第7話 後輩と訓練後、街に出て修羅場になりました

 あれから数回の会議を経て、二手に分かれて協会の再建は進んでいった。

 ロメイ先生とシェルキー先輩は主に事務処理と外交関連、アリストと自分は協会内の魔術師の育成と、有望な後輩達の技術の底上げをメインに動くこととなった。

 そして、今まさにその有望株との実践訓練を行なっているところである。


「……今だ!『火炎球』!」

 目の前に放たれた火球を回避しながら、次に来る追撃に備えて詠唱を唱える。

「よし!『地烈斬』!」

 回避した先に、二人目から放たれた魔法により、目の前の地面が割れる。だが、それは予測済みだ。

「『飛翔風』!」

 空中に飛び上がり、同時に唱えていた魔法を放つ。


「『光明!』」

 閃光が走り、ほんの一瞬だが辺りが光に包まれる。その一瞬で充分である。


「ぐっ!」

「くうっ!」

 やはり予期していなかったと見えて、二人とも今の閃光で目がくらんだようだ。すかさず背後に立ち、力を加減した掌底を繰り出す。背後から掌底をくらい、相手は二人とも地面に倒れた。


「そこまで。お見事です先輩。リカーとピールも良い連携でした」

 アリストの声がかかり、実践訓練を終了する。倒れている二人に歩み寄り、手を取り起こしてやる。


「いたたた……流石ですねジルフ先輩。何か唱えているのは分かっていましたが、まさか目くらましとは思いませんでした」

「……あれは『光明』なんですか?凄いです、ジルフ先輩。こんな使い方があるんですね」

 起き上がった二人が口々に言う。

「あぁ。本来は探索や、火を使えない時に使う用途の呪文だが、簡略化して持続を一瞬にすればこういう使い方も出来る。ま、使いようって奴だな」


 その後も連携についての質問をしてくる二人をぐいっと押しのけ、アリストがこちらにタオルと水を差し出す。

「さ、質問はまた別の時間です。さぁ先輩、次は講義の準備ですよ」

「お、おう……分かってるよ。じゃあお前ら、また後でな」

 まだ色々と聞きたげな二人に挨拶し、アリストと協会に戻るため歩き出す。


「……もう少し二人とも色々と質問したそうな感じだったし、時間取ってやっても良かったんじゃないか?」

 こちらの言葉にアリストは資料に目を通しながら言う。

「駄目です。先輩は昔から面倒見が良すぎです。またそうしてとことん付き合って、ご自分の時間を削ってでも相手をしちゃうじゃないですか。この前もそうでしたし」


 ……ぐうの音も出ない。どうにも賢聖という立場上、聞かれた事には答えたいという気持ちと、将来有望な若手を育てたいという思いが強くなり、ついつい相手をしてしまう。

「まぁ、あの二人は特に伸びていますね。このままいけば、教わる側から教える側になるのもそう遠くないと思います」

 決して評価に手心を加えないアリストがそう言うからには、あの二人の実力は本物なのだろう。


「お、やっぱりそう思うか。あいつら連携もだが、個々の実力も中々のもんだ。そしたらお前の負担もちょっとは軽くなるな」

「そうですね。もう少し早く成長してくれたら、私も先輩の旅に同行出来るのですが……」

 アリストの発言に思わず足を止める。


「……やっぱりまだ諦めてなかったのか、お前」

「もちろんです。……もう待つばかりの日々を過ごすのはごめんなので」

 魔王討伐の際、アリストは最後まで自分達と同行を願い出たが叶わなかった。協会の維持と後陣育成、国の治安のために、自分とアリストが同時に欠ける訳にもいかず、しぶしぶアリストが折れる形となったのだ。

