第15話 新しいスタート地点

「いやーもしかして……って思ったら本当に本人だったとは!」


 マイダの国で宿の受付にいたぽっちゃり女性、「すーちゃん」こと布袋ほていすずさんはペットボトルの水を飲みながら笑う。

 どうやら旦那さんであるたもつさんとダイエットのためウォーキングをしていたところ、私とその後ろを歩くフードを目深に被った不審者が見え、足の速い保さんを先に行かせて助けてくれたのだそう。

 休憩とお礼も兼ねて、コンビニで飲み物を買って近くの公園で少し話すことにした。


「本当に助かりました!なんとお礼を言っていいやら……」


 布袋さん夫婦に改めて深々と頭を下げる。


「良いの良いの!それより何ともなくて良かったわぁ」


 すずさんはマイダの国の時と変わらない態度で接してくれた。

 保さんにはすずさんの友達だと思われているのか、話に入って良いのか入らないほうが良いのか決めかねているようで微妙に距離がある。

 私とすずさんがベンチに座って話しているのに対し、私の位置からは話しかけにくい微妙な位置でこちらを向いて立ちながらペットボトルのお茶を飲んでいる。


「私ら大体いつもこの時間に歩いてるんだけど、今まで会ったことないよね?家はどこらなんだい?」

「あ、ここからちょっと歩いた先のアパートです」


 布袋さん夫婦もこのあたりをウォーキングしているということは、この近くに住んでいるのだろうか?

 園生くんといい、すずさんといい、マイダの国で出会う人たちが意外とご近所さんばかりで驚くばかりだ。


「えぇ〜じゃぁお嬢さんと割と近所なんだね。びっくりだわぁ〜。それにしても、彼女のピンチに近部くんは何してんだろうね?ちゃんと連絡したかい?」

「あ、あの、私、別に園生くんと恋人ってわけじゃ……」


 やっぱり勘違いされていたと思い、両手を顔の前でぶんぶんと振りながら否定する。

 すずさんは目をパチクリさせて一瞬固まった。

 ワンテンポ遅れて首に巻いていたタオルを口に宛てながら「えぇぇ!?」と驚きと疑問の入り混じった声を出した。


 なぜかそんな忙しないリアクションのすずさんを保さんはちょっとニヤニヤしながら眺めている。


「いやいやいやいや!近部くんのあの時の慌てようと必死さと言ったら、どっからどう見ても愛する人のピンチを助けに行く!……って感じだったけど……」

「多分、タイムが急に走り出して慌てちゃったんじゃないですかねぇ……」

「そうかなぁ〜……」


 すずさんがまだ何か言いたそうにしていたところ、保さんがぼそっと話に入ってくる。


「すーちゃん、さっきから『お嬢さん』って言ってるけど、お友達なんじゃないの?」

「あ!そうだった!名前をずっと聞きそびれてたからね〜。なんて呼べばいいんだい?」

「あ……えっと、鈴樹律歌…です」

「律歌ちゃんね!よろしくね!」


 そう言ってすずさんは元気よく笑って手を差し出してきた。

 私はそっとその手を握り返して、「よろしくおねがいします」と小さく頭を下げた。


 今日はもう遅いから、改めてどこかで話そうとお互い連絡先を交換した。


 その後、布袋さん夫婦と別れて帰宅した。

 心配したすずさんが家まで送ると言ってくれたけど、大した距離ではないしすずさんたちが遠回りになってしまうので気持ちだけありがたく受け取らせてもらった。



 家に帰ると、スマホからピロンとメッセージの着信音が鳴った。

 どうやら、すずさんたちも家に着いたようでその連絡と私の無事を心配しているメッセージが届いていた。

 私も、「今帰宅しました」という報告と今日のお礼を改めて伝えて、スマホをテーブルに置き、着替えもそこそこにベッドに横になった。



 今まで、マイダの国で出会った人でこちらの世界でも会えたのが園生くんだけだったのに、まさかすずさんにも会えるとは……。

 すずさんとはしっかり連絡先も交換できたし、次に会った時にマイダの国のことやこちらのことなど色々聞いてみよう。

 そういえば、宿屋ではすずさんしか見かけなかったけど保さんも同じ宿屋にいたんだろうか?

 それも今度聞いてみよう。



 頭の中で、今度すずさんに聞くことを整理していたらいつの間にか眠ってしまっていた。



 ◆ ◆ ◆



「……りっちゃん、あのお宿から起きるようになりたいのかな?」

「ん?そうじゃねぇか?なんかあいつも満更じゃねぇって感じだったし、ちょっとからかってやろうぜ」

「にーに、ダメだよ。遊んじゃ…」

「元はと言えば、おまえがもっとしっかりしてればよかったんじゃねぇか」

「はぅっ……うぅ……ぐすっ……」


 いつぞや見かけた幼稚園児くらいの子どもが目の前にいた。

 今日はハチワレ猫の姿が見えない代わりに小学校低学年か中学年くらいの少年がいる。

 少年は紫色の髪が、毛先に向かうにつれ黒くグラデーションになっているようで頭の動きに合わせてキラキラ煌めいている。


 あのこども特有の綺麗な髪の毛……うらやましい……。


 少年に言われたことが堪えたのか、幼児は大きな目に涙をためて鼻水もちょっと出ている。

 前に見た時も泣いていたし、泣き虫なのかもしれない。

 私の姿が見えていないのか、2人で話を進めている。


「それにしても、一回律歌の前に出たんだからその時にちゃんと説明してやればよかったのに……。ほんと、抜けてるというかなんというか……」

「だって、にーにに頼んだから下手に言わない方がいいかと思って……」


 幼児は両手の人差し指同士をつんつんとくっつけて上目遣いで少年の様子を伺いつつ、もじもじしながら話す。

 にーに、と呼ばれた少年が左手で頭をガリガリと掻く。


「おれも律歌ばっかに構ってられねぇんだよ。……あいつも結構面倒な性格してるしよぉ……」

「確かに……あのお兄ちゃんも癖が強いよねぇ……」


 さっき少し泣いた子が目尻に涙を貯めたまま、小さく肩を揺らして笑う。


 ……なんだろう。見た目に反して話している内容が子供っぽくないというか、律歌って私のこと、かな?

 じゃぁ、あいつとは誰のことだろう?


「ねぇ、君たち!」


 思い切って声をかけたけれど彼らに届くことはなく、視界が白いもやに包まれて2人の姿は見えなくなってしまった。



 ◆ ◆ ◆



「!?」


 起きたら、またマイダの国へ来ていた。

 しかしいつものカフェテラスではない。真っ白な天井、私のベッドとは違う硬さのマットレスに薄くてさらさらした掛布団が体に掛かっている。


 もしかして、すずさんの宿に来ることが出来たのかな?


 そう思っていると、体のすぐ右側のマットレスがギシッと沈む感覚があった。


「……ん?……んん!?」


 何だろうと思ってそちらに視線を巡らせると、園生くんが寝ていた。何故か服を着ていない状態で……。

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