第4話 協会に向かったら、手荒い歓迎を受けました

 あれから数日間、要所要所でフォルが騒ぎを起こすことはあったものの、大した問題にはならずに実家での時間を過ごすことができた。


「それじゃあ行ってくる。国を発つ時はまた会いに来るから」

 そう言って横を見ると、フォルは母さんと手を取り合いながら別れを惜しんでいる。

「ジルフママ……行ってきます!」

「体に気を付けてね、フォルちゃん。あの子もだけど、フォルちゃんも怪我しないようにね」

 この数日で随分と仲良くなったようだ。あの二人は気にせず父さんとゼルムに声をかける。


「今は体調も落ち着いているみたいだけど、母さんを頼むよ、二人とも」

「ああ。ここ最近は普通の人と同じように生活出来ているからな。お前も気を付けろよ」

「兄さん、フォルさん以外の婚約者候補も連れてくるのを楽しみにしてるよ」

 ゼルムは近いうちに一回痛い目に合わせてやろうと心に誓いつつ、フォルと共に城へ戻る。


「やー、ジルフの実家楽しかったなー。あのまま嫁入りしたかったなー。モルドやラキアにも先駆けてアドバンテージ取れたし、もう少し居たかったよ」

「んー。それはどうだろうな。母さん、自分の子供が俺たち男だけだから、基本若い女の子好きだし、あいつらが来ても大歓迎だと思うぞ」

「むー。水差さないでよ。やっぱりもう少し家庭的なアピールも必要だったか……」

 そうこう話しているうちに国へ戻り、国王の所へ戻り挨拶をする。


「フォル=アンシャンテ、ならびにジルフ=マグノリア、ただいま戻りました」

「うむ。つかの間ではあったであろうが、家族との語らいの時間を持てたようで何よりだ。ではジルフ、これよりロメイのもとに向かい、施設の復旧および再開発について進めて欲しい」


 王の言葉に頷き、かつての魔術協会であった施設へ足を運ぶ。無論、当たり前のようにフォルも隣に付いて来る。

「別に今から無理して付いてこなくてもいいんだぞ?多分最初は打ち合わせがメインで、見ていても面白くないだろうし」

「いいのいいの。ジルフの仕事ぶり見たいし、協会には協会で気になる人がいるし」

 城から歩き、程なくしてかつてはあの大臣が私腹を肥やした、かつての魔術協会まで辿り着いた。


「もうすぐ協会だね。やっぱり懐かしかったり、感慨深かったりする?」

 フォルの問いかけに昔を思い出して答える。

「そうだな。あの大臣のせいで、協会に対するお前らのイメージは良くないと思うが、施設自体はきちんとした魔術師の育成施設だったからな。素晴らしい魔術師もいたし、優れた人材も揃っていた。あそこでロメイ先生を始めとした尊敬出来る師匠や先輩、優秀な後輩と出会えなかったら、俺は賢聖にはなれていなかっただろうな」

 人より若干ではあるが、なまじ才能があったのが災いし、天狗になりかけていた自分の鼻っ柱を良い意味でへし折ってくれた出会いがここでは沢山あった。


「そうなんだね。……ボクとしてはここにもライバルがいたかって気持ちにしかならないんだけどね」

 フォルが何やら言っている中、気配を察知して立ち止まる。

「フォル、ちょっと待て。少し俺から離れろ。……どうやら歓迎会が行われるようだ。しかも、ちょっと手荒い感じの」


 そう言ってフォルを手で制し、自分は数歩前に出る。

 次の瞬間、真っ直ぐ自分に向かって火の玉が飛んできた。即座に真横に飛び、同時に詠唱を唱える。


「『火炎壁!』」

 飛んできた火の玉に、同属性の火柱をぶつけて相殺する。間髪入れずに自分の背後から氷柱が迫り上がる。通常の詠唱では間に合わないと判断し、簡略化の詠唱を唱える。


「『飛翔風!』」

 氷柱の届かない範囲まで飛び上がると同時に、上空から辺りを見渡す。おそらく自分がこうくるのは予測済みなのであろう。簡略詠唱のため、すぐに地面に着地した自分に向けて光弾が放たれる。それはこちらも予測していたので、落下中に唱えていた詠唱を終え、反撃する。