「先輩の力になれる自信はありますので。……残念ながら今回は間に合いそうにありませんが、いつか、必ず」

 アリストが我を通すタイプでない事に安堵する。自分の感情より、今すべき事を冷静に判断し、優先出来る側の人間で良かった。


「おう、期待して待ってるぞ」

 そう言ってアリストの肩をぽんと叩くと、アリストはにこりと笑った。

「はい。では先輩、講義の時間なのでよろしくお願いします」

「了解。詠唱の応用についてだったよな。それじゃ行ってくるわ」


 こうして、自分とアリストを中心に協会の育成は着々と進んでいった。


「ご苦労。君達二人のお陰で、こちらは事務処理に専念出来たよ」

 机の前に積み上げられた書類の山越しにシェルキー先輩が言う。

「ああ、シェルキーをこちらに寄越してくれたお陰で、順調に人員の派遣も進んでいる。この調子ならひとまず協会としての形を維持出来るだろう」

 ロメイ先生の言葉に一安心する。長くて二ヶ月と言っていたが、その期間内に収まりそうでひとまず胸を撫で下ろす。


「おっすジルフ。調子はどうだ?」

 様子を見に来たモルドが声をかけてくる。普段の甲冑姿では無いため、露出が普段より控えめなのがありがたい。とはいえ、薄手のパーカーにホットパンツという、動き易さ最優先の格好には変わらないのであるが。


「おう。まあ順調だな。こちらの方はこのままいけば予定通りの出発が出来ると思う。そこらの準備は任せきりになってるけど、そっちの方はどうだ?」

「うん、こっちも順調だな。細かい手続きはフォルとラキアに任せてるけど、ひとまず護衛軍の統率も取れてるし、街の治安に関しても問題ないし、アタシたちがしばらく街をまた離れても、当面の問題はなさそうだな」

 モルドの言葉に一安心する。


「……でな?少し買い出しに行きたいと思うんだけど、良ければ付き合って貰おうかなと思ってな。……この後ジルフの予定はどんな感じだ?」

「おう、今日はもう訓練も講義もないから構わんぞ。じゃあ、支度してくるから少し待っててくれ」

「そ、そうか!よし!じゃあ待ってるからな!」

 何やらテンションが高いモルドを尻目に、部屋に戻って着替えてモルドの元へ向かう。


「よう、待たせたな。じゃあ行くか!」

「お、おう!じゃあアリストやシェルキーの姉御に見つかる前に、さっさと行こうぜ!」

 言うが早いかぐいぐいとこちらの手を引き、駆けださんばかりの勢いで歩き出す。

「落ち着け落ち着け。買い出しっていっても、そんなに必要な物も無いんだからさ」


「わ、分かってるよ!あー……こんなスムーズに誘えるって分かってれば、もうちょい服装ちゃんと考えて来れば良かったぜ……」

「ん?何か言ったか?」

「な、何でもねぇよ!ほら、と、とにかく行くぞ!」

 何やら一人で忙しそうなモルドにそのまま引き摺られ、街へ向かうこととなった。


「おー、フォルと実家に戻る前は、こっち方面は見なかったけど、結構栄えてるな」

 この前はゆっくり街中を見られなかったため、モルドに半ば強引に連れ出された形ではあるが、こうして改めて街や店を回れるのはありがたかった。

「あぁ、この二年でだいぶ街の治安も流通も安定したよ。生きるために必要な品物だけじゃなくて、日常を過ごすための品物を取り扱う店もずいぶん多くなった」


  確かに、いくら城下町とはいえ、魔物の襲撃を恐れていた頃に比べて街には活気が溢れていた。子供たちが楽しそうに遊んでいたり、買い物ついでに井戸端会議をする母親たちの姿が見受けられる。

「そうだな。この光景が当たり前になるようにしていかないとだな」

 自分の言葉に、モルドも頷く。


「あぁ、その通りだな。さ、次はあの店を見てみようぜ」

 それからモルドと、色々な店を見て回る。魔術具店、旅用の簡易宿泊具、歩きながら食べられる串焼き店、保存食店、服屋、薬屋、装飾品店……旅の準備に必要の無い店も、何件か途中にあったが、モルドが楽しそうなので、気にせず買い物を続ける。


