第12話 平和ボケしてたらそこで試合終了です

 園生くんと別れてから、スーパーへ寄って夕飯の買い出しを済ませ家へ戻る。

 今日は日中心地いい風が吹いていたので、窓を開けて換気をしつつ溜まっていた家事をこなした。

 前回も前々回も変な姿勢でマイダの国へ行ってしまったので、今回はちゃんとベッドに入った状態でマイダの国へ行こうと思い、ラベンダーの香りの入浴剤を入れた湯船にゆっくりと浸かって体をリラックスさせた。

 これで、このままベッドでうつらうつらしていれば、マイダの国から戻ってきても体が痛いといったこともないはず。

 ベッドに仰向けになり、掛け布団を肩までかける。目を閉じて、マイダでの出来事を思い返しているうちに寝てしまっていた。




「……ぅあっ……寝てしまった……」


 いつの間にか寝落ちしてしまっていたと思い、目を覚ますと3度めのカフェテラス席にいた。

 いつもこのテラス席で目を覚ますけど、園生くんとか他の人たちはどこからマイダの国へ入るのだろうか。

 何だか買い物をしているわけじゃないのに、毎回テラス席で目が覚めるのもここのマスターに悪い気がする。この国の通貨である「モネ」をたくさん稼げるようになったら、ここで目が覚めるたびに何か買おう。

 それまでは目が覚めたらこっそりと退店させていただく。ごめんね、マスター。


 マイダの国は私のいる現実世界と同じ時間軸ということだけど、こちらは同じ時間を指していても日が沈んでおらず、街行く人々を見ても日中を思わせる活気ぶりだ。

 よく見るとシンプルなTシャツにズボンやスカートといった格好の人が大半の中に、肩当てや胸当てをしている人たちがちらほらいることがわかる。

 また、そういった防具のようなものをつけていなくても、ナイフのような短刀を腰に下げている人が多い。護身用なのだろうか?


 今日はテラス席で園生くんと落ち合うことが出来なかったので、街の中を把握することも兼ねて園生くんがロングステイしているという宿屋まで行ってみることにした。

 前回、園生くんとタイムの散歩をしたときにある程度は教えてもらったけど、あの時は慣れていないのもあり、話が半分くらいしか飲み込めなかった。


 このマイダの国は街の中心に大きな噴水がある。シンボル的な要素もあるのか、とても大きな噴水でここを中心に放射状に街が発展しているようだ。

 また、この国へ入る前に誰かからマイダの情報を得たり、人によっては店や土地をもらえるみたいで、とにかく店の数が多い。

 たくさんある店を把握するために、それぞれ業種ごとに組合があり、その組合を束ねるマイダ中央協会というものもこの噴水近くに置かれている。

 ここにあるっていうだけで、実際には協会はそれぞれの組合としかやりとりをしないらしいので、私のような一般人は関わることもないだろう。

 逆に組合は、行きたい店の案内や営業登録などでお世話になることが多い。

 私も園生くんとなんでも屋をやることになった際、「無店舗型事業者組合」というところへ登録した。

 登録しないと、モグリ扱いで罰金がある。お金を稼ぐ前から取られるのは勘弁だし、特に登録料とかもとられなかったので、ほとんどの人がきちんと登録するらしい。


 前に園生くんに教えてもらったことを復習しながら、宿屋のある方へ歩いていく。

 中心部は人の往来も盛んでいつも騒がしいというのもあってか、宿屋は中心部から少し離れた静かなところに建てられていた。

 この時間なら宿を利用している人も外出しているだろうから、余計静かに感じるのかもしれない。

 宿屋も例によっていくつか建っているが、園生くんのいる宿には看板犬のタイムがいるから、行けばわかるだろう。

 気楽に構えて歩いていると後ろから男性に声をかけられた。


「お嬢ちゃん、一人か?」


 えっ、と振り向く間もなく後ろから口を塞がれて素早く後ろ手に拘束された。

 突然のことに驚いて固まっていると、左後ろから別の男の声が聞こえた。


「いやー、こんな人気のないところを武器もなしに歩いてるなんてよっぽど平和ボケしてるな」

「こんな捕まえるのが簡単だとかえって気味が悪いな」

「まさか囮……にしてはトロすぎるし、本当にただの間抜けだろうな」


 さっきから聞いてたら随分な言われようだ。文句のひとつでも言ってやりたいが、口は塞がれて文句はおろか助けも呼べない。


「んー!ふーふーんー!」

「はいはい。良い子だから大人しくしましょうね〜」


 完全に馬鹿にしている……。

 どうにか脱したいけど相手は男2人で、こっちは丸腰で護身術もなにも出来ないアラサー女。

 勝ち目があるようには思えない。


「とりあえず、俺らの部屋に連れ帰って品定めするか」

「そうだな……特別高値で売れるような感じでもないしな」


 いや本当に失礼だな、あんたら。



 彼らは本当にどこかに連れて行くようで今まで向かっていた方向とは違い、更に人気ひとけの少なそうな脇道へ入ろうと私を引っ張りながら歩き始める。


 ……このままじゃまずい!


