第6話 後輩に匂いを嗅がれましたが、仕事を頑張りました

「ふぁああ……」

 我慢出来ずに大あくびをして目をこする。結局、あれからほとんど眠れず、先程から何度も大あくびをしてしまう。

「ジルフ、大丈夫?さっきからすごく眠そうだけど……」

 隣にいるフォルが自分の顔を覗き込む。


「おや、それはいけないなぁジルフ。睡眠はきっちり取らないといけないぜ?」

 涼しい顔でシェルキー先輩がこちらに言う。誰のせいでこうなっているのかを問い詰めたいが、深夜に二人で飲んでいたなんて事がフォル達に知れようものなら、また面倒な事になる。

 そのため、こちらは眠気に耐えて午前の会議を何とか乗り切らねばならなかった。


「うぇえ……疲れた……」

 食欲も無く、申し訳程度の軽食を腹に入れ、早々に外に出て一服する。煙を吐き出し、ようやくリラックスする。


「お疲れ様です、先輩」

 そう言って自分の横に来たのはアリストだった。風に吹かれてアリストの綺麗な青い髪がふわりと揺れている。

「おう、お疲れさん。昼飯はしっかり食ったのか?……って、俺が言えた義理じゃないが」


 自分の言葉にアリストは微笑みを返し、こちらにコーヒーの入ったボトルを渡してくる。

「お、助かる。ありがとな」

「先輩があまり食欲無さそうに見えたので、午後の会議の前にきっとこちらに来られると思ったので……」


 ありがたくボトルを受け取り、一口飲んで改めて一服する。ブラックコーヒーの風味と苦味を味わった直後に吐き出す煙が何とも言えず心地良い。

「あー……生き返るなぁ……」

「良かったです。午後も大変かと思いますが、頑張りましょうね」

 言いながら自分の隣に座るアリスト。隣というか、ほぼほぼ密着レベルである。


「……あんまり近くにいると、匂いが移るぞ」

「大丈夫です。私は吸いませんが、タバコの香りは嫌いじゃないので」

 そうは言われても、やはり非喫煙者に煙を直に当てる訳にはいかないと思い、体を横に向けてタバコを吸う。アリストは意に介さずといった感じでそのまま体をこちらにくっつけてくる。


「……アリスト、流石にそれは距離が近いと思うんだが」

「大丈夫です。私、タバコの香りは平気ですし、先輩の匂いは好きなので」

 違う、そうじゃない。ツッコミを入れて離れようとしたが、アリストがそのままこちらに身体を預けたまま質問してくる。


「先輩、ご存知ですか?世の中には自分の匂いを付ける女性と、他の女性の匂いがしないかをチェックする女性がいるということを」

「いや、普通に怖いこといわないでくれるかなぁ」

気付けば背中にアリストがぴったりくっついている。すんすんと匂いを嗅がれているのが服ごしに伝わる。おい、嗅ぐな嗅ぐな。


「……アリスト、流石にそれは勘弁してくれ」

「……拒否権を行使します」

 こんな事に行使するんじゃない。共に協会にいた頃は素直で優秀な後輩だったのに、しばらく会わないうちにどうしてこうなった。というか、ますます密着してるんだが。今この場にフォルたちがいなくて本当に良かった。午後の会議の前に揉め事は避けたい。


『アリストだって普段は地味なローブ姿だが、実は隠れたナイスバディの持ち主なんだぜ?』

 ……シェルキー先輩の昨夜の言葉が頭の中でフラッシュバックする。まさかその翌日に身をもって体験することになるとは思わなかったが。


「……アリスト、近い近い。てか、そんなにくっつくな」

「……先輩が協会を発って、魔王を討伐してからまともにお話も出来ないまま追放されて、ようやくこうして先輩と再会できたんです。これくらいは許容してください」

 言葉に詰まり、その体勢のまま二本目のタバコに火を点けると、アリストが質問してくる。


「……そう言えば先輩、あの結界はどう構築されたんですか?『解呪』の類も属性の魔法も、何一つ通じなかったのですが」

「あぁ、あれはちょっとした応用でな……って、属性魔法も試したのかよ」

「はい、ラキアさんの物理の打撃も通用しないため、つい……」

 拳聖と仮にも賢聖候補に挙がった奴が二人揃って何してるんだと思うが、今はそこを掘り下げる気力が湧かない。


「まぁ、そのうち詳しく話してやるよ。何しろ、二年の間で暇を持て余して色々と研究していたからな。さ、そろそろ午後の会議が始まるから行こうぜ」

 まだ何か聞きたげなアリストを引き離し、タバコを灰皿に投げ入れ立ち上がる。名残惜しそうな顔をしているアリストを横目に歩き出す。さて、もうひと踏ん張りだ。


「……さて、これで大まかな今後の方針は決まったな。シェルキー、アリスト、そしてジルフ。私と君達三人を軸に協会の建て直しを図る。私とシェルキーは外交と流通経路の修正と適切な人員の派遣、ジルフとアリストは、後輩の指導と育成をメインで頼む」

