慌てて追いかけてきたら、こちらにたどり着きました」

「私も、同じところでお世話になってまして、同じようにこちらに……」


 おばあちゃんは私たちの話をにこにこと聞いていた。もちろん、タイムを撫でる手は止めない。というよりも、手を止めるとタイムが頭をおばあちゃんに押しつけて催促するので止められないでいる、と言った方が正しい。


「あらまぁ、そうだったの。こんな街外れまできて大変だったでしょう?何にもないのだけれど、良かったらゆっくりしていってちょうだいね」


 それにしても、タイムはどうして急にこのおばあちゃんのところへ私たちを導いたのだろう?

 そもそも前からタイムは、このおばあちゃんのことを知っていたのだろうか?

 ……でも、おばあちゃんの足が悪いのなら『なんでも屋』として何か力になれることがあるかもしれない。


 私が頭の中であれこれ考えを巡らせていると、店のドアが勢いよく開いた。


「よぉ~ばあちゃん!生きてっかぁ~!」


 ドアが開くと同時に大きくて少し低い声が中に響いた。

 それまでおばあちゃんにピッタリとくっついていたタイムが尻尾を振りながら声の主へと近づいていく。


「おぅおぅおぅ、犬っころは今日も楽しそうだなぁ!」

「わぅんっ」


 声の主はドアを開け放したまましゃがみ込み、タイムの顔を両手でぐりんぐりんとなで回している。

 私と園生くんはただただその様子を呆気にとられて見ていた。

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