第25話 いつもと違う景色
「はぁ〜……初めてズル休みしちゃったぁ……」
会社に体調が優れないと連絡をして、スマートフォンを枕元にぽいっと放って一度起こした体も再びベッドに横になる。
あんな夢をみたせいか、気分がなんとなく重く、どうしても仕事に行く気持ちになれなかった。
だからといって、二度寝ができるかというとそういう気分でもない。
私はのっそりと起き上がって、とりあえず冷たいミネラルウォーターをのどに勢いよく流し込む。
だけど、このモヤモヤした気分は流れていかなかったので、とりあえず朝日を浴びようと着替えて散歩に出ることにした。
気持ちが上向きになれないときは、何に対しても積極的になれない。
散歩に出かけようにも恰好が決まらず、悩んだ末にシンプルな白いTシャツにカーキ色のチノパン、上から隠すようにパーカーを羽織る。
履きなれているスニーカーをはいて玄関から一歩外に出ると、スーツを着た人や制服を着た人が駅に向かって歩いている。
みんなこれから会社や学校へ行くのだろう。
ちょっとだけ罪悪感を抱えつつ、駅とは反対方向へあてもなく歩く。
普段は駅と家の往復だけなので、ほかに何があるのか全然わからない。
罪悪感と未知の冒険のような小さなワクワクを心に持ちながら、ふらふらと気の向くまま歩く。
10分くらい歩いただろうか。
古民家を改装したカフェがみえてきた。
昔ながらの外観は引き戸をすべて開け放してあり、店内の席から外もよく見えるし、外からも中の様子がわかりやすく、一見さんも気安く入れそうな雰囲気を演出している。
店の外には小さな看板がたっていて、おすすめメニューが可愛いイラストつきで書いてあった。どうやら簡単なモーニングもあるらしい。
チラッと店内に目をやると、現役を退かれたと思われるご夫婦とノートPCを開いて作業をしている学生風の青年、スマートフォンで熱心に何かを見ながらコーヒーを飲む女性の三組が店内でそれぞれの時間を過ごしていた。
「おはようございます〜!奥のお席が空いてますので、よろしければどうぞ~!」
「あっ……おはようございます」
「今日のモーニングは3種類から選べますので、お得ですよ!お時間があればぜひ」
「……それじゃぁ……いいですか?」
「はぁい、1名様でーす」
ニコニコと元気のいい店員さんに声をかけられて、そのままあれよあれよと奥の席へと案内されていた。
そのスムーズなお客さんの獲得方法を、店員さんの動きに合わせてぴょんぴょん揺れるポニーテールを見ながら、ただただ感心してしまった。
私の視線を感じたのか、店員さんがくるっとこちらを向いてニコニコ笑いながら「ご注文、お決まりですか?」と近づいてきた。
私は慌ててメニューに目をやると、『本日のモーニング』としてバターとジャムのついたトースト、つぶあんとバターのトースト、ゆで卵をつぶしてマヨネーズと和えたペーストとツナマヨを添えたトーストの3種類があるようだ。
私は、たまごペーストとツナマヨのトーストとホットコーヒーを注文した。どれも定番だけど、サンドイッチではなく、トーストについてくるツナマヨとたまごが気になってしまった。
ホットサンドのような感じかな?
「それじゃ、たまごとツナマヨのモーニングとホットコーヒーをお願いします」
「はい!ホットコーヒーにミルクとお砂糖はお付けしますか?」
「ブラックで大丈夫です」
「かしこまりました、失礼いたします!」
ポニーテールをくるんと揺らしながら店員さんは厨房へ向かう。
「ツナマヨワンでーす」という声と、小さくカチャカチャと食器同士があたるような音がする。
厨房も前の設備を活用しているのか、あまり大きくはなさそうだけど軽食がメインなら十分なのだろう。
小さなカウンターがあり、そこで出来上がった料理が受け渡しされるようだ。
店内をよく見ると、各テーブルが一枚板から作ってあるのか形がどれも個性的で面白い。
椅子は個性的なテーブルを引き立てるかのようにシンプルな形で、若葉色の背もたれと座面が、ふかふかながらもしっかりと体を支えてくれる一人用ソファーチェアとなっている。
そこに腰を落ち着けると、店内で聞こえるのは各々が出すちょっとした音と、厨房からのコーヒー豆を挽く音と料理の音。
店内BGMが流れているけど、外から入ってくるさまざまな音とこの空間にいる人たちの生活音にかき消されてしまいそうなほど小さい。
カフェだけど家にいるようで居心地が良くて、会社を休んでしまった罪悪感が薄れていく。
こんな素敵なカフェを発見できるなんて、今日は休んで良かった。
モーニングが運ばれてくるまでぼんやりとそんなことを考えていると、ノートPCを開いていた青年がスマホで通話しだした。
「はい……今日、1,2限って休講じゃなかったっけ?……うん、今ゼミの課題やってた。…………企業研究?全然。……それなー。……あぁ、じゃ、お昼には行くわ。……うん、よろー」
青年はスマホをタップすると、またノートPCで作業を再開した。
どうやら、ノートPCでゼミの課題をやっているようだ。最近の学生はノートPCを持ち歩くのか、大変だなぁ。
私が学生の時もPCでレポート作成をしたり、ゼミ発表用の資料やスライドを作ったけどもっぱら学校のPC室とか自宅のPCで作業していたので、こうやっておしゃれなカフェでモーニングしながらなんてやらなかったな。
企業研究、なんて言っていたから就職活動が間近なのだろうか?
ふと、自分のことを思い返すと就活はじめの頃は一生懸命企業研究もしてたっけな、と思考がとんでいく。
といっても、誰もが知っているような有名企業の研究ばかりであまり中身の伴った事はしなかった。
何となくやった気分だけで、結局採用されたところに何となく入社した感じだった。
もう少し真面目に就職活動していたら、違った結果になっていたのだろうか。
そんなもの思いにふけっていると、スマホをずっと見ていた女性がちらっと青年の方を見ていた。
その顔がなぜか悲しげに見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます