第8話 なんでも屋の初仕事!

 結局、マイダの国で職に就いていないというのは異様なことらしく、あとからやりたい仕事がみつかればそちらに転職してもいいという条件で、園生くんと一緒に「なんでも屋」を始めることにした。

「なんでも屋」というからどういうことをするんだろうと思っていたら、本当になんでもやるらしい。ロングステイしているという宿の看板犬であるタイムの散歩から始まり、散歩中に街の人に依頼されたものを順次こなしていくのがルーティンのようだ。


 今日は、街の案内を兼ねてタイムの散歩を一緒にする。タイムは黒く短毛の中型犬で顔つきは柴犬に似ている。

 園生くんにもだいぶ懐いているみたいで、彼が散歩の準備をしていると落ち着きなくぐるぐると回り、しっぽを千切れんばかりに振っていた。

 看板犬と言われるだけあって、初対面の私にも懐っこく頭をなでると喜んでしっぽを振ってくれた。


 一緒に街中を散歩していると、ありとあらゆる人から彼は声をかけられる。

 それは仕事の依頼が半分と、挨拶や前に頼んだ仕事のお礼に食事の誘い、これだけでもすごいと思うけれど、今日はいつもと違ってもタイムの他にもうひとり連れて歩いているもんだから、それも話題にされる。


「おぉい、近部!そんな可愛い彼女、どこで見つけてきたんだ?」

「お嬢ちゃん!そんな奴と組まないで、俺のところにこいよ。楽して稼がせてやるぜ〜?」

「近部くぅん、アイドルに熱愛なんてご法度なのよ〜?この国の中でまで夢を壊さないでぇ」

「近部くん、そのおばさんよりアタシのほうがずっと役に立つよ!アタシと一緒に組もうよ〜!」


 肯定的な野次はいいとして、「おばさん」とかアラサーの心をえぐるようなのはツラくなるのでやめて欲しい。

 園生くんは数々の野次をニコニコと笑いながらかわして、律儀に街の説明を続けている。


「この街は最初に店をもらえるっていうのもあって、店の数が多いんだ。まぁ、僕たちがよく利用するようになるとしたら宿屋と道具屋、武器・防具もあるけど頻度は低いかなぁ。そうそう!坂内ばんないさんにちょうど店の手伝いをして欲しい、って言われてたから一緒に行こうか」

「う、うん。わかった」


 タイムの散歩は、園生くんについて歩いていただけなので特別仕事だという意識もなかったけど、店の手伝いとなるといよいよ「なんでも屋」として働くんだ、と実感する。


 タイムの散歩を終えて坂内さんのお店へ向かう。

 向かっている間、園生くんは「そういや、助っ人2人でいいのかなぁ。まぁいいか」なんてブツブツ言っているけど、なんでも屋は割とゆるい感じで仕事しているのかな?

 助っ人が何人必要で、どういった仕事をするのか、とか事前に決めたりしないのかな?