「お、ジルフのそれも美味そうだな」

 一通り買い物を済ませ、一息つこうと立ち寄った果物店で、果汁を炭酸水で割った葡萄水を飲んでいるとモルドから声がかかる。

「おう、葡萄の果肉もたっぷり入っているし、さっぱりして飲みやすいな。飲んでみるか?」

 そう言ってグラスをモルドの前に差し出す。


「えっ!?そ、それって、か、間接……」

 何故か小声でモルドがうろたえる。

「いや、そっちの桃の果汁割りも気になってたんだ。悪いな、俺もそっちを一口貰えるか?あぁ、いや、無理にとは言わんが」


「……お、おう。いいぞ。ほら」

 モルドがおずおずとグラスを少し近づけたので、グラスを受け取り一口飲む。

「うん。桃のほうも美味いな。酒で割ったらまた違う美味さだろうなぁ」

 そう言ってグラスをモルドの方に返すと、モルドはまだ自分の葡萄水のグラスをじっと見つめている。


「どうした?まだたっぷり入っているから気にしなくていいぞ?俺も一口貰ったしな」

 そう言うと、モルドが意を決したような表情でグラスを掴む。

「そ、そうだよな。ジルフだってもう飲んだんだもんな!そ、それじゃいただきます!」

 そう言ってようやく葡萄水を口に運ぶ。


「どうだ?葡萄もなかなか美味いだろ?」

「……あんま良くわからねぇ。味より色々なことが気になっちまって……」

「そうか?美味いと思うんだがな。まだたっぷりあるし、遠慮せずに飲めよ」

「そういうことじゃねぇよ……そういうとこだぞ、ジルフ……」

 モルドが何を言っているのかよく分からないが、カウンターで飲んでいた自分たちのところに、一人の小さな女の子が近寄ってくる。この店の娘だろうか。


「賢聖さまと剣聖さま!いらっしゃい!」

 やはり、この店の娘のようだ。奥から慌てて一人の女性が駆け出してくる。おそらくこの子の母親なのだろう。

「こらミト!賢聖様たちのお買い物の邪魔をしちゃいけません!」

「いえいえ、ちょうど休憩を兼ねてゆっくりしていたところですので。ミトちゃんて言うのかい?」


 自分の問いに、少女は満面の笑みを浮かべた。

「うん!ミトね。お店の奥にいたら、賢聖さまと剣聖さまが来たのが見えてね。おふたりがすごくなかよくしてるのが見えたから、ごあいさつしにきたの!」


 恐縮しきりの母親を制し、こちらも精一杯の範囲の笑顔で答える。

「そうなんだ。ありがとうね、ミトちゃん。ミトちゃんのお店の果実水、とっても美味しいよ。なぁモルド?」

 そう言って振り返りモルドに言うと、まだ手にしていた自分の葡萄水の入ったグラスを慌ててテーブルに置いて言葉を続けた。

「お、おう!す、凄く美味いぞ、ここの果実水!」

 モルドの言葉にミトは満足げにもう一度微笑み、母親に手を引かれながら、もう片方の手でこちらに手を振りながら店の奥へと戻っていった。


「いやー、可愛いなぁミトちゃん。あのくらいの子供って、なんであんなに可愛いんだろうな」

「だな。……ジルフは子供好きなのか?」

「そうだな。好きか嫌いか、って言えば好きだな。今の自分には無い無邪気さや、さっきのミトちゃんの笑顔を見るとこっちまで思わず嬉しくなるな」

「そ、そうか!……よ、よし、三人くらいは頑張らないとだな……」

 モルドが何か言っているようだが、互いのグラスも丁度良く空になったので、会計を済ませて外へ出ようとしたその時であった。


「ジルフーっ!モルドーっ!何処にいるのーっ!」

 何やら聞きなれた声が店の外から聞こえた。

「げっ!フォルの奴、もう仕事終わったのかよ……!」

 自分の後ろでモルドが何やらつぶやいている。

