第5話 仲間と再会し、先輩に尋問を受けました

『前門の虎、後門の狼』ということわざをご存じだろうか。


 一つの災難を逃れても、また次の災難が襲ってくることの例えである。

 かつて、旅の途中で二人に言ったことがある。


『あ?もっと露出の少ない鎧を着ろって?無理無理。アタシの攻撃スタイルは速さがウリなんだって、ジルフも分かってるだろ?』


 そう言ってスピードを優先しているため、胸と腰周りの最低限の部分を守る甲冑と、魔力を練り込んだ特殊な鎖かたびらを纏いながらモルドは言う。網目が荒いため、肌色成分が強すぎて直視するのは健全な成人男性には辛いものがある。てか、何でヘソ出し仕様なんだろう。


『はい?鎧、もしくはふんわりした法衣を着て欲しい……ですか?すみません…動きやすさを重視すると、どうしても重くて動きを制限される鎧の類は私には向かないので……ゆったりした服は、どうしても空気抵抗が増えてしまいますし、体術を使うのに、動きが鈍る装備は避けたいので……」


 体のラインがぴっちりと表われるボディータイツの上に、機敏に動けるよう丈を詰めた法衣姿のラキア。それは良いのだが、その恵まれたスタイルのため、胸の二つのボリュームが法衣の上からでも丸分かりである。あと、動く度に胸がめっちゃ揺れる。

 結果、旅の最中で一時的に天候や環境の問題でローブ等を羽織ることはあれども、二人の基本スタイルは変わることはなかった。


 ……そして、今現在自分はそんな二人にサンドイッチ状態で前後から挟まれている。

 目の前には目のやり場に困る肌色成分多めの姿。背中から頭にかけては、男性には決して得ることの出来ない柔らかい感触。

 前門の露出、後門のたゆんたゆんである。

 進むも地獄、戻るも地獄。というか前後からがっしりホールドされているため、身動き一つ取れないというのが現状である。


「モ、モルドにラキア……久しぶりだな……再会の挨拶は嬉しいんだが、一旦二人とも少し離れてくれると助かるんだが……」

 目をつぶって背後の感触を極力意識しないように努めて言うが、二人には聞こえていないようだ。

「ジルフ……二年も待たせて悪かった!でも、もう大丈夫だからな!」

「ジルフさま……ああ……ジルフさま……」


 駄目だコイツら、聞いちゃいねぇ。

 どうしたものかと思考を巡らせていると、騒ぎを聞きつけたのかフォルとアリストが、扉を開けてこちらに駆け寄ってくる。


「あーっ!ダメだよモルドにラキア!ジルフにそんなにくっ付いたら!ズルいよ!」

「モルドさん、ラキアさん…お二人とも先輩から離れてください。可及的速やかに。早く」

 すったもんだのやり取りがあったものの、ようやく視覚と感覚に耐える責め苦から解放される運びとなった。



「……さて、落ち着いたかな?落ち着いたね?なら、話を始めようと思うのだけどいいかな?特にそこの四人」

 そう言ってシェルキー先輩はフォルたちに顔を向けてニコッと笑う。眼鏡の奥の目が笑っていないのはこちらからでも分かったが。


 フォルとアリストが加わり、収拾がつかなくなってきた頃に颯爽と現れたシェルキー先輩が四人を物陰に連れて行き、戻ってきた時には四人とも大人しくなっていた。アリストはぶるぶる震えているし、フォルに至っては半泣きになっている。…何があったか気にはなるが、聞かないほうがいいだろうと本能が訴えかけている。


 かくして静かになって戻ってきた四人と共に皆で食事を済ませ、モルドとラキアを含めて現状の報告と今後の対策を翌日に練ることとなった。

「さ、今日はもう遅いから続きは明日にしよう。……ジルフ、分かっているとは思うけど気をつけたまえよ」

 シェルキー先輩の言葉に無言で頷く。


「ジルフさま……もう少し色々とお話をしたいのですが……」

「そうだぜ!フォルやシェルキーの姉御はアタシたちが来るまでにジルフと話せたかもしれないけど、アタシたちはまだ全然……」

 モルドたちが何やら言いかけたが、シェルキー先輩が再びそちらに向かって微笑む。


「おやぁ?まだ君たちには『おしおき』が必要かなぁ?」

 先輩がそう言うと、二人はビクっと背筋を正す。

「そ、そうですわね……続きはまた明日ということで……えぇ……」

「だ、だな!明日もあるしな!」

 二人の反応を見てうんうんと頷くシェルキー先輩。フォルとアリストは無言で机の一点を見つめている。


 ……一体、皆に何をしたのでしょうか、先輩。


「……おや、思ったより早かったね。あの子たちの様子だともう少し時間がかかるかと思ったんだが」

 そう言ってシェルキー先輩は椅子を引きながら、こちらにグラスを差し出す。


「フォルの奴は結界の効力を身をもって知っていますからね。諦めてふて寝したようです。……ラキアとアリストは大分粘りましたが、物理でも魔法でも駄目だと分かってようやく諦めたようです」