 今だ勝手がわからず、頼れるのも園生くん位しかいないこの状況で誘拐はまずい。

 ずるずると引きずられながらも両足をめいっぱい踏ん張り、掴まれたままの腕を解こうと必死に抵抗する。

 が、少し引きずられる速度が遅くなったくらいで、なかなか自由になれない。

 このまま脇道の奥まで入られたら、もう誰にも発見されることはないかもしれない。


 このまま、私の人生は終わってしまうのだろうか……。


 どこかから犬の遠吠えが聞こえる。

 ああ……これは諦めろということなのだろうか……。


「…………ウヴゥ〜ワンワンワンワン!!」


 犬の声が近づいてる気がする。

 と、考えていたら前方から犬がこちらへ走ってきていた。タイムだった。


 タイムはこちらへ向かってきたかと思ったら、私を拘束していた男の右足にがぶっと噛み付いた。


「いってぇ!くっそが」

「あ?おい!大丈夫か!?このクソ犬……!」


 噛まれた男がタイムを払おうとして、私を捕まえていた腕が緩んだ。

 その隙をついて男の拘束から逃れ、口を塞いでいた手を噛んでやった。


 さっき散々馬鹿にしてくれたお礼よ!


 タイムに足を、私に手を噛まれた男が顔を赤くして怒る。


「予定変更だ!てめえらただじゃおかねぇ!」


 もうひとりの男はやれやれといった表情で男を見てから私とタイムを見て、腰にさげていた剣を抜く。


「ちょっと痛い目見ないとわかんねーみたいだし、お仕置きしましょうかね」


 タイムは私をかばうように男たちと私の間に入り、低い唸り声をあげている。

 いくらタイムが素早くても、剣を持っている相手には不利だ。このままではタイムが傷つけられてしまう。


 どうしよう、2人で逃げたほうがいいよね……。


 男たちに今にも飛びかかりそうな姿勢のタイムに近づいて逃げるように促したいけれど、男たちがジリジリと間合いを詰めようとしていて、一触即発のピリピリとした空気が流れている。


 頭をフル回転させて打開策を考えていると、私の横を小さな何かがキラッと太陽の光を反射させてひゅっと通り過ぎた。

 それは足を負傷した男の右肩口に刺さり、男の肩口から血がじわりと滲む。

 よく見ると細身のナイフで、それ自体の殺傷能力はあまり高くなさそうだが毒を仕込んだり使い方によっては大いに役に立ちそうだ。


「ぐっ……」

「クソが……ぶっころしてやる……!」


 男たちの怒りの視線がこちらを通り越してナイフが飛んできたと思われる方向へ向いた。

 私も釣られてそちらを振り返ると、そこにはここまで走ってきたのか息の上がっている園生くんが立っていた。


「いやぁ〜タイムが突然吠えたと思ったら、勢いよく走っていっちゃうから慌てて追いかけたらこれでしょ〜?嫌がってる女の子を無理やり連れて行くのは良くないよね〜」


 いつものように少しおちゃらけた雰囲気を出しているが、場の空気も和まないし相手を刺激するだけなのでは……?


 案の定、剣を抜いていた男が「なめやがって!」と大きな声をあげながら、こちらへ剣を構え、向かってきた。


「伏せて!」


 園生くんの声に反応して、咄嗟に両手で頭を守りながらしゃがみ込む。

 それに合わせるかのように、園生くんがナイフを男にむかって2本投げた。1本は右の肩辺りに、もう1本は左の二の腕に命中した。

 左右から伝わる痛みに耐えられなかったのか、男は持っていた剣を取り落とし顔をしかめると小さく舌打ちをした。


「くそが……その面覚えたからな!次は容赦しねぇ。行くぞ」


 男たちは形勢が不利になった途端、捨て台詞を吐いてあっさり逃げていった。


 あぁ……定番の雑魚キャラみたいなセリフ言うのね……。


 私の前で男たちにずっと威嚇していたタイムも、男たちが十分に逃げていったのをみてからこちらに振り向いてまるで私を安心させるように寄り添ってくれる。


「ありがとう……タイム……」


 ぴったりとくっついてくるタイムの頭や背中を感謝の思いを込めて撫でる。タイムも緊張していたのか、脅威が去って安心したのか頭をぐりぐりと私の胸元に押しつけてくる。

 私達の後ろにいた園生くんも駆け寄ってきた。


「大丈夫、律歌ちゃん!?怪我はない?」


 園生くんもしゃがみ込み、私の頭からつま先までざっと見て、怪我の有無を確認する。

 怪我もしていなかったので、「大丈夫だよ」と答えると、園生くんはホッとした表情を浮かべて頭をなでてきた。

 その手付きは小さな子供をあやすように優しく安心感を与えてくれて、思わず涙ぐむ。


「よしよし、怖かったね〜もう大丈夫だよ〜」

「うぅ〜……そんな子供扱いなんてしないでよ……。でも……怖かった……」


 泣きそうな顔を見られたくなくて、園生くんの胸に顔をうずめる。

 そんな私をからかうこともなく、園生くんはいつまでも頭を優しくなでてくれていた。

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