「な、なぁジルフ?よ、良ければここでもう少し休んで……」

 モルドがそう言いかけた時、店の前に立つ自分たちを見つけ、フォルが絶叫した。


「いたーっ!ラキア、こっちこっち!二人ともいたよー!」

 フォルの絶叫と同時に、ラキアがこっちに全力で駆け出してくるのが見える。いや、早いなおい。

「モルドさん、抜け駆けですよ!買い出しは全員ですると言っていた筈でしょう!」

「そうだよ!ひどいよモルド!ボクとラキアに仕事押し付けて、自分はジルフとデートってズルいよ!」

「待て待て待て!二人ともとりあえず落ち着け!……どういうことだモルド?」

 まくし立ててくる二人に圧倒されながら、振り返りモルドに問いかける。


「あー……いや、アタシの作業が終わったから、今ならもしジルフを誘ったら二人で出掛けられるかなー…って思ってなー……あはは……」

 バツの悪い表情で苦笑いするモルド。おい、後ろに隠れるな。


「ほら!そうやってジルフにくっつかない!どうせ買い物ついでに、準備に必要ないお店も行ったりしたんでしょ!」

「モルドさん……そのパーカーは最近買ったお気に入りの一着と言っていましたよね?それに、普段なら常に剣を帯刀している筈の貴女が、今日に限って手ぶらなのは何故ですか?」

 騒ぎを聞きつけ、果物店の前に何事かと人混みが出来る。まずい。ここは何とか場を収めなければ。


「お、おいお前らひとまず落ち着け。とりあえず周りに迷惑かけるからとりあえず城か協会にだな……」

 そこまで言ったところで、果物店からミトが出てきてこちらに駆け寄ってきた。

「どーしたのー?あっ!勇者さまに拳聖さまもいるー!すごーい!」

 にこにことこちらに近づいてくるミトに、フォルとラキアも若干勢いが削がれたようだ。


「こんにちは。ここのお店の子かな?」

 近づいてきたミトの頭を撫でながらフォルが聞く。笑顔を崩さずミトが答える。

「うん!そうだよ!ここがわたしのお家なの!」


 屈託なく話すミトに、フォルも後ろにいるラキアも毒気を抜かれたようだ。……何とかこのまま騒ぎにならないように場を収められそうだ。

 だが、そのミトの次の一言でその期待は打ち砕かれた。


「あのね勇者さま!賢聖さまと剣聖さま、とってもなかよしなんだよ!二人で頼んだうちのジュースをね、二人でとっかえっこして飲んでたの!」


 一瞬、空気が張り詰めたのが背中越しに伝わった。

「へー。そうなんだー。ねぇねぇミトちゃん。二人はそーんなに仲良くしてたの?」

 笑顔を崩さずフォルがミトに尋ねる。隣は同じく笑顔のラキアが佇む。笑顔なのにめっちゃ怖いのはどうしてだろう。対してモルドと自分は冷や汗が止まらない訳だが。

「そっかそっかー。教えてくれてありがとねー。ミトちゃん。……ジルフ?モルド?ちょーっと向こうでゆっくりお話しようか?ね?」


 笑顔を崩さず、ゆっくりこちらに振り向くフォル。逃げようとしたが時すでに遅し、自分とモルドの手をがっしりとラキアが掴んでいる。とても振りほどけそうにない。

「うふふ。逃がしませんよ、ジルフさま?モルドさんも含めて……ゆっくりお話ししましょうね?」



 その後、恐怖の話し合いが行われた結果、フォルとラキア、それぞれの買い物に付き合うこと、モルドはその間の護衛や業務を一人で受け持つことによって、何とか折り合いが付いた。

 心臓に悪い思いをしながらも、こうして協会の再建と旅の支度は着実に進んでいった。

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