第9話 道中で盗賊連中と遭遇し、戦闘になりました
「よう兄ちゃん。命が惜しけりゃ金目のもんと、その女たちを置いてとっとと消えな」
台本でもあるのか、と思いたくなるお約束の様な台詞を、真ん中の男が下卑た笑いを浮かべて言う。
後ろの連中も似たような反応で、三人の品定めをしているようだ。……知らないって怖いなぁ。
「お、俺はあの赤髪の娘が良いなぁ……!」
「じゃあ俺はあの金髪だな!胸は小せぇけど見ろよ、あの格好。脱がせなくてもそのまま抱けそうじゃねぇか」
「いやいや!あの黒髪の司祭さまだろう?あの身体見てみろよ。たまらんなぁ!」
……殺気を感じ、思わずぞくりとする。もちろん、発しているのは正面の連中からではなく、後ろのフォルたち三人からだ。
「……うーん、ボクたちの名前や経歴は、ここまでは伝わってなかったかぁ。残念だなぁ」
「ジルフ、殺すのは御法度だけど、骨の二、三本は折ってもいいか?……駄目っつても手加減出来そうにねぇけどな」
「あらあら、モルドさんお優しいですね。事前にジルフさまに確認を取るなんて……手袋をしておいて良かったです。直肌であの連中に触れるなんて耐えられませんから」
怖い怖い。旅の途中でこんな思いをした事は何度もあったが、数年ぶりというのもあってか三人の怒りのボルテージが高まっているのが嫌でも伝わってくる。
「ほ、ほどほどにな……役人に引き渡す時、あまりに酷い状態で渡すのは気の毒なんでな」
こっちが話していると、盗賊の一人がこちらに近付いてくる。
「おいおい、何くっちゃべってんだぁ?死にたくなけりゃ、とっとと荷物とその女たちを置いて……ぐぺっ!」
その台詞は最後まで続くことはなかった。モルドが剣の腹で器用に盗賊の顔を引っ叩いて吹っ飛ばしたからだ。
「おい。それ以上ジルフに近寄んな。テメェの臭い息がジルフにかかったらどうすんだ……って、もう聞こえてねぇか」
モルドに吹き飛ばされた盗賊は、数メートル先まで吹っ飛び気絶している。あの様子なら命に別状は無さそうだし、問題ないだろう。
「な、何しやがったこのアマ!……おい、お前らやっちまえ!男は殺しちまって構わねぇ!女は抵抗出来ねぇ程度に痛めつけちまえ!」
言うが早いか、盗賊連中がこちらに向かってくる。
「お前ら!分かってるとは思うが、くれぐれもほどほどにな!」
そう言いながら真っ直ぐ自分に向かって来た何人かを躱しつつ、刃物を向けている一人に呪文を放つ。
「『衝撃弾』!」
威力を抑えた魔法を放った。……放ったつもりだった。が、アリストから出発時に渡されたブレスレットの存在を失念していた。
「がはっ!」
自分の予測していたはるか先の距離まで盗賊が吹っ飛ぶ。……これ、相当高位の魔力が込められているぞ。
「……この野郎!魔術使いか!お前ら、油断するなよ!」
言いながら盗賊連中は数人に分かれ、それぞれこちらに向かってきた。なるほど、それなりに統率は取れているようだ。
「ったく、怪物よりも汚ねぇ連中だな!」
モルドが両手に剣を構える。即座に盗賊の連中がモルドに襲いかかる。
「へっ!生意気にも二刀流ってか、お嬢ちゃん?そんな細腕でマトモに振るえんのかよ?」
そう言ってモルドに切りかかる盗賊。だが次の瞬間、振り上げた剣を叩き折られて地面に吹き飛ぶ。
「バーカ、使えるから担いでるんだよ。ほら、かかってこい。そのなまくらな剣や槍、全部へし折ってやるよ」
モルドの言葉に逆上した何人かの盗賊が、モルドに襲いかかるが即座に剣や槍を折られて地面に転がる。
「……おい!なんだ、あいつの剣!めちゃくちゃ硬ぇぞ!打ち合った瞬間、こっちの剣が弾かれると同時に砕けちまった!」
