第10話 隔離先に戻り、風呂場で悶々とするはめになりました

「さて、道中なんやかんやで慌ただしかったが、無事に辿り着いたな」


 たった数ヶ月ぶりでの再訪ではあるが、二年もの日々を過ごした建物を再び見ると、何だか感慨深い気持ちになる。

 見た感じ、侵入者や魔物が来た気配もなかったため安心して『解錠』の呪文を唱え、鍵を外して扉を開ける。


「へぇ……ここにジルフが隔離されてたのか……意外と広いんだな」

 部屋をきょろきょろと見渡しながらモルドが言う。

「おぅ、あの大臣の指定した隔離先だからどんなところかと思ったが、思ったより快適だったぞ。まぁ、住めば都とはよく言ったもんだ」

 荷物を適当に置きながら答える。


「そうですね……あの大臣の事ですし、馬小屋をジルフさまにあてがうくらいの事はやりかねないと思っていたので、正直意外です」


「多分だが、それなりの施設をあてがうことで、俺をとことん国やお前たちから引き離したかったんだろうな。事実、俺はそれなりにここでの生活に満足していたしな」

 ラキアに返答しつつ、リビングにとりあえず隅っこに片付けていた椅子を出し、うっすらとたまった埃を払い、ひとまず四人が落ち着けるようにてきぱきと支度をこなす。


「さて、とりあえず飯にするか。無駄に広いから空き部屋はいくつかあるし、好きな部屋に自分の荷物やら布団を運んでくれ。その間に、俺は何か適当に飯でも作っておくわ」

 そう言うと三人は同時に言った。


『ジルフ(さま)の部屋の隣で!!』


「……残念ながら、俺の部屋は二階の角部屋だ。フォルは前に来たから知ってるだろうが。隣の部屋には魔術具と研究のための器具が置いてあるし、そのさらに隣の部屋には、魔術関連の書物がぎっしり置いてあるからその部屋以外で、だな」

 手の届く範囲に、必要な物を置いておきたい自分の性分に心から感謝する。

 しばらく三人はぎゃーぎゃー言っていたが、やがて観念したのか思い思いの空き部屋に自分の荷物を置きに行った。


「よし、皆行ったか。さて、足の早い食材から使うとするか。野菜の袋と調味料は、と……」

 三人が部屋を後にし、一人になったリビングの脇にあるキッチンで調理を始める。


「ほらよ。パンと野菜スープとチーズくらいだが、駄目にする前に使い切りたかったから辛抱してくれ」

 そう言って戻ってきた三人に前に皿を置き、大鍋にたっぷり作ったスープを盛り付ける。


『いただきます!』

 三人の声が綺麗に揃う。その声を聞いて自分もスープを口に運ぶ。余り物で作った割には我ながらなかなかの仕上がりだと思う。


「美味しー!細かく刻んだ野菜がたっぷり入ってる!ジルフのスープ、久しぶりに飲んだー!」

「……ジルフ、また料理の腕上がってねぇか?めちゃくちゃ美味ぇんだが……」

「あぁ……またジルフさまの手料理を口にすることが出来て幸せです……」

 三人が口々に言う。反応も上々で一安心だ。


「それは何よりだ。この二年でレシピも増えたし、自炊のスキルも上がったからな。道中は保存食ばかりだったし、おかわりはたっぷりあるから言ってくれ」

 しばしゆっくり夕食を楽しみ、四人で団欒する。


「さて、ここからどう動くかは明日ゆっくり決めるとして、そろそろ風呂にするか。俺は一服してくるから、お前ら先に入ってくれ。そこそこ広いから、一人ずつでも三人一緒でも入れるぞ」