「『円光斬!』」

 放たれた光弾を切り裂くと同時に着地し、光弾を放ったと思われる方向に向かって魔法を放つ。

「『雷帝撃!』」

 こちらに向けて放たれようとしていた二発目の光弾が、形になる前に雲散霧消し弾け飛ぶ。


「お見事。腕は衰えてないようで何よりだ、ジルフ。流石、私の自慢の後輩だ」

 不発に終わった光弾の立ち込める煙の先には、ショートカットの眼鏡の女性が立っていた。

「お久しぶりです。シェルキー先輩」


 シェルキー=ケイブルグラム。

 自分が協会で尊敬かつ、頭が上がらない人物の一人である。

「再会の歓迎、ありがとうございます先輩」

 自分の言葉にふふん、とシェルキー先輩は笑う。


「君ならあれくらい朝飯前だろう。まあ、そうでなきゃ困るがね」

 そう言ってシェルキー先輩は眼鏡をくいっとかけ直した。


「……え?今のが挨拶レベルなの?ぶっちゃけ、実践レベルのやり取りじゃない?」

 さっきから後ろで一連の流れを見ていたフォルがあっけに取られたような表情でつぶやく。

「ああ、先輩との魔術訓練はいつもこんなもんだったぞ。昔は一方的にボコられていたけどな」

「人聞きが悪いな。優秀な後輩への愛ある指導じゃないか。それに私は見込みのない奴にはそんな事はしないよ。君の賢聖の資質を見込んでの指導だったじゃないか」

「賢聖候補と言われていたのに、あっさり辞退した先輩にそう言われるのは恐縮ですね。当時は何回か死にかけましたけど」

 昔を思い出して背筋に冷たいものが走る。


「ははっ、私は賢聖ってガラじゃないさ。それに君は見事、こうして私の期待に応えてくれたじゃないか。やはり私の見る目は間違ってなかった。……うん、よく帰ってきてくれた、ジルフ」

