第12話 事態、急転す

「……妙だな。これはただ単純に魔物と争った訳じゃなさそうだ」

 我に返って、魔物の死骸を確認しながら言う。


「どうしたの?何か気付いたの、ジルフ?」

 少し遅れてこの惨状を目の当たりにしたフォルがこちらに声をかけてくる。ラキアほどではないが、フォルも若干顔色が悪いようだ。無理もないが。


「あぁ。無理に近付かなくて良いからちょっとだけ見てみろ、この死骸の群れ。綺麗に選別されているだろ。こっちのトロルは舌を全て抜いてあるし、そっちのオーガは爪が全部取られている。全部確認する必要はないだろうがな。……おそらく、何らかの魔術の儀式に必要になる部位だけが剥ぎ取られている」


 見ていてあまり気持ちの良いものではないため、ざっくりとではあるが、一人で他の魔物の死体を確認すると、やはり魔術の儀式に使うと思われる部位だけが欠損していた。


「……何者かがここで、何かの儀式の触媒となる素材を集めていたという事でしょうか」

 ハンカチで口元を押さえながらラキアが言う。匂いと光景のせいで、さっきより顔色も悪そうである。

「……無理すんなラキア。匂いの弱い風上の方で休んでろ。フォル、水持ってラキアを連れていってやってくれ」


「うん!さ、ラキア、あっちの方で少し休も?」

 そう言ってフォルがラキアの手を取る。一瞬申し訳なさそうな顔をするものの、やはり相当辛かったのか素直にフォルに手を引かれていく。二人が離れたのを確認して、モルドに声をかける。


「モルド、二人が向こうにいる間にちょっとここらを調べたい。……悪いがちょっと付き合ってくれ」

「おう。アタシは大丈夫だから気にすんな。で、どの辺りを調べる?」

「あぁ。さっき儀式に使われる素材だけが剥ぎ取られているって言ったよな?俺は錬金や召喚、降霊術の類はそんなに明るくないが、どう見ても普通の儀式に使う分の量じゃない。……おそらくだが、この辺りにこれを集めた連中がいるはずだ」

 自分がそう言うと、モルドは二人の方を見て充分な距離が離れたのを確認してから頷く。


「……よし、俺はちょっと離れた向こうの方を調べてくる。モルドは二人の様子を見つつ、この辺りを調べてくれ」

「おう。ジルフも気をつけろよ」

 モルドの言葉に頷き、周りを見渡す。近くに人の気配はないが、注意深くこの周辺を散策する。


 魔物の死骸の腐敗具合からして、これが行われてからおそらく一ヶ月は経過していると推測される。逆に言えば『一ヶ月しか経過していない』とも言えるのだ。


 ……つまり、この付近にこれをやった連中の拠点があるという可能性も充分に考えられるのだ。

「あれだけの量の部位を切り離し、近くで儀式を行うとすれば……」

 気配を殺し、慎重に近くを散策する。すると、草を踏み荒らした跡を発見する。

 昨日今日付いた跡ではないが、確実に獣道ではなく、人が何度か歩いたことにより出来たと思われる比較的新しいものである。


(踏まれて枯れた草の跡からして……こっちか)

 跡を辿り、より慎重に気配を消して散策を続ける。ほどなくして、岩陰の方に洞窟を見つけた。……先程とは違う血の匂いも感じる。


「ここか……血の匂いも強くなっているし、間違いなさそうだ」

 魔物の巣、ということもあり得なくはないが、洞窟の周りにそれらしい足跡がないため、おそらくそちらの可能性は低いだろう。

 洞窟のすぐ近くまで近付き、入り口の様子を探る。人気は無いが、血の匂いはどんどん強くなり、腐敗臭も酷くなってくる。……間違いなくこの先が発生源だ。


「……『光明』」

 足元を照らす程度に光量を抑えて詠唱を唱える。洞窟の中は広く、思ったより奥行きがありそうだ。奥に進むにつれ、どんどん血の匂いと腐敗臭が強くなる。だが、気配を探るものの、人の気配も魔物の気配も感じられない。


(……匂いが強い。そろそろか)

 周囲を警戒しつつ、角を曲がり洞窟の終着点に辿り着く。誰もいないのは間違いなさそうだ。

 ……少なくとも、生きている人間は。


「……よし、光量を上げるか」

 最低限にしていた『光明』の光を通常の光量まで上げる。


「なっ……!!」

 次の瞬間、自分の目の前に広がる光景に衝撃を受けることとなる。


「おいっ!どうしたジルフ!!」

「来るなっ!!」


 少し遅れて、自分の後を着いてきたらしいモルドが、こちらに駆け寄ってこようとするのを全力で叫んで止める。


「……見ない方がいい。いや……お前たちには……見せたくない」

 煌々と自分の『光明』により、照らされた先に映し出されている光景。

 自分の発した大声で、モルドが足をその場に留めていることを確認して、改めてそちらの方に目を向ける。


 ……そこには、先程の魔物の骸と同じように、心臓を抉り取られて生き絶えている『人間』たちの死体と、洞窟の中心に何かの儀式が行われたと思われる魔法陣が描かれていた。


 そして、その亡骸をしばし見つめ、調べているうちに、とある事に気付いた自分は、この惨状を目にしたこととは違う衝撃を受けた。


 ……何故なら。

 今、ここに転がっている亡骸は。


 国を追われた、大臣派の連中の死体であったからだ。

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