第14話 3人目

「……えっ、ちょっそれはあの、まだ早いっていうか物事には順序ってものがあってそんないきなり一緒に寝るとかそんな」

「??何でそんなに慌ててるの?」

「え、だって園生くんと一緒にベッドを使うってことでしょ?そんなの慌てるに決まってるじゃない!」


 園生くんは可愛い系イケメンに分類してもいいような顔立ちと人懐っこいキャラだもの、どうしたって緊張する。

 それに、恋人同士でもないのにいきなりシングルサイズのベッドで一緒に寝るだなんて……!


 そんな純情な少女みたいな事を頭の中でぐるぐると考えていたら、園生くんは何かを1人で納得したらしく、なるほど!と手をポンッと叩いた。


「一緒に使うって、寝るって事じゃなくてこっちの世界に来た時に、ここからスタートするみたいなイメージで考えてもらえればいいかなぁ〜」


 園生くんは明るくそう言った後、少し声のトーンを落とすとこちらを見て言う。


「……別に一緒に寝ても良いけどね?」

「……もぅ!からかわないで!」


 私が顔を赤くして怒ると、イタズラが成功した子供のようにケタケタと楽しげに園生くんは笑った。


 そういえば、私はいつもカフェで目が覚めるけど、どこか別の場所から目覚めるという事は出来るのだろうか?

 出来るとしてもどうやって?

 園生くんはその方法を知っているのかな?


「園生くんは、その……方法を知っているの?」

「ん?……あぁ、ここで一緒に寝る方法?」


 どうやらまだ私のことをからかいたいらしく、顔がニヤニヤしている。

 私は「怒るよ!」と頬をぷくっと膨らませると、園生くんは両手を小さくバンザイさせて降参のポーズをとる。


「あはは〜ごめんごめん。そんなに怒んないで」


 小さく咳払いをすると、園生くんは多分なんだけど、と前置きしながら話してくれた。


「可能性のひとつだけど、こっちに来る前に強く念じながら眠ると出来るんじゃないかなって……。試したわけじゃないから、わからないんだけど」


 園生くんは後ろ手で頭を掻きながら、言葉を選んで話しているみたい。


「とにかく、次の時に試してみて!もしも、またカフェで目が覚めても一人であちこち行っちゃダメだよ?ちゃんと迎えに行くからそれまで動かないでね!」

「……わかった」


 なんだか小さな子供みたいな扱いを受けたような気がするけど、あんな思いは懲り懲りなので反論はせず大人しく返事をする。


 結局、その日はなんでも屋の仕事を放って園生くんは私にずっとついていてくれた。



 現実世界に戻ってきてから、改めて防犯意識はもちろん、念じるだけであの宿屋からマイダの国へ入ることが出来るのかどうか。

 園生くんはどうやって、あの宿屋で目覚めるようになったんだろう。聞いておけばよかったな。



 ◆ ◆ ◆



「はぁ〜……」


 仕事中もマイダの国への入り方が念じるだけで良いのか気になって、集中できなかった。

 彼氏にフラれた時だって仕事は仕事だと切り替えられていたのに……社畜が聞いて呆れるわ。

 あまりにもミスが続き、上司からも珍しく心配されたため定時で仕事をあがることが出来た。


 家の最寄り駅についてからトボトボと歩いていると、後ろから足音が聞こえてきた。

 今日はいつもと違って早い時間帯に帰ってきたので、同じような社会人・学生がいるだろうと気にしていなかった。

 しかし、その足音は私に近づいてくることもなく遠ざかることもなく、一定のリズムで後ろをついてくる。

 いっそ、抜かしてもらおうとわざとゆっくり歩いても決して追い抜く気配がなく、だんだん怖くなってきた。しかし振り向く勇気もなく、いつでも通報できるように右手でスマホを握りしめる。


 マイダの国での出来事が神経を過敏にさせているのかもしれない。

 こんなにビクビクしているのは自意識過剰なだけかもしれない。


 また、頭の中でモヤモヤと考えがまとまらなくなる。こういう時、世の女性たちはどうしているんだろうか?


 考えることに意識をとられ、後ろの足音が近づいてきていたことに気づかなかった。

 気づいたときにはすぐ後ろから足音が聞こえてきていた。



「すみません!」

「……は、はぃ!」


 前から走ってきた男性に急に声を掛けられた。

 ジョギングでもしていたのか、紺色のTシャツに黒のハーフパンツ、足元は反射材がついているオレンジ色のランニングシューズ。

 身長は私よりも少し高いくらいだろうか。キレイな黒髪がサイドで刈り上げられていて、汗が流れている。

 切れ長の目は、私より少し後ろをじっと見ている。


 急に声をかけられて驚いたのは私だけではなかったようで、後ろで小さく舌打ちが聞こえたと思ったら私の横をさっさと通り過ぎていく人がいた。

 もしかしてあの人がずっと後ろにいたんだろうか……。


「急にすみません。今の方とはお知り合いですか?」

「い、いえ……あの、もしかしてそれで声を……?」

「えぇ、それもあるのですが……」


 男性はそう言って自分の後ろを振り返りながら続ける。


「あいつに言われて」


 といって、遅れてこちらへ走ってくる女性ランナーを見る。

 男性と同じく紺色のTシャツに黒のハーフパンツ、その下には黒いスパッツも履いている。

 遠くからでも目立つ濃いピンクのランニングシューズに首にはスポーツタオルを巻いている。

 ショートボブのぽっちゃりした体型で、ぽてぽて走ってくる姿が可愛らしい。


「……ん?」


「はぁ、はぁ……っはっ!たもつくん!……はぁ、間に、あった……!?」

「大丈夫だったよ、すーちゃん」


 男性は先程までの鋭かった切れ長の目を柔らかく崩しながら、すーちゃんと呼ぶ女性に応える。

 女性は私たちの前までくると、ひぃひぃと息もとぎれとぎれにしながら「良かったぁ」と笑う。



 私はまた助けられた。


 マイダの国で園生くんのお説教タイムから救ってくれた宿の受付女性がそこにはいた。

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