第23話 現実に身が入っていないのかな?
「鈴樹さん、最近ボーっとしていることが多いようだけど、何か悩みでもあるの?」
「いえ、大丈夫です。すみせんでした」
仕事でミスをしてしまい、課長に指摘された。
ひとつひとつは大した事ないケアレスミスみたいなものだったけど、数が多すぎた。
一つの案件で10箇所以上あり、それが影響して算出した数字がとんでもないことになってしまっていた。
幸い、課長が気づいてくれたので大事にならずに済んだ。
……こうやって、時々SNSで話題になる発注ミスも起こるのかもしれない。
課長のデスクの前でペコリと小さく頭を下げて、少し俯きながら自席へと戻る。
ボロボロのパンプスはオフィス内でカツカツと嫌な音を立てる。
ため息をつきながら席に着くと、隣にいる後輩がそっと小さく小分けされているお菓子を差し出してきた。
「先輩っ。甘いお菓子でも食べて、リフレッシュしましょー」
「ありがとう。ごめんね、気ぃ遣わせて」
「いえ、逆に先輩が何でもできるスーパーマンじゃないんだとわかって安心しました」
後輩はそう言うとニカーッと太陽のように笑う。
私もその笑顔に釣られて口角をあげる。
後輩に心配させてしまうとは情けない。
気持ちを切り替えて、今は目の前の仕事に向き合おう。
それから、いつものように定時上がりを目指して、目の前のパソコンとにらめっこするのだった。
◆ ◆ ◆
「終わったぁ〜」
人が少なくなったオフィスで両手をぐっと上に上げて伸びをする。
結局、間違っていた箇所の修正と数字の訂正、確認などしていたら定時などとっくに過ぎてしまっていた。
軽く腕をまわすと肩甲骨あたりからゴリゴリと音が鳴った。
いやぁ……こんな姿を見たら、百年の恋も冷めるわ……。
パソコンの時計表示を見ると、21時を回ったところだった。
データの保存をして、帰り支度を始める。
今日はまっすぐ帰って少しゆっくりしよう。動物の動画でも見ながら癒やされよう。
最近、思考がマイダの国の方へ引っ張られ気味で、仕事や自分自身について身が入っていなかったと思う。
ボロボロのパンプスもいい加減、新しいものを買おう。
社会人としていつまでもこんなパンプスではカッコがつかない。
改めて、色々反省すると私はオフィスを後にした。
オフィスが入っているビルから出ると、外はすっかり暗くなっており、街灯が無機質に辺りを照らしている。
景観のために植えられている植物にまぎれるようにして大きな人影があった。
その人影はこちらに気が付くと、ゆっくりと歩み寄ってきた。
マイダの国で怖い思いをしたせいか、心拍数があがり、足がすくみそうになるのを必死に耐える。
ここはマイダの国じゃない。
あの時は運よく助かったけど、現実はそうもいかない。
右手にはいつでも助けが呼べるように、スマートフォンを握りしめて人影を気にしながらゆっくりと歩く。
街灯の灯りが人影を照らすと、私の中で張りつめていた緊張感が消えていく。
「園生くん!なんでここに?」
「……律歌ちゃんってさ、いっつもこんな時間まで仕事してるの?」
街灯に照らされた彼は、心配そうな目で私の顔を覗き込むように少し背中を丸めた。
園生くんの端正な顔がいつもよりも近い距離にあって、今度は違う意味で脈拍が早くなる。
「ち、近いよ。もう化粧も崩れちゃってるからあんまり見ないで……」
園生くんの目から逃れるようにそっぽを向く。
園生くんは私の顔をのぞくのを諦めて、大きく上半身を伸ばしながら少し離れてくれた。
「ごめんね。……でも、律歌ちゃん……元気がなさそうだから心配だなぁ」
離れてはくれたけど、視線は私から外さない。
ささいな変化も見逃さない。
そんな強い意志が感じられる園生くんの視線に耐えきれず、無意識に体ごと明後日の方向を向いてしまう。
「そ、そういえば、園生くんはどうしてここに?」
注目をそらそうと話題を変えてみる。
園生くんは怪訝そうな表情を浮かべたけど、すぐに消し話題に乗ってくれた。
「うん、たまたまこっちの方を散歩してたら、律歌ちゃんの後輩がきてね」
「え、後輩?」
「そう。前に一緒にいるところを見たらしいよ」
「そうだったんだ……あの子、そんなこと全然言ってなかったなぁ〜」
言ってくれればいいのに、と口を尖らせていると、園生くんが笑いながら宥めてくれた。
「プライベートなことだと思って言わなかったんじゃない?ここにいても何だし、帰ろっか」
園生くんはくるっと向きを変え、私とともに駅に向かおうとする。
私はそれに慌ててついていく。パンプスが置いて行かないで、というように夜の街にヒール音が響く。
あぁ……やっぱり新しいパンプス買わなくちゃ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます