第6話 結局どういうこと?

「……ゃん、律歌ちゃん!」


 どうやら一瞬だけど意識が遠くへいってしまったらしい。

 目の前のコーヒーはまだ温かい。目の前の席には園生くんがいて、心配そうに私を見ている。


「ぁ……すみません、大丈夫……」


 いらぬ心配をさせてしまったことを謝罪するが、それよりも目の前の園生くんは夢の中で会った人と同一人物なの?

 こっちの世界だとか、戻ってきた、とか色々気になることが多すぎて何から聞けばいいのか思考がまとまらない。

 まとまらないまま、聞きたいことが口が出そうになって舌がもつれて噛みそうになる。


 園生くんはコーヒーを飲みながら、慌てている私を楽しそうに眺めている。


「ふふ、律歌ちゃん落ち着いて。僕はどこにも逃げないよ。そうだなぁ……きっと聞きたいことが沢山あるんじゃないかな?」

「聞きたいこと、たくさんある。私の名前を知っていると言うことは……私たちどこかでお会いしているんですよね?」


 何をどういう風に聞けば良いのか思い浮かばなくて慎重に少しずつ聞いていくことにした。


「うーん、そうだね。僕たちは会ったことあるよね」


 園生くんは少し含みのある言い方をする。


「僕からも、律歌ちゃんに聞きたいことがいくつかあるんだよね」


 夢の中でみた園生くんと同じように人懐っこい笑みで、私に手を差し出す。


「ここで会えたのも何かの縁だし、静かなところでゆっくり話そうか」


 このキザっぽい仕草にノせられて、私たちはショッピングモールを離れ駅を挟んで反対側にある公園に移動することにした。


 ショッピングモールが駅前にあるとそちらにばかり人が集まるので、駅の反対側に回っただけでもかなり人通りが減る。

 公園には私たちのほか、小さい子供を連れた親子二組とタクシーの運転手がドリンクを片手に休憩していた。

 公園は新緑が生い茂り、真新しい緑の瑞々しい空気が充満している。心地のよい風がショッピングモールの人混みで疲れた体と心を癒してくれる。


 空いていたベンチに腰掛けて公園内の自然に癒されていると、隣に座っていた園生くんが口を開いた。


「ここは落ち着くね。聞こうと思ったこととかどうでもよくなっちゃう」

「そうだね、ここでのんびりしてるとまったりしちゃうねぇ」


 仕事に追われる毎日を過ごしていると、こういったぼーっとする時間はとても貴重で贅沢な使い方だ。

 しかもこんなかっこいい人と……


 そうだった。私達はどこで出会ったのか聞いてないや。


 2人でそれぞれぼーっと遠くの緑をみて、物思いふけっていたら頭も冷静になったのか目的を思い出した。


「まったりしてる場合じゃないよ!……園生くんには申し訳ないんだけど、どこで会ったのか覚えてなくて……。名刺みたいなカードは部屋にあったから、どこかでもらったんだと思うんだけど……」

「あれ?覚えてないの?……まぁ、たしかにあの時は慌ただしかったからなぁ。もっと、落ち着いて出会いたかったな」



 園生くんは遠くを見ていた目をこちらに向けて、楽しいいたずらを思いついた子どものようににんまりと笑う。

 可愛い……っ。可愛いけど、同時にまた衝撃発言があるのでは……と少し身構えてしまう。

 私の表情が固くなったのに、気がついたのか園生くんが少し心配そうな顔になる。


「また、気ぃ失っちゃう?」

「~……っ!もう失いません!」


 さきほどの失態をからかわれて、かぁっと顔が赤くなる。少しは心配してくれてもいいんじゃないかしら?

 そんな私の心情なんてつゆ知らず、ごほん、とひとつ咳払いをすると園生くんは私の疑問に答え始める。


「あんまりいじめて律歌ちゃんが拗ねちゃっても困るからなぁ。そろそろちゃんとするね。僕が律歌ちゃんと初めて会ったのは昨日、というか昨夜……かな?マイダの国で君がカフェでお金を払えなくて困っているところを助けました。……どうかな?少し、思い出せるような記憶あるかな?」


 思い出せる記憶、というかそういう夢をみたことは覚えている。夢の中に出てきた青年も園生くんに似ている。

 そう。私は夢だと思っていたんだけど、なぜ私が見た夢のようなものを彼も共有しているのか。一緒に寝ていたわけでもないのに、見ず知らずの彼とまったく同じ夢を見ることなんてあるのだろうか?


