第26話 見間違い?片想いだから?
「なんだか浮かない顔してるけど、彼氏とけんかでもしたの?」
店員さんに話しかけられ、悲しげな顔をしていた女性はそちらにパッと振り向くと、すごい勢いで首と手を横にふった。
「えぇ?まだコクってないの?どう見ても両想いじゃん。あの人から『好き』がだだ漏れしてるじゃん」
店員さんはニヤニヤと楽しそうに笑い、女性客の前にそっとモーニングプレートを置く。
女性客はこのお店の常連客なのかな?
店員さんは親しげに話しつつも仕事の手はとめない。
「お待たせしました、カフェラテと小倉とバターのモーニングです。……ツナマヨはどうする?」
女性客は先ほどと打って変わって、目の前の香ばしいトーストの香りに笑顔になってスマートフォンで1枚写真を撮ると、そのままスマートフォンとにらめっこしだした。
そして、すぐスマートフォンを店員さんに向けて見せている。
スマートフォンを見せられた店員さんは「ふふっ」と笑う。
「そういういじらしいところが可愛いのよね」
「……〜〜っ!」
女性は遠目で見てもはっきりとわかるくらい耳まで真っ赤になり、両手で顔を覆ってしまった。
店員さんはよほど楽しいのか、持っていた注文用紙の冊子で口元を隠して「ふふふ」と笑っている。
女性はまだ赤い顔を隠したまま下を向いている。
店の入口に誰かが来たようで、楽しそうにしていた店員さんは切り替えて「おはようございまーす!」と言いながら入り口へ向かっていった。
「あっ、お、おはようございます」
「なっちゃんならもう来てますよ。ご案内しますね」
店員さんのポニーテールが楽しそうに揺れながら、さっきの女性客のいるテーブルへと戻ってきた。
「こちらへどうぞ。ご注文が決まりの頃、お伺いしますね」
「あ、は、はい」
どうやら女性客と待ち合わせをしていたのか、店員さんに案内されてクマのように大きい男性が女性の向かい側に座った。
すると、女性は焼き立てのトーストを見たときと比べ物にならないほど嬉しそうに男性に笑いかける。
男性もその笑顔に負けないくらい嬉しそうな笑みを浮かべている。
「おはよう。モーニング、何にしたの?」
すると、女性はさっと男性の隣へ移動して二人の間にスマートフォンを置いた。
それからすでにテーブルに置いてあったモーニングプレートを自分の自分の前に引き寄せた。
女性の行動に男性は一瞬、ビクッと体を緊張させたがすぐに平静を保つように一度小さく息を吐くと、女性を見守るような微笑みを顔に浮かべた。
それからモーニングプレートの内容を確認する。
「小倉とバターのやつにしたんだね。僕はどうしようかなぁ〜……」
とメニューの方へ視線を向けると、ポニーテールの店員さんが近寄っていき注文を伺う素振りをみせる。
「本日はツナマヨがおすすめとなっております。なっちゃんがシェアしたがってましたよ」
「そうなんですか?……じゃぁツナマヨにします」
「……っ!」
女性客がまたもや顔を赤くしながら口をパクパクして店員さんと男性を交互に見ている。
コロコロと表情が変わり、見ていて飽きない子だなぁ。
学生を見ていたときの悲しげな顔は見間違いだったのかな?
「おまたせいたしました、たまごとツナマヨのモーニングでございます」
店員さんが私の注文したモーニングとホットコーヒーを持ってきてくれた。
厚めに切られたトーストが更に食べやすいように半分にカットされている。たまごペーストとツナマヨは自分で好きなように食べられるように、それぞれ小さめの器に盛られている。
それからお皿の1/3近くをサラダが占めている。
おまけに、カットしたオレンジとバナナのデザートまでついている。
甘くないモーニングとしてアリだ。
それまで特にお腹が空いたと思っていなかったはずなのに、目の前のモーニングをみたら急にお腹が空いてきた気がする。
「いただきます」
私は、早速食べ始めた。
焼き立てのトーストに、自家製のたまごペーストとツナマヨをそれぞれ乗せて、時には両方を乗せて、味わった。
美味しくて夢中になって食べていると、クマのような男性客が注文したモーニングも出来上がったようで、店員さんが運んでいた。
それから二人でシェアすることにしたのか、取り皿ももらっていた。
女性は男性にわたす方のトーストに小倉とバターをたっぷり乗せて、男性はたまごとツナマヨをたっぷり乗せたトーストを女性に渡す。
「小倉もすっきりした甘さで美味しいね〜。ツナマヨは甘くないから口の中がいい感じにリセットされていいかもしれないよ〜」
男性がのんびりした口調で話すと女性がトーストを頬張りながらうんうん、と頷いている。
私よりも年下っぽいカップルだけど、なんだかほんわかしていて見ているとほっこりする。
私と元彼はこんなにほのぼのしていなかった。
年齢的なこともあるけど、仕事が忙しすぎて彼を大事にすることができていなかったし、きちんと意思疎通ができていなかった。……と、今更ながら反省する。
ほのぼのカップルを見ながら一人反省会をしていると、先に食べ終わった男性がおもむろにバッグからノートPCを取り出した。
女性はまだもぐもぐと口を動かしており、スマートフォンを何度かタップして男性に「どうぞ」というように手でジェスチャーしている。
「うん、ごめんね。ちょっとだけ仕事しちゃうね」
男性はそう言うと、ノートPCに向かいキーボードをカタカタと叩き始める。
その間、女性はモーニングを食べながら男性の横顔を見つめている。
男性はちらっと女性のほうを一瞥すると恥ずかしそうに顔をそらし、PCの画面に集中するように顔を近づけている。
私は食後のコーヒーをゆっくり飲みながら、ほっこりカップルの観察を続ける。
コーヒーカップを口に近づけるとふんわりとコーヒーのいい香りが鼻孔をくすぐる。
この香りが心をリラックスさせてくれる。
ほっこりカップルが出すふんわりとした空気も相まって、朝から心が温かくなる。
女性がモーニングを食べ終わる頃、男性も切りの良いところまで仕事を終えたのかノートPCをパタンと閉じた。
「今日は天気もいいし、もし夏実さんが大丈夫なら一緒に行きたいところがあるんだけど……つ、付き合ってもらえるかな……?」
男性が女性に話しかけると、女性はにっこり笑いながら頷く。
そのまま、二人は席を立ち、お店を出ていった。やりとりは仲睦まじい様子だったけど二人が並んだ時の何ともいえない絶妙な距離感……。
店員さんがからかっていたのはこれかな?
新しいお店の発見にほっこりカップルを見て、すっかり心が温かくなった。
せっかくのいい天気なので、私ももう少しこの辺りを散歩してみよう。
そう思い、お店をあとにした。
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