盗賊の一人が驚愕しながら叫ぶ。当然である。
代々剣聖の家に伝わる『聖剣』と『魔剣』。歴代の剣聖の中で、唯一その両方を二本とも使いこなす事が出来る剣聖。それが彼女、モルド=ジャックローズなのだ。
「はっ、ほらほらどうしたぁ!どんどんかかってこいよ!」
腰の引けた連中を次々と叩きのめしていくモルド。フォルの方を見ると、剣を鞘から抜かず、鞘のまま盗賊連中を打ち倒している。こちらも心配なさそうだ。
「ちっ!下がってろ、お前ら!そいつらは後回しだ!まず、あの司祭を人質に捕らえるぞ!」
盗賊のボスと思わしき男がラキアに視線を向ける。慌ててラキアの方に振り返るが、相手の方が一瞬早かった。
「へっ、魔術師さんよ。魔法を使えるのが、自分だけだと思ったか?」
そう言ったと同時に、盗賊は詠唱を放った。
「『瞬転』!」
油断した。まさかこいつらの中に魔法の心得がある者がいるとは予想していなかったため、反応が遅れてしまった。
「っ……おい!待てっ!やめろっ!」
だが、盗賊の唱えた加速の魔法は発動し、奥にいたラキアに一瞬で距離を詰める。
「へっ、残念だがちょっと遅いぜ!」
違う、そうではない。自分がやめろと言ったのはお前にではない。むしろ、魔法を唱える前に止めてやりたかった。だが、既に盗賊のボスはラキアの背後に立っていた。
「よし!そこまでだお前ら!コイツの命が惜しけりゃ……」
そこから先の言葉は聞こえなかった。背後に立った盗賊の顔面に、ラキアの振り向きざまの渾身の右ストレートがクリーンヒットし、空中に吹っ飛んだからである。
「かはっ……!!」
……言わんこっちゃない。歯の何本かで済んでいればまだ良いのだが。
それだけならまだしも、顎の骨とか砕けてなければ良いのだけれど。
「……本当、手袋をしておいて良かったです。皮越しでも不快感が伝わってしまいました。私の素肌に触れて良いのは、ジルフさまだけなのですから」
治癒、補助魔法の使い手であり清楚な立ち振る舞いの司祭、ラキア=カーディナル。
しかしてその実態は、『拳聖』の名の通り岩をも砕く拳の持ち主である。
ラキアに殴り倒された盗賊は遥か後方に吹っ飛び、白目を向いて気絶している。あの様子ではしばらく意識を取り戻すことはないだろう。
「お、おかしらっ!」
「ばかな……!おかしらをたった一撃で!?」
どうやら、ラキアにやられたあの男が一味のボスだったらしく、連中の間に動揺が走る。一網打尽にするならこのタイミングだろう。
「よし!手っ取り早く終わらせるぞ!フォル、モルド!」
二人に声をかけながら、近くの盗賊に掌底を打ち込み気絶させる。三人も次々に残りの連中を打ち倒していく。全員を捕らえ終わるのに時間はそう掛からなかった。
「……っと、こんなもんか」
気絶した連中を何人かに分けて木や岩に縛り付けた。既にフォルが狼煙を上げて知らせているので、少しすれば近くの役人が連中を連れて行くだろう。アジトの場所や盗品の回収は彼らに任せるとして、ひとまずこの辺りの治安は落ち着くことだろう。
「連中には『睡眠』の魔法をかけていますので、当分は目覚めないと思います。念のため、連中のボスには『封呪』もかけておきました。あの程度の魔術使いなら目覚めても解除は難しいと思います」
笑顔でラキアが答える。あれから自分でも直接何人かを打ちのめしたというのに、汗一つかいていない。……流石である。
それからしばらくして役人が到着し、連中を無事に引き渡して旅を再開した。
かくして、自分たちは再び元隔離先へと無事到着したのであった。
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