第11話 隔離先を出発し、不穏なものを見つけました

「よし、それじゃあ出発するか」


 隔離先の施設の扉に再び施錠の魔法をかけ、三人に振り返る。フォルたちは既に支度を終えている。

「あ!ジルフの服装新しくなってるー!カッコいい!」

「そうか?自分じゃ良く分からんが、ありがとよ」


 協会にいた時、シェルキー先輩に『君はさ、素材は良いんだからもう少し身なりに気を使いたまえ』と言われ、なすがままに採寸から全てコーディネートされた魔術着である。

 とはいえ、見た目は黒を基調としたレザーのジャケットに細身のパンツ、ショートブーツといった感じなので、自分には良く分からないのだが、三人が自分の隣を歩いて恥ずかしくない格好であれば、正直何でも良いのだ。


「ジルフさま……包帯は巻かなくても良いのでは?毎回巻くのも手間ではありませんか?」

 ラキアがおずおずと尋ねる。指先からぐるぐると巻かれた自分の左手の包帯が気になったのであろう。

「気にすんな。もしばったり旅の商人や村人に会った時、向こうが見て気持ちの良いもんじゃないからな。念には念を、って奴さ」


 そう言ってラキアに答え、いよいよ未開のルートに向けて旅を再開する。未開、というと人によっては大げさに聞こえるかもしれないが、実際に街から街へと向かうルートからほんの少し外れただけで、予期せぬ魔物の群れに遭遇したり、先日のような盗賊の根城が存在するのも事実なのである。


「……うーん。近くに村は無さそうだね。この前みたいに盗賊の類はいなそうだけど、魔物には警戒した方が良さそうかな」

 こちらの広げた地図を覗き込む感じでフォルが言う。確かに見た感じ、大きな街に辿り着くまでの道中には人里は無さそうである。


「そうだな。天候や道の状態にもよるが、この距離なら一番近いストラト・シティまで二週間前後ってところか。ひとまず探索をしながら街を目指す形だな。ストラトからウェリズには道路も引かれているし、数日で戻れそうだしな」

 自分の言葉に、三人も頷く。

「よし、じゃあ周りを散策しつつ、ストラト・シティに向かうとしよう」


「んー。今のところ本当何もないねぇ。この辺りは何もないのかなぁ」

木漏れ日の中、歩きながらフォルが言う。出発して三日ほど経過したが、魔物の襲撃もなく、いたって平和な道中であった。


「そうだな。まぁ、それならそれで構わないさ。そしたらストラトからウェリズに一旦戻って、また違うルートを目指すだけさ」

 そう言いながらも歩みを進めていると、一人先を歩いていたモルドが足を止めて言った。

「っと、どうやらこのまま街まで、とはいかないみてぇだぜ。ジルフ」

 モルドの言葉に自分も足を止めて辺りを見渡す。


 生い茂る木々のところどころに、不自然に踏み荒らされた痕跡を見つける。見れば木の幹にも明らかに野生の動物のものではない爪痕が見受けられる。

「……この爪痕の大きさから見るに、トロルやオーガ辺りだな。それも単体じゃなく、ある程度の群れだと考えた方が良さそうだ」

 木の傷の付き具合から見て、昨日今日に付いたものではないことを確認しつつ、それでも周囲を警戒しながら散策を続けていると、少し外れたところに川を見つける。


「……ここに水場があるということは、この辺りを拠点にしていてもおかしくはないな」

 川の水は澄んでおり、魚も泳いでいる。魚がいるということは飲むことも可能だろう。確認して水筒に水を補充する。

 万が一の襲撃に備え、警戒の度合いを高める。後ろのフォルたちも周囲を確認している。自分が先頭に立つ形で川の流れに沿って周囲を調べていると、野営の痕跡を発見した。


「……この規模の野営だと、少なくとも十から二十人くらいの人数だな」

 焚き火の痕跡を調べながらモルドが言う。

「そうだな。……だが、魔物が徘徊していることは辺りを見れば分かるだろうに、何故わざわざここを選んで野営をしていたかが気になるな」

 モルドと別の野営跡を調べながら言葉を返す。痕跡から察するに、一月ほど前のものではないかと思われる。


「ここに何か必要なものがあって、魔物に襲われるリスクを承知でここに来た、ってことなのかな?とはいえ、この辺りにそんなものはなさそうだけど……」


 フォルの言うとおり、この辺りに集団でわざわざ拠点を構えてまで、求める何かがあるとは考えにくい。猟師の類であれば危険の少ない野生動物が生息する地域を選ぶだろうし、鉱石や宝石の採掘であればそもそもこんなところでは野営は行わないだろう。

 様々な疑問を抱きつつも、周囲の痕跡を調べながら散策を続ける。


「……なぁジルフ、向こうの方から変な匂いがしねぇか?」

 モルドの言うとおり、風に乗って不快な香りが漂ってくる。……明らかに血なまぐさい、腐敗臭の類だ。

「あぁ。……おそらくこの坂を上った先に、何かあるだろうな。その証拠に、近づくにつれて臭いがどんどん強くなっているな」

 少し遅れて後ろを歩くフォルとラキアを振り返る。ラキアは匂いにやられたのか、顔色が若干悪く、口元をハンカチで押さえている。


「無理すんなラキア。フォル、ラキアを支えてやってくれ。俺とモルドでひとまず様子を見てくる」

 フォルが頷くのを見届けて、モルドに声をかける。


「よし、いくぞモルド。『探知』を使ってみたが、生物の気配は無さそうだ。そっちはどうだ?」

「あぁ。アタシも特に感じねぇ。少なくとも近くに何かが潜んでいる様子はねぇな」

 モルドの言葉に頷き、二人で同時に坂を駆け上がる。ほどなくして視界は開け、小高い丘に辿り着いた。辺りを見渡せるほどの景色の真ん中に、その異臭の元は存在した。


「うっ……」

 流石のモルドも顔をしかめ、手で口元を押さえる。

「何だこれは……何のためにこんなことを……」


 そこには、トロルやオーガの死骸が山と詰まれ、おびただしい血が流れた跡があり、すさまじい腐敗臭を放っていた。

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