 空白の二年の間に身に付けた結界魔法は無駄にならなかったようだ。使用用途にいささか疑問を抱いてしまうが。


「ふふっ、愛されすぎっていうのも辛いものだねぇ。まぁいいさ。さ、まずは駆け付け一杯」

 そう言って先輩はこちらにウィスキーを注ぐ。

「いただきます。……タバコ、吸ってもいいですか?」

 返事を返さず無言で灰皿をこちらに寄せ、先輩もタバコに火をつける。

「構わないさ。私もこうして吸っているからね。……さて、改めてお疲れ様」

 乾杯し、互いにタバコを吸い、煙を吐き出す。先程は一服する前にモルド達に囲まれたため、ようやく訪れた至福の時間である。


「美味しそうに吸うねぇ。こちらも次の一口を吸いたくなってしまうよ」

「酒を飲みながら吸うタバコが一番好きなんで。追放先での物資にタバコと酒が入ってなかったら発狂していたと思いますよ」

「ふふっ、そうかい。全く、悪いものを教えてしまったね」

 しばし無言でタバコを吸い、グラスを傾ける。タバコを消して煙を吐き出したのちに先輩が口を開く。


「さて、少し真面目な話をしよう。……まず、その左手についてだ。この二年の間で、変わったことはあったかい?」

 自分の左手に目をやる。指先から肘にかけ、刺青とも火傷の痕にも見てとれるような痣。どす黒い色のため、普段は包帯で隠しているが、今は外しているため、剥き出しの状態である。


「いえ、特に変化はありません。神経も通っていますし、見た目以外は日常生活に支障もないですね」

「そうか。それなら良いんだ。食事の時に聞いても良かったんだが、フォルたちが気に病んでないかと思ってね」

 先輩の気遣いに感謝する。自分が大禁呪を唱えざるを得なかったこと、そしてそれによって追放されたことを、あの三人は未だに悔やんでいるように見える。だから部屋に戻るまでの間、包帯は外さなかった。


「ありがとうございます。『治癒』や『擬態』は効かないし、色んな治療の魔術具を試してみましたが、どれも効果はありませんでした。まぁ、大禁呪の代償としては、これだけで済んだことを喜ぶべきなんでしょうね」

 そう言って左手を伸ばし、宙にかざす。皮肉ではなく、本心からそう思う。

 あの時、自分は死を覚悟して大禁呪を唱えた。結果、四人の誰一人欠けることなく魔王を倒すことが出来た。その代償がこれで済んだと思えば安いものだ。


「うん。私としてはまだ若干の不安があるけれど、現状は喜ぶべきだろうね」

 自分の言葉に、先輩も頷く。

「そうですね。まぁ、これから未開の地に赴くことになると思いますし、先々でまだ自分たちの知らない魔術具とも出会えるかもしれませんしね」

「あぁ。私のほうも引き続き、解呪の研究を続けるとしよう。治せるに越したことはないからね」

「……あまりそれにこだわり過ぎないでくださいね。先輩は夢中になると、周りが見えなくなりがちですから。他にもやらなきゃいけないことが沢山ありますし」

 そう言うと先輩は困ったような表情で苦笑する。


「おおっと、耳が痛い言葉だね。気を付けるとするよ」

 そう言って先輩はタバコに火をつけ、グラスのウィスキーをあおる。


「……さて、では次の質問に移らせてもらおうか」

 言いながら先輩は自分とこちらのグラスにウィスキーを注ぐ。

「はい、何でしょうか」

 注いだばかりのウィスキーをまた一口あおり、先輩が口を開く。


「……それで、あの中から誰を選ぶんだい?ジルフ」

「ぶふっ!」

 先輩からのまさかの質問に思わず咳きこむ。ウィスキーを口にしていなかったのが幸いだった。


「……突然何を言うんですか、先輩」

「いやぁ、だって気になるじゃないか。フォルは小動物のような可愛らしさだが、意外と出るところは出ているし、モルドはちょっと控えめだが、あのやや褐色肌でスレンダーな体系は人によってはたまらないだろう?ラキアはもう……色々と規格外だし。アリストだって普段は地味なローブ姿だが、実は隠れたナイスバディの持ち主なんだぜ?そんな彼女たち全員から矢印を向けられている君が、一体誰をチョイスするのか気にならない訳がないだろう?」

 他人事だと思って、ずいぶん好き勝手言ってくれる。


「……俺は、特にまだ誰かとそういう風になるとかは考えられないですよ。協会のことも、魔王軍の残党狩りのこともありますし」

「……君、同性愛の気は無いよね?まさかとは思うが」

「ありません!」

 とんでもないことを言い出した。さっきまでのシリアスな感じが完全にどこか彼方に消え失せてしまった。


「ははっ、流石にそれは冗談として、実際どうなんだい?女の私からみても、全員魅力的で粒ぞろいじゃないか。さあさあ、今すぐじゃなくても、誰が好みかくらい教えてくれても良いじゃないか。ほらほら」

 ……元々酒に強いし、顔に出ていないから油断した。先輩、大分酔ってます。しかも、すこぶる悪い感じに。

「ほらほらー。ロメイにも秘密にしておくからさー。せめて今誰が最有力候補かぐらいは教えておくれよー」


 ……その後、先輩を宥めすかし、無理矢理寝かしつけてから自分の部屋に戻る頃には、もう夜明け近くになっていた。

 今日も忙しくなるだろうに、ろくに寝られないことに気付き、俺は部屋で一人ため息を付いた。

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