第7話 『なんでも屋』はじめま……す?

 園生くんと別れたあと、いくつか食料の買い物をして帰宅し一通りの家事をこなす。

 あまり意識しないようにしても、今夜またマイダの国に行くという彼との約束が頭の片隅から離れない。

 いつもより長めに湯船に浸かり、どことなく緊張している心と頭をリラックスさせる。


 午前0時が近づいて、ベッドに入るも頭が冴えてしまって一向に眠れない。


「いつもなら、ベッドに入ればすぐ眠れるのにこれっぽちも眠れる気がしない……」


 はぁ、と小さくため息をつくとベッドから起き上がり、キッチンへとむかう。

 眠れないけど、約束のためには眠らないと……。


 キッチンの冷蔵庫からキンキンに冷えたアルコール度数高めの缶チューハイとナッツの小袋を持って、ベッドにより掛かるようにして座る。

 缶チューハイを飲みながらスマホをいじって、「いつも通り」の時間を過ごした。


 ◆ ◆ ◆


「……起きて……」


 いつの間にか閉じていたらしいまぶたを薄く開ける。

 目の前には、幼稚園児くらいの子どもとハチワレ猫がいてこちらを見ながらオロオロしている。


「りっちゃん、ごめんね。僕、ちゃんと出来なかったの。だから、にーにに頼んだの。ごめんね、ごめんね」


 目の前の子どもは、話しながらぐすんぐすんと泣き出してしまった。

 泣かないで、と言おうとしたら声が出ない。泣いている子どもの頭をなでてあげようとしたら私と子どもたちの間に白いモヤがかかり、姿が見えなくなってくる。

 その間も、子どもは泣きながらごめんね、と謝っている。


 とうとう、視界が真っ白になり子どもの声も聞こえなくなった。


 ◆ ◆ ◆


 次に視界がひらけた時は見たことのある場所にいた。

 座っているカフェのテラス席には可愛いオーニング、活き活きとしている人々、石畳の歩道。


 来た……!マイダの国だ!


 また昨日と同じカフェにいるみたい。おじさんにまた小言を言われる前に店を出ようと静かに席を立つ。

 すると店のドアが開き、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「律歌ちゃん!良かったぁ!また会えたね!」

「……園生くん……」


 本当にマイダの国で彼と再び会えた。

 再会できた驚きと嬉しさで動けずにいると、園生くんが困った顔で言った。


「とりあえず、このドアを支えてくれないかな?両手が塞がってて」

「あっ、あぁ……はい」


 慌ててドアの方に駆け寄って彼が通れるように大きくドアを開けておさえる。

 ありがとう、と言って彼が通ろうとした時にふわっといい香りが鼻孔をくすぐる。両手にカップを2つ持っていて、それぞれからいい香りと湯気が立ち昇っている。

 そしてさっきまで私が座っていたテーブルにつくと、彼はそこに座り、私へも着席を促してきた。


「今日はちゃんと買ったからテラス席にいても何も言われないから大丈夫。これ、律歌ちゃんの分。ブラックで良かったかな?」

「うん、大丈夫。ありがとう」


 促されるがままに座り、買ってもらった飲み物を一口飲む。

 あれ?この香りもそうだけど、この濃い色と苦味のある飲み物は……。


「コーヒー?」

「そう、この世界では『コフェー』って言うんだけどね。味も見た目もまんまコーヒーだよね」


 やっぱり、あのメニュー表のコフェーというのはコーヒーのことらしい。

 世界が違うから取れるコーヒー豆の種類も違うのかな?酸味が強めだけど、炒った豆のいい香りが心を落ち着かせてくれる。

 一息ついたところで、彼がさっそく本題へと入る。


「無事にこっちの世界でも、合流できて安心したよ〜!律歌ちゃんがどこからマイダの国に入るのかわからなかったから、ここで張ってたんだ」


 張ってたって、犯人を探す刑事じゃないんだから……。

 ちょっと呆れつつも公園で昼間話した通り、ここが別世界で私と園生くんはそれぞれ現実世界から来ているというのはわかった。


「実感は薄いけど、ここが別世界っていうのはわかった。園生くんはどこからマイダの国へはいったの?」

「僕はこの街にある宿屋だよ。2階の角部屋をロングステイで借りてるんだ。そうそう。律歌ちゃんはこの国に入る前に、この世界の説明を受けてないんだよね。ここでは、みんなが何かしらの職に就かなくちゃならないんだ」


 公園でもそんなことを言ってたけど、どうしてそんなに職に就くことをしつこく言うんだろう?

 頭にふっと浮かんだ疑問を聞く前に、彼は話を続ける。


「この世界に入る前にマスターに出会っていれば、好きな職に就く際に必要なもの……例えば土地とかここみたいな店を欲しいといえば、すでに持った状態でこの世界に入れるんだ」

「えっなにそれ、すごくない?!」


 スタート時点ですでに店や土地を持っているって、強くてニューゲームみたいな感じで羨ましい。

 どうして、私にはその「マスター」とやらが説明にこなかったのかな?

 不思議に思っていると、今日ここで目が覚める前に会った小さい子どもを思い出した。

 あの子はなんて言っていた?なぜか何度も謝られていたっけ……。


「そう。そうやってマスターから店をもらっていれば店舗経営でもすればいいんだけど、律歌ちゃんの場合は手持ちもないし、今何かやりたい仕事ってある?」

「え、急に言われても……何も思いつかないよ……」


 まだ、この国がどんなところでどんな仕事があるのかがわからないのだから、やりたい仕事なんて聞かれても思い浮かぶはずもない。

 そんな私をみて、彼は難しく考え込む。顎に指をあてて何かブツブツとつぶやいている。

 一応、自分のことだし自分で考えたほうがいいよね?ここまで色々助けてくれた彼をこれ以上、悩ませてしまうのも気が引ける。


「あ、あの、園生くん。色々と教えてくれてありがとう。あとは自分で考え」

「そうだ!!律歌ちゃん、特に今やりたい仕事ないなら、僕と一緒に『なんでも屋』やろう!!」


 私のお礼と遠慮の声は、彼の声にかき消された。

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