 そんなことを考えている間に坂内さんのお店へ到着した。白い外壁にピンクの屋根、まるで絵本に出てきそうな佇まいの洋菓子店だ。

 坂内さんのお店は入る前から、甘くいい匂いが漂っていて入り口脇にはブラックボードに手書きで本日おすすめのメニューと今月の休日が書かれている。

 へぇ、本日のおすすめはマイダ産レモンを使ったレアチーズカーケってやつなのか……レモンを使ってるならさっぱりしていて美味しそうだ。

 入り口のドアはガラス張りになっており、店内の忙しそうな様子が外からでもわかる。

 園生くんは店の外で、うしっ!と気合をいれるように顔を両手でパチンと叩くと


「律歌ちゃん!頑張ろうね!行くよー!」


 そのまま勢いよくドアを開けて中に入っていく。


「こんにちはー!なんでも屋の近部でーす!今日は新人の助っ人も連れてきたよー!」

「近部くーん!待ってたよ!忙しくて、てんてこ舞いなのよ!助っ人女の子なのね、ちょうどよかったわ。こっちきて、こっち」


 自己紹介もままならず、店内奥の事務所のような所へ連れて行かれ、店の制服を渡される。

 簡易更衣室のようなところで着替えていると、更衣室の外から坂内さんが仕事の説明を始めた。


「助っ人で女の子が来るなんて、ホントにラッキーだわ。悪いんだけど、あなたにはレジで接客をお願いね。えーっと……」

「あ、鈴樹です。鈴樹律歌」

「律歌……りっちゃんね、私は坂内の家内の景子よ、よろしくね」

「よ、よろしくお願いします」


 着替えも終わって更衣室から出ると、すでに景子さんは厨房の方へむかっていた。

 厨房へ入ると男性パティシエが作業をしており、レアチーズケーキのようなものの仕上げ作業をしていた。もしかして、あれが本日のおすすめメニュー?

 他に、パティシエは見当たらない。


「あんたぁ!今日の助っ人のりっちゃんよ!接客してもらうから!」


 ちらっと、男性パティシエがこちらをみて会釈をし、すぐに作業台へと視線を戻す。

 彼が坂内さんのご主人なのかな?景子さんとは逆に寡黙な感じの人なのね。


「鈴樹律歌です。本日はよろしくお願いします」


 声をかけてぺこりと頭をさげる。

 ご主人の反応を確認する前に、景子さんにレジの方へ連れて行かれる。景子さんの抜けたレジには、代わりに園生くんがいて接客対応をしていた。

 そこで景子さんからおおざっぱに説明をうけて、レジ対応に立つことになった。

 景子さんが一緒に立ってフォローをしてくれるが、同時に厨房とのつなぎもやるそうなので、なるべくこちらの負担をかけないように接客をする。

 さっきまでレジに立っていた園生くんは勝手を知っているようで、更衣室で着替えてきたと思ったら厨房に入り、パティシエさんのヘルプに入るみたい。

 すごくスムーズに作業に入ってるけど、もしかして園生くんはちゃんと打ち合わせ済みだったのかな?……じゃぁ私だけ把握してなかったの?


 そんなことをしみじみと考える暇もないくらい、店内は混んでいた。

 カーケ、私達の国でいうケーキは厨房からショーケースに補充すると飛ぶように売れていく。おすすめカーケが500モネ、いちごの乗ったショートカーケが400モネ、チーズカーケが450モネ、と覚えやすい価格設定で助かった。

 おかげで、レジもすぐに覚えて景子さんからのフォローも最小限に出来た、と思う。

 2時間近く経つ頃にはお客さんのピークも過ぎて、一息つける時間になった。おすすめカーケが売り切れてしまったのも影響が大きいかもしれない。

 そんなにみんなが買うなら、私も今度買ってみよう。


「ふぅ〜……なんとかピークは超えたかねぇ!りっちゃん、初めてなのにすごくテキパキ動けてたねぇ!……なんでも屋じゃなくて、うちで働かない?」


 景子さんが、にっこりと笑いながら誘ってくれた。

 景子さん、厨房とレジとせわしなく動いていたはずなのに、私のことも見ていてくれていたんだ。

 私なんて、お会計に手一杯で他に目を配る余裕なんてなかった。


「ちょっとちょっとぉ!律歌ちゃんは僕が見つけたんだから、スカウトはやめてよー!」


 厨房にいた園生くんが顔を出して、景子さんに抗議している。

 転職OKでなんでも屋をやるって言ったはずなんだけどな。もしかして、転職させないつもりなのかな……。


 2人のやりとりをちょっと困りながら見ていたら、ご主人が厨房から出てきた。


「今日は2人のおかげでいつもよりカーケが売れたし、もう店じまいにしよう。片付けが終わったら厨房にきてくれ」

「はいよ〜!じゃぁりっちゃん、入り口締めて軽く掃除してくれるかい?」

「はい!かしこまりました」


 外で入り口周りを掃除していると、店内で園生くんと景子さんがまだ私の争奪戦をしていたようで、ご主人に注意されていた。

 園生くんはよく手伝いに来るのだろうか、とても仲が良さそうに見える。


 そういえば、仕事を頑張って評価されたのは久しぶりだった。現実世界では仕事は出来なければ上司から怒られるけど、出来たからといって別に褒められることはない。

 ましてや、今日のように他から引き抜きなんてこともない。

 そんな日常に慣れてしまった私は、自分の後輩に対しても上司と同じように接していなかったか?