 園生くんからの回答を聞いて、疑問が解決するどころかますます深まってしまった。


「ね、ね。今度は僕からの質問。もしかしたら、今の律歌ちゃんの疑問に一筋の光が見えるかもよー?」


 私の疑問が解決していないのは一目瞭然だったようで、園生くんが眉間のシワを指で広げるような仕草をする。

 女性にむかって、その仕草は失礼でしょう!お肌の曲がり角で日々鏡をみては心が折れそうになるのに!


 本人に怒りたい気持ちをぐっとこらえて、

「そうね、私の疑問ばかりぶつけてもフェアじゃないわよね。何が聞きたい?」

 なんて、余裕ぶってみる。


「僕が聞きたいのは大きく2つかな。まずひとつは、マイダの国のことは覚えてるかな?あの国へ入る前に、誰か……例えば10歳くらいの少年とかにマイダの国について何か言われた記憶はないかな?」


 そう聞かれ、今一度昨日の夜からの出来事を振り返る。


「今朝も思い返したけど、思い当たる節がない」

「別に少年じゃなくてもいい、他に誰か、もしくは動物かなにか、記憶ない?」

「……ない。そのマイダの国に関して説明してくれたのは園生くんしかいなかったと思う」

「えーっ……そうなの?じゃぁどうやってマイダの国へ行ったの?」

「どうやってって……家で寝ちゃって、起きたらあのカフェにいたって感じ」


 園生くんはまるでおばけか幽霊でも見たような顔で私をみる。


「そうか、じゃぁまだ向こうでどんな職につくか決めてないってことだよね?」

「は?職?っていうか、どうして夢の内容を園生くんが知ってるの?」


 園生くんの疑問に答えても、私には一筋の光にも何もならなかった。

 それどころか、深まっていた謎がさらに深まって答えの道筋が何も見えない。

 マイダの国がそもそも謎だけど、職に就くってどういうこと?

 園生くんが小首をかしげる。


「ん?言ってなかったっけ?あれは夢じゃないよ?」


 そういえば、夢の中の園生くんも現実と同じ時間流れとか言ってたような……。

 お互いカフェでのやりとりを覚えていて記憶の相違もない、となるとマイダの国というのは本当にある別世界なの?

 別世界とか、マンガやゲームの話じゃないの?

 どうして、園生くんは当たり前のように受けいれて話してるの?


 あまりにも分からないことが多くて、このはてなたちはもう消えないんじゃないかとすら感じる。

 園生くんは、難しい顔をしている私を見てくつくつと小さく笑っている。

 公園の木々が頭を冷やせ、とでもいうように爽やかな風で頭を撫でていく。


「律歌ちゃん、表情がころころ変わるんだねぇ。色々整理もつけたいだろうし、また夜中に向こうで会おうか」

「……でも、どうやって行けばいいのか……」

「大丈夫。いつも通りに寝て、時間がくれば向こうに行けるから」


 優しく言い聞かせるように、説明されても不安は消えない。


「多分、今日マイダの国へ行くことでわかることもあるんじゃない?」


 園生くんがベンチから立ち上がるとこちらをくるっと振り返って、また手を差し伸べる。

 こんなレディな扱いは別れた彼氏にもされた事ない。

 少しドキドキしながらそっと彼の手をとると、優しくエスコートして立たせてくれる。


「百聞は一見にしかず、って言うしね!また向こうで分からないことがあれば僕が教えてあげられる」


 マイダの国で落ち合うということだけ決めて、園生くんと別れた。

 まさか、リアル園生くんに遭遇するとは思っていなかった。カッコよくて人懐こい感じが大型犬のようで可愛い。


 マイダの国とか全然意味がわからないけど、夢だったのか同じ時間軸の別世界なのかを確かめるためにも、眠って向こうへ行ってみようと思った。


 期待か不安かわからない胸の高鳴りに、そっと手をあてて家路を急ぐ。そこにほんの少し後悔がまざる。


「連絡先交換すればよかった……」

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