 午後からの会議も、ロメイ先生の的確で無駄のない指示に従い、着実に協会の再建計画は進んでいった。


「……ロメイ先生、ひとまず協会の復興の流れは一通り決まった感じで良いか?そしたら、その後の流れについても、この場で打ち合わせをしたいんだが」

 そう言って口を開いたのはモルドだった。

「ああ、問題ない。早ければ一月弱、遅くても二ヶ月以内には新体制で建て直しの土台は構築出来るだろう。そうだな、我々はともかく、君達は魔王軍の残党狩りにも向かわなければならないしな」

 ロメイ先生の言葉にモルドが頷く。


「あぁ、協会の再建が最優先、ってのはアタシらも承知しているからそこは問題ない。その後の流れを今のうちに、ジルフを含め皆に説明したいんだが、構わねぇか?」

 モルドの言葉に頷き、続きを促す。

「よし。アリスト、地図とペンを頼む。お前にもシェルキーの姉御にも、ロメイ先生にも聞いといて貰いたいからな」

 モルドに言われて、アリストが急いで地図とペンを持ってきて地図をテーブルに広げ、ペンをモルドに手渡す。


「よし、じゃあ始めるぞ。まず、うちらの国、ウェリズがここだな。ここから北側にかけては、魔王討伐の道中で魔王軍の支配から解放してきたから問題はねぇ。そしてこの二年、ジルフが追放されている間にアタシたち三人が主になって復興作業を兼ね、残党軍をほぼ制圧できたのがこの辺りまでだ」

 そう言ってモルドが地図にペンを走らせ一部を囲む。北から北東にかけて、地図のおよそ五分の一ほどだろうか。


「そうか……俺がいない間、お前たちはこんなに頑張ってたんだな」

 自分の言葉にラキアが答える。

「お褒めの言葉、ありがとうございますジルフさま……ですが、私たちがジルフさま不在の中でここまで進められたということは、逆に言えばこの地域には『七天魔軍』がいなかった、ということです」

 ラキアの言葉に、自分達がこのあと立ち向かうべき存在を再認識する。


 ……七天魔軍。七人に分けられた魔王軍の幹部たち。一人一人が魔王に次ぐ強さを持ち、個々の能力では魔王に匹敵する能力を保持している者もいるとの噂のある連中だ。


 反面、その能力の高さ故、魔王に忠誠を誓う者もいれば、そうでない者もいた。魔王に反旗を翻し、己の力を誇示する者。表向きは魔王軍に属するも、自身の権力を影で広げる者もいた。

 連中が一枚岩でなかったこと、自分達が魔王の元に辿り着いた時、反魔王側の幹部が魔王の側を離反し離れていたこと。それら全ての偶然が重なったからこそ、自分達は薄氷の上に立つ思いで魔王に挑み、辛くも勝つことが出来た。もし連中が魔王の元、一同に介していれば、それは叶わなかっただろう。


「……ボクたちが旅の途中で倒した七天魔軍は二人だったよね。残り五人は間違いなく、その二人より格上。その全員が魔王に匹敵する能力を保持しているらしいから、どの道ジルフ抜きではこの先は難しかったかもね」

 フォルが言葉を続ける。ロメイ先生が地図を見てフォル達に尋ねる。

「国を出て、まずはどこに向かうとかは考えているのか?」


 先生の問いに、フォルがモルドからペンを受け取り答える。

「はい、狸……いえ、大臣がジルフを隔離していたのは北から北西寄りのこの辺りでした。ここから国に戻るまでのルートでここを経由して戻りました。なので、西寄りのルートを攻め、南下していこうと思います」

 フォルが書き足した部分を見て、地図を指差す。


「そうだな。まずは……俺の隔離先から南に向けて動くのが良いだろうな。そこから残党狩りを進めて行くのがベストだろう」

 自分の言葉に先生も頷く。

「そうだな。ジルフの隔離先がその位置なら、そことこちらを拠点にし、動いて行くのが良いだろう。道中、こちらも何かと協力出来る部分もあるだろうしな」


 かくして、今後の方針も定まり、協会の復興と今後の旅に向けての準備が着々と行われていった。

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