 後輩が素晴らしい成果をあげた時に、きちんと評価していただろうか?

 悪い面ばかり見ていなかったか?


 誰かに認めてもらえると、自分はこれでいいんだと思える。


 そんなことを忘れて過ごしていなかっただろうか?

 自分でも気が付かないうちに、何か見落としてしまっていたんじゃないか?


 いつの間にか物思いふけってしまい、景子さんに戻ってこいと呼ばれる。


 急いで掃除道具を片付けて厨房へいくと園生くんは既に片付け終わっていて、坂内さん夫妻と仲良く団らんしていた。

 そして厨房の作業台にはスイーツが2つ、それぞれお皿に盛り付けられている。


「今日はお疲れさま〜!初めてだったのに、よく頑張ったね!これは今日の最後の仕事だよ!夏の新作カーケの試作品なんだけど、食べて感想を聞かせてちょうだい」

「……遠慮しないでいいから、率直な意見を言って欲しい」


 2つということは、園生くんと私の分ということかな?

 こんなの、仕事というよりご褒美みたいなものだよね。


 底にスポンジケーキが敷き詰められており、白くふんわりとしたムースがメインのカップスイーツで、上には夏みかんとカットしたパイナップルが飾り付けられている。

 いただきます、と言って目の前の試作品をひとくち口へ運ぶ。

 口の中で、爽やかな酸味と飲み込んだあとにスーッと残る清涼感。


「ヨーグルト、ですか?」

「お、りっちゃんは舌も肥えてるのかい?そうなのよ、これはヨーグルトとミントのムースカーケなんだよ!」

「見た目は今日のレアチーズとかぶるけど、こっちはカップスイーツだからそこで差がつけられそうだね〜」


 園生くんも率直な意見をだす。

 しかも、カップに入っていればこれから暑くなってムースクリームが緩くなったりしても手が汚れる心配が少ない。

 そういえば、この国は日本のように四季はあるのだろうか。

 あとで園生くんに聞いてみよう。


 試作品を味見しながら、みんなで話していたら時間があっという間に過ぎていき、ゲートが消える時間が近づいていた。


「律歌ちゃん、そろそろ帰る時間だ。行こっか」

「うん、坂内さんたちも一緒に行きましょう」


 坂内さんたちを誘うと2人はどことなく微妙な表情で曖昧な返事を返してくる。


「律歌ちゃん!坂内さんたちはここを片付けて戸締まりもあるから、僕たちで先に行ってよう!」

「そ、そうだね!また手伝っておくれよ、りっちゃん!」

「ありがとうな」


 いつもより強引な園生くんに話を切り上げられ、腕をぐいぐい引っ張られゲートへ急ぐよう催促される。

 そんな急いで切り上げなくても、まだゲートが消えるまでは十分な時間がある。

 しかし、園生くんに問う前にみんながささっと席を立ってしまい、聞ける雰囲気ではなくなってしまった。

 せっかくの坂内さんたちとのお別れも慌ただしい形になってしまい、ちょっとだけ悔いが残る。


 そのまま園生くんとお互い口を開くこともなくゲートへと到着した。


「それじゃ、今日はお疲れさま!初めてのなんでも屋で疲れただろうから、向こうへ戻ったらゆっくりして疲れをとってね」

「あ……うん。ねぇ……」


 さっきのことを聞きたいけど、帰り間際に聞いたらごまかされるかな?

 それなら、次に会う約束をしてからのほうがいいかもしれない。


「ねぇ……また、会えるかな?」

「もちろんだよ!こっちでも向こうに戻ってからもいつだって会えるよ!」


 そうだった、現実に戻ってからも会えるんだしその時にじっくり聞いてみるのもいいかもしれない。


「うん。それじゃぁ、またね」

「またね!おやすみー!」


 こうして、なんでも屋としての初仕事は無事に終えることが出来た。

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