第17話 ノートの秘密

「え……何これ……」


 私物を勝手に触るのは……なんて考えていた事も頭から飛んでしまった。

 園生くんのリュックからこぼれ落ちたノートは手のひらにすっぽり収まるくらい小さなサイズで、使い込んでいるのか私の名前が書かれたページ以外の部分も隅が丸まり、また風に吹かれたら簡単に別のページが顔を出しそうだ。

 左手にモップを握りしめたまま、視線はノートに釘付けで固まってしまった。


 園生くんとは自己紹介しているので、私の名前を知っていてもおかしくない。でも、ノートにメモするほど重要かな?

 パッと見た感じ、園生くんはメモ魔や忘れっぽい人のようには見えない。

 そもそもこのノートは何なのだろう?私のこと以外には何が書かれているのだろう?マイダの国に関することなのかな?


 さいわい、今園生くんはすずさんに挨拶に行っているのでここに戻ってくるのにもう少し時間があるはず。

 私の名前が書いてあるページくらいは見てもバチ当たらないかな……。


 ノートを見たいという興味と私物を勝手に触る罪悪感、何が書かれているのか知りたいような知りたくないような緊張とで心臓が壊れたようにバクバクと大きな音を立てている。

 罪悪感より欲望が勝ち、右手を少し緊張に震わせながらゆっくりとノートに手をのばす。


 そんな行為をとがめるかのように開けていた窓から風が勢いよく室内へ入ってくる。

 それとほぼ同時にドアの方から少しトーンが低い声が聞こえてきた。


「……何してんの?」


 ドキッとして思わず伸ばしていた右手を胸元に引っ込めてドアの方を振り返ると、園生くんが部屋の出入り口に通せんぼでもするかのように寄りかかり腕を組みながらこちらを見ていた。


 まずい。一番言い訳できないタイミングで見られていた。


 園生くんは普段の人懐こい表情を一切見せず、こちらをじっと見つめている。


「あ、あの…」

「律歌ちゃんって、可愛い顔して泥棒が趣味だったの?」

「違う!違うの!」


 両手を胸の前でバタバタと振りながら、懸命に状況の説明をしようとする。

 このまま泥棒のレッテルを貼られてしまっては困る。


 幸い、園生くんは私の話を聞いてくれて泥棒の疑いは晴れた。

 しかし、私のほうの疑問は残ったままだ。状況が状況だけに聞きづらくなってしまった。


 私の説明に納得してくれたのか、優しい表情に戻った園生くんは部屋に入りながら床に落ちていたノートを拾い上げる。

 小さくため息をつくと、こちらを見て「これ、見ちゃったんだ?」と私の名前が書いてあるページをこちらに見せてきた。


「いや、確かに私の名前は見たけど……それ以外は見てないよ。だからつい、気になっちゃって……」

「なるほどねぇ〜」


 園生くんはノートを手に持ったままベッドに座るとノートを見せびらかすように持ち、こちらを見る。


「見たい?」

「……」


 今すぐにでも見たい!と食いつきたかったけど、先程の冷めた園生くんの表情を思い出すと知らないままのほうが良いのかもしれないという考えが一瞬頭をよぎった。

 もしも、あのノートの内容を知ったことで園生くんの態度が変わったり、私が今まで通りに接することが出来ないようなことが書いてあったりしたら……。

 そう思うと怖くなってきて答えられなくなってしまった。


「あれ〜?気にならないの〜?」


 園生くんはニヤニヤしながら言ってくる。からかっているのか、私の考えをお見通しで「見ない」と言うだろうとたかをくくっているのか。

 それなら、いっそ……。


「見る。気になる。見たい。見せて!」


 そう言って園生くんに近づき、ノートに手を伸ばす。

 園生くんはノートを私に取られないように胸元で両手で大事に隠すと「え〜どうしよっかなぁ〜」と言いながら体を私から捻ってノートをますます取られないように、がっつりと隠した。

 私はノートを奪おうと園生くんの脇腹をくすぐったり、両手の隙間からこじ開けてノートを取れないかと色々やってみたけど、彼のガードは固くノートを奪うことは出来なかった。


 園生くんも私のしつこさに観念したのか、降参のポーズをとりつつこっちへ向き直り眉尻を下げて少し困ったような顔で笑った。


「意外と律歌ちゃん、粘り強いね。ノート自体は見せられないけど、どんなことが書いてあるのかは教えてあげるよ」


 それで手を打とう?と、園生くんは可愛く首をかしげて上目遣いでこちらへ訴えてくる。

 それって、都合の悪いところは教えてくれないってこと?

 でも、一部だけでもどんなことが書かれているか知ることができるのは魅力的だ。


 園生くんの目の前で、中腰で中途半端に手を伸ばした状態で固まったままの私を園生くんはじっと見つめる。

 ふざけたように言っていたけど、提案自体は大真面目のようで園生くんの目は笑っていなかった。


「……お、教えてほしい……」

「ファイナルアンサー?」


 ……やっぱりふざけてるのかな?


「……あ、ウソウソ!やだなぁ〜律歌ちゃん、目が怖いよ〜」


 自分でも無意識のうちに冷ややかな目を向けてしまっていたみたい。

 まずいまずい、教えてもらえるものも教えてもらえなくなっちゃう。


 私は自身の体勢と表情を切り替えるため、ゴホンとひとつおおげさに咳払いをすると改めて園生くんに向き合い、ノートの内容を教えてくれるようお願いした。


 園生くんは私の返答に満足したのか、うんうんとうなずきいつもの人懐こい顔に戻った。


「このノートは、単純に僕のメモ帳だよ!」

「……ここまで引っ張っておいて!?」


 呆れた。

 私はひとつ大きなため息をつくと、園生くんが腰掛けているベッドの空きスペースにボスンッと座り込む。


「律歌ちゃん、最後まで聞いてよ〜。これは僕のメモ帳なんだけど、ここでの出来事を全部記録してあるんだよ」

「うん、だからメモ帳なんでしょ」

「う〜ん……そうなんだけど……。じゃあさ、さっきの律歌ちゃんのページ。あのページにはいつ律歌ちゃんと出会ったとか、僕から見た印象はもちろん、それ以外にもいくつか僕の考察をメモしてあるんだ」

「ふぅん、そうなんだ」


 ただのメモ帳と聞いて一気に脱力してしまった。

 それと同時に内容に対しての興味も失ってしまったような感じだった。

 だってもっと大きな秘密とかが書いてあるのかと思ったのに……。


「あ!掃除途中だったんだっけ。残りやっちゃおうっと」


 すずさんの手伝いを申し出ていたのに、すっかり途中になっていたことを思い出してベッドから立ち上がり掃除へと戻ろうとする。


「え、あれ?本当に興味ない感じ……?」


 園生くんが大げさに片手をこちらへ伸ばして引き留めようとする。

 私はそれを軽くかわすと掃除道具を持って「また今度暇なときにでも教えて〜」と部屋を出ていった。

 だから、園生くんが小さく笑っていたことに気が付かなかった。

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