第18話  安心安全をあなたに

 途中になってしまっていた掃除をサクッと終わらせて、すずさんの元へいき掃除が終わったことを報告した。


「ごめんね〜!やっぱり慣れないから時間かかっちゃったかい?でも助かったよ、ありがとうね!」


 すずさんはにっこり笑いながらそう言うと、ホットコーヒーが入ったカップを渡してくれた。


「お礼ってわけじゃないけど、飲んどくれ」

「ありがとうございます!いただきます」


 私がここへ来てから結構時間が経ったと思っていたのだけど、宿にはすずさんの姿だけで保さんの姿は見えない。

 もしかして、2階のもうひとつの利用中の部屋に保さんがいたのかな?

 もしまだ寝ていて、私や園生くんの雑音で邪魔してしまっていたら申し訳ないな。

 そんなことを考えながらコーヒーを飲んでいたら、すずさんにこれからの事を聞かれた。


 この宿で目覚めるようになったのであれば、園生くんと相部屋のままで良いのか、宿泊代はどうするか、考えなければならないことはいくつもある。

 そもそも、園生くんとの相部屋の変更なんて出来るのだろうか?どうやって、カフェテラスからこちらの宿屋へ目覚める場所が変わったかもわかっていないのに……。


「僕と相部屋でいいじゃーん」


 ギシっと階段を軋ませ、のんきな声を出しながら園生くんが2階から降りてきた。


「僕は同じベッドで全然良いんだけど、律歌ちゃんに嫌がられたら立ち直れないし〜……。もう一つベッド置けば解決じゃない?」

「同じベッドは無理!」

「あ、そんなハッキリ言われると僕も結構傷つくのよ?」


 園生くんは両手をグーの形にして口元へ持ってくると、瞳をうるっとさせて上目遣いでこちらを見てくる。


 すずさんがそんな様子を呆れたように見てから小さくつぶやく。


「ベッドかぁ〜……使ってないのがあるからアレを使えば……」

「おっ、使ってないのを僕の部屋に移動させればOKそうだね〜」

「良いけど……提案したんだから近部くんが運ぶんだよ」


 園生くんは一瞬ぎょっとした表情を見せると、今度はすずさんに向かって猫なで声を出す。


「僕一人じゃ無理だよぉ……もちろん、手伝ってくれる……よね?」

「えぇい!男だろ、しっかりしなさい!」


 すずさんは園生くんの甘えたちゃん攻撃は効かないようで、ぶりっこしている園生くんの背中をバシン!と大きく一発叩いて園生くんに気合を入れる。


 すずさん、強い……。けど、さすがに一人でベッドを運ぶのは大変なのでは……。

 さすがにフォローに回ったほうが良いかと思って


「あ、わ、私も手伝うよ!私が使うベッドだし!」

「わぁい、律歌ちゃん優しいー!それじゃぁ僕頑張っちゃおうかな!」


 さっきよりも小さい声で、すずさんが「チョッロ……」ってつぶやいたのは聞こえなかったことにしておこう。



 それから、結局すずさんも手伝ってくれて3人でベッドを園生くんが泊まっている部屋に運び込んだ。

 これで、次に目覚めたときは園生くんと同じベッドで起きる、ということはないはず。……多分。


 さて、これで今日の『なんでも屋』を始められるかな。

 そう思っていたら、園生くんはすでに仕事を頼まれているようでそちらを片付けるのだそう。

 私も一応なんでも屋なので一緒に行こうとしたら、断られてしまった。

 しょうがないので、今日はすずさんの手伝いをしながら過ごすことにした。



 ◆ ◆ ◆



「……おい、おせぇよ」

「ごめんごめん。可愛い子が添い寝してくれたからつい」

「あーハイハイ。さすがチャラ男の園生くんはおモテになりますね」

「チャラ男って……ひどいなぁ〜」


 少しガタイのいい乱暴な言葉遣いの男が、テーブルを挟んで僕の正面の椅子にどかっと座る。

 ここは街の中心部からほど遠くない場所にある、酒場のような雰囲気の自警団組合。

 自警団組合は登録された人達を5,6人のグループに分け、順番に街の中や周辺などを見回り治安維持に務めている。


 今日はマイダの国の自警団組合に用があった。

 律歌ちゃんがついてくると言ったが、今日の事については律歌ちゃんに知られてはいけない。

 彼女が足手まといになる可能性もあるが、何より相手の人間を見てまた怖い感情を思い出してほしくない。


 今日は自警団の人たちと律歌ちゃんを襲った奴らを捕まえる。

 その前に自警団組合の取りまとめをしている千庵ちあんと段取りの確認をしておく。

 いつも律歌ちゃんの前では軽い雰囲気を出しているので、その印象をあまり変えたくない。


「ところで、暴漢に僕の大事な子が襲われたんだけどちゃんと仕事してんの?」


 あの時のことを思い出して、つい口調がキツくなる。

 千庵はおどけたように両手を小さくバンザイする仕草をしながらニッと口の片端をあげる。


「オー怖。世の女性たちに見せたいぜ、騙されるなよって。ちゃんと仕事してるぜ、だから今回捕まえようっつー話だろうよ」


 千庵はふざけていた態度を切り替えると「今日のあいつらの動きについてだが……」と本題へと入っていった。

 千庵たちの調べによると律歌ちゃんを襲った奴らはマイダの国へは来たばかりらしいが、特に職に就く訳でもなく腹が減れば食い逃げや万引き、他にも金が必要になればスリや強盗も平気でやるような連中らしい。


「そんな連中がのらりくらりと自警団から逃げていられるなんて、随分と自警団オレたちも舐められたもんだ」


 千庵はチッと舌打ちをして右足を貧乏ゆすりし始めた。ひとつもイライラを隠す素振りはない。


「ほら、千庵。イライラしないの〜」


 千庵の後ろから彼の頭を抱き抱えるように、にゅっと腕が伸びてきた。

 その腕に頭をホールドされた千庵がテーブルに置いていた両手をブルブルと震わせ、その振動がとうとうテーブルまでも震わせ始めた。


「……安慈あんじぃ!てめぇはガキ扱いすんじゃねぇ!」

「やだ、ガキの自覚ないの?」

「〜っ!今日という今日は許さねぇ!表出やがれ!」

「あー二人ともストップねー。話進まないから」


 時間が許すなら2人のやりとりを眺めててもいいんだが、さっさと暴漢どもを捕まえてしまいたいので僕は二人の間に入って止めに入る。


 頭に血が上っていた千庵も、ニヤニヤとからかっていた安慈も千庵の脇の空いていた椅子に腰掛けた。


 安慈は千庵と違ってスラッとした長身で筋肉とは無縁の爽やか可愛い系の顔をしている。

 席に着いた安慈はニコニコしながら「どこまで話したの〜?」なんて既に切り替えている。

 千庵はまだ切り替えられていないのか小さく舌打ちする音が聞こえたが、それで切り替わったのか話の続きを始めた。


「で、あいつらは最近はもっぱら人通りの少ない所でカツアゲしたり、年寄りや女性しか居ないような店に押し入って金を奪ってるようだ」

「そうなんだよね。で、動きからするに今日はここら辺で獲物を探してると思うんだよね」


 安慈はそう言ってテーブルの上にマイダの国の地図を広げて、ある一点を指さした。


「……本当にこの地区で予想はあってんのか?」

「ひどいなぁ、園生くん。ボクのこの頭脳にかけて予想は合っていると胸を張って言えるよ〜」

「まじかよ……」


 僕は右手で軽く頭を抑えてつぶやく。


「ここってすずさんの宿がある地区じゃねぇかよ……」

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