 そう言ってタバコを片手に外に出ようとすると、三人がこちらを向く。


「一緒に……」

「入りません」

「髪を……」

「自分で洗います」

「お背中を……」

「三人でどうぞ」


 ぴしゃりと言い放ち、酒の小瓶とタバコを手にする。

「じゃ、外かリビングにいるから、全員上がったら声かけてくれ」


「ちぇー。まぁジルフならそう言うよね。じゃ、みんなで入ろ!」

「あ、アタシは一人で……」

「まぁまぁ、いいじゃないですかモルドさん。久しぶりに三人で入りましょ?」

 一人若干の抵抗を見せるモルドが、二人に引き摺られる形で連れていかれる。やれやれ、と思いながら自分はタバコを吸いに外へ出る。



「はて……この辺りに椅子を置いていたはずなんだが、何処にやったかな……」

 風呂、しかも女性となればそれなりに時間もかかるだろう、と椅子に座ってゆっくり飲みながら一服しようと庭に出て、外に畑仕事の休憩用に置いていた椅子を探していた。


「お、こんなところに置いてたか。まぁ、ここでも良いか」

 畳んで壁に立てかけられていた椅子を開いて座り、タバコに火を点け一服する。煙を燻らせしばし物思いにふける。さて、続けて一杯、と酒の小瓶の蓋を開けようとすると上から声が聞こえた。


「でっか!ラキアでっか!ていうか、また胸大きくなってない!?」

「……久々にまじまじ見るけど、やっぱりすげぇな……メロンでも埋め込んでんのかよ、ソレ……」

「あ、あんまり言わないでください!」


 椅子を立てかけていたのが風呂場の脇の壁だったことにようやく気づいた。

……聞くまいと思ったが、大声で話しているため嫌でも三人の会話が耳に入ってくる。


「うーん……ボクも少しは大きくなったと思うんだけど、ラキアの壁は高いなぁ……」

「……私としては、もうこれ以上成長して欲しくないのですが…。モルドさんの形の良いヒップラインやくびれが羨ましいです」

「……皮肉か?皮肉だな?それとも嫌味かこの野郎。……おいフォル、ラキアの手ぇ抑えろ。このメロン握り潰してやるぞ」


 ……風呂場で何してんだあいつら。すぐにラキアの悲鳴が聞こえ、抵抗していたようだが二対一では流石に敵わなかったとみえ、ほどなく捕まったようだ。


「何これ柔らかっ!手が埋まるんだけど!」

「うっわぁ……ジルフ、コレに手ぇ出さねぇのかよ……ってか、よくこんな胸であんだけ動けるな。おぉ、揺れる揺れる」

「ふ、二人とも触りすぎですっ!も、揉むのはっ!駄目ですっ……!」


 ……駄目だ。これ以上はとても聞いていられない。物音を立てないように注意し、会話の聞こえないところまで椅子を持って移動する。


「……さて、長くなりそうだし、もう一本酒持ってくるかな」

 タバコを灰皿でもみ消し、追加の酒を取りに部屋に戻った。


「ただいまーっ!いいお湯だったー!ジルフ、あんなに広いお風呂に毎日入ってたの?羨ましい!」

 あれから何本かタバコを吸い、酒も空いたので戻ってきたタイミングでフォルたちもちょうど戻ってきた。

……どことなく落ち込んだ表情のモルドと、顔が上気しているラキアにはあえて触れない事にする。


「……よし、じゃあ俺も入ってくるかな。先に寝るなり何か飲むなり、好きにしててくれ」

 そう言って風呂場に向かう。


「どれにしようかなぁ……定番のミルクも良いけど、葡萄もオレンジも捨てがたいし……むむ……」

「落ち着けアタシ……ここからまだ育つ可能性はゼロじゃねぇんだ……」

「もし……ジルフさまにあのように触られてしまったら……あぁ……」


 ……場合によっては結界を貼って風呂に入ることになるかと思ったが、フォルは湯上がりのジュースをどれにするかに夢中だし、モルドとラキアの様子を見るに、二人はしばらくあの調子だろう。安心して風呂場に向かう。


「あぁー……やっぱり足を伸ばして入れる風呂は最高だなぁ…」

 我ながらおっさんくさい、とは思うがやはり湯に浸かると思わず声が漏れてしまう。一日の汚れを洗い流してから、やや熱めの湯に浸かる快楽には抗えない。

 ふと、天井を見上げて舞い上がる湯気を眺めながら考える。


(……さっきまで、あいつらがここで風呂に入っていたんだよなぁ…)

 ……いかん。変なことを考えるな。


 だが、考えまいと思えば思うほど、先程耳にしてしまった会話が鮮明に頭の中でフラッシュバックしてしまう。


「……考えるな、考えるな俺!」

 ざぶん、と頭まで湯船に浸かり、妄想と煩悩を頭から追い払おうとする。


 ……その日、色んな意味で落ち着くまで風呂場にいた結果、酒が入っていたのもあって、のぼせる一歩手前の長風呂になったのはここだけの話である。

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