第31話 おばあさんのために

 私たちはひとしきり笑うと、おばあさんが口を開いた。


「ありがとうねぇ。手伝ってもらう、といっても何をお願いしていいのかわからないし、その気持ちだけで十分だよ」

「あ、あの、良かったら……そこの電球をとりかえましょうか?」


 私は、奥のキッチンで薄暗くなって今にも消えそうな電球を指さした。

 ん?よく見ると電球ではなさそう。よく見えなくて、ジッと目をこらす。


「あれはオイルランタンをぶら下げているのよ」

「オイルランタン」

「そう」


 おばあさんがにこりと笑う。


「でも、ずっと手入れをしてないからね。……そうねぇ……お手入れをお願いしてもいいのかしら?」


 最近はキャンプブームにより、再び注目されているオイルランタン。ランタンを見かける機会は増えたけど、実際に使っているところを見たのは初めてだ。


「いいよ、いいよー。任せて~」


 園生くんが軽い口調でおばあさんに返答する。

 そのまま園生くんは、キッチンで踏み台になりそうなイスを見つけるとひょいっと上がってランタンを天井から外した。


「おお……さすが、年季が違うねぇ~」


 園生くんはランタンを色んな角度から眺めながら私たちの輪の中へ戻ってきた。

 ランタンはよく見ると上の方がすすけていた。

 私たちがまじまじとランタンを見ていたせいか、おがあさんが少し恥ずかしそうにしながら、


「届く範囲で掃除はしていたんだけどね……。全部はなかなか……」


 と小さくぼやく。


 それを聞いた園生くん、あっけらかんと笑う。


「なんだ、それこそ僕たち『なんでも屋』に任せてよ!掃除も片付けもお手の物よ~」


 ねっ! と、こちらを見てにっこり笑う。

 私たちの新しい仕事はこのおばあさんの手伝い。おばあさんの手が行き届かなかった隅から隅まで片付けていく。


 埃が舞うといけないので、おばあさんには一度外に出ていてもらおう。

 私たちはまず、テーブルとイスを表に出した。おばあさんにはそこで、タイムの相手をしてもらいながら少しの間、待っていてもらうことにした。

 私と園生くんが片付けに夢中になっていたら、クラトさんはいつの間にかいなくなっていた。


 何か気分を害するような事したかな?


 なんて少し不安になったけど、おばあさんが言うには、いつもふらっときていつの間にかいないのなんて日常茶飯事だという。


 おばあさんも慣れっこだと笑っていたけど、びっくりするので一言くらい何か声かけてくれてもいいのにな。

 だけど、誰も特に気にしないようだから、私も気にしないようにして片付けに集中することにする。



 2時間ほど、片付けただろうか。



 すべてではないけど、8割ほどは片付いたのではないかな。

 足が悪いという理由で、どうしても必要なものはなるべく近くに置いていたみたい。

 なので、家を片付けつつ普段よく使うものはおばあさんが普段いるリビングスペースへどうにか置いた。

 これなら、足が悪くてつい動きが億劫になってしまってもある程度はカバーできる。


 園生くんと、全体の片付け具合を確認してからおばあさんを中へ招き入れる。


「あらあら、これはこれは……」


 おばあさんは中に入るなり、少しびっくりしたように目を見開いてゆっくりと室内を見回した。


「そんなに大きく物の場所は変えてないんだけどね、」

「あらぁ、それは助かるわぁ」


 園生くんはおばあさんにゆっくりと室内のビフォーアフターを説明している。

 私はその間に、外に出していたイスとテーブルを室内に運び入れる。このイスとテーブルはそんなに大きくない。私一人でも運べるけど、足の悪いおばあさんでは少し大変だろう。


 おばあさんがちょっと外で日向ぼっこするには、ちょうどいいサイズなんだけどな。

 出入り口あたりの邪魔にならないところに置いて、何かあればクラトさんに出してもらうようにしたら良いかな?


 そんな事を考えながら作業をしていると、ふいに後ろから声をかけられた。


「おう、まだいたか」

「あれ? クラトさん? もう、急にいなくなっちゃのでビックリしたんですよ?」

「へっ、別にばあちゃんは『いつものことだ~』とでも言って笑ってたろ」

「ふふ、そうですね」


 ふらっといなくなったクラトさんが、またふらっとやってきた。

 ……もしかして、片付けしたくないからいなくなっただけだったりして。


 クラトさんは少しひねくれたように片方の口角をあげて笑う。

 せっかくなら、テーブルとイスの出し入れをお願いしてみようか。


「あの、クラトさん。一つお願いというか、提案があるんですが……」


 クラトさんはチラッと室内を見てから、私のほうを向き今度は真剣な顔をする。

 先ほどまでの少しふざけた声のトーンではなく、低く少し小さめの声でクラトさんが言う。


「奇遇だな。俺もお願いしたい事があって戻ってきたんだ、『なんでも屋』」

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