 そう言って先輩は笑って自分を真っ直ぐ見つめる。


「さ、立ち話もなんだし、中で話そうか。ロメイもアリストも君が帰って来るのをずっと首を長くして待っていたんだぞ」

 そう言って先輩は踵を返して歩き出す。慌ててフォルと先輩の後について行く。

「……シェルキーさん、やっぱりジルフが帰ってきて嬉しそう。あんな風に笑った顔、ボク久しぶりに見たもん」

「そうか?まあ尊敬している先輩に、そう思って貰えるのはありがたいな」

「……ジルフ、もしかして年上派じゃないよね?自分より年上の人にしか興奮しないとかないよね?」

「どうしてこの会話でそこに結び付けるかね、お前は」


 歩きながらそんなやり取りをしていると、施設の入り口に着いた。ドアを開けて先輩がこちらに振り返る。

「さ、入ってくれたまえ。皆、君たちの到着を待ちわびていたようだぞ」


 ドアの先には、懐かしい顔ぶれがあった。その中の二人が、自分の前に駆け寄ってくる。

「……よく帰ってきてくれた、ジルフ。待っていたぞ」

 魔術協会の影の権威、ロメイ=エルディアブロ。


「おかえりなさい、先輩。……会いたかったです。そしてフォルさん、先輩と距離が近いです。離れてください」

 自分がいなければ間違いなく賢聖になっていたであろう優秀な後輩、アリスト=アルゴンキン。


「はい、ただいま戻りました。ロメイ先生もアリストもご無事で何よりです」

 そう言って二人と固く握手をし、協会の面々との再会を、およそ二年振りに果たした。


「……とまあ、協会の現状はこんな感じだ」

 ロメイ先生から自分が国を去った後の協会の経緯を聞く。ちなみに自分の両脇にはフォルとアリストがいて、二人に挟まれる形で事の一部始終を聞いている形になる。

「……先程も言いましたが近いですよ、フォルさん。話を聞くのに先輩に腕を組む必要はないでしょう?」

「そんなこと言って、アリストだってジルフにぴったり寄り添ってるじゃん。説明するのに密着しなくてもいいのはそっちでしょ」

「二人ともやかましい!いいから話に集中させろ」

 自分を間に挟んでやいのやいのと言い合うため、しばしば会話が中断される。シェルキー先輩の『はいはーい。それ以上会話の邪魔をすると、二人とも出て行ってもらうよ』の一言で両者ともようやく静かになった。距離は近いままだったが。


「なるほど……では、協会の機能の半分以上は保持されている、って訳ですね」

「うむ。連中が私腹を肥やすことのほうに夢中だったのもあるが、シェルキーとアリストの存在が大きかったな。実力行使に出ようにも、お前のいない教会内での二大トップがこちら側に付いているため、動こうにも動けなかった部分がある、というのが実情だろう」

 ロメイ先生がそう言うと、シェルキー先輩が口を挟む。


「でもその反面、私たちもそれで動きを封じられたってのがあるからね。ロメイのサポートをメインに後進の育成やジルフ擁護派をかばいつつ、大臣側の連中への抑止力を保つには協会に留まる必要があったからさ」

「なるほど。自分の代わりに大臣側で選んだ賢聖の後釜に、先輩もアリストも選ばれなかったのはそういう理由からなんですね」

「それもあるけど、大臣がみすみす君を擁護する我々を選ぶ訳がないだろう。君の次に賢聖になった大臣のお抱え魔術師がどうなったかは皆に知れ渡っているし、ただでさえフォルは勿論、モルドもラキアも、そこにいるアリストも定例会議での大臣側への塩対応ぶりは見ているこちらが肝を冷やしたくらいさ。まぁ、フォルたちが影で動いていてくれたから、今日という日を迎えられた訳だがね」

 その様子が用意に想像できる。思わず二人を交互に見る。


「……私の先輩にあんな真似をした連中に愛想を振りまく必要なんてありませんから。この手で天誅を下せなかったのが心残りなくらいです」

「あ、それはボクたちも同感。モルドなんて最後にはあいつに聖剣ぶん投げてたし。もう少しのところで命中したのに外れて残念だったなぁ」

 ……剣聖にとって命とも言える大事な武器で、何してんだあいつ。


「……とにかく、大臣側の連中はトップを失い、芋づる式で崩壊した。ここから組織を正しく立て直していくわけだが、まず連中が甘い汁をすすっていた外交関連と魔術具の流通管理の洗い出し、引き続き未来の魔術師たちの育成と家族支援のところから始めたいと思う。まずは……」

 ロメイ先生の口から的確かつ、優先すべき箇所への指示と提案が次々と出される。

 それに受け答えし、時にはこちらからの提案も交え、シェルキー先輩と自分の三人をメインとした話し合いは夕方まで続いた。


「……む、もうこんな時間か。明日もあるし、今日はこのくらいにしておこう。シェルキー、軽い食事を用意するように頼んでくれ。アリスト、フォル殿とジルフの部屋の支度は出来ているな?」

「はい。先輩は私の部屋でも本当は構わないのですが……。久しぶりですし、つもる話もありますので…ですがシェルキー先輩に阻止されてしまいました……残念です」

 先輩、ナイスです。助かりました。あ、横目でウインクしてる。


「ダメだよそんなの!そしたらボクもアリストの部屋で寝るからね!二人きりにしたらアリスト、ジルフに何するか分からないもん!」

「それはフォルさんもでしょう!ともかく、先輩の部屋は男性寮の空き部屋、フォルさんの部屋は私の隣の部屋を用意してあります!」

「まぁまぁ。そのくらいにしておこうか二人とも。さ、食事の用意はすぐ出来るからリビングに行こうか。話はそれからでいいだろう」

 シェルキー先輩に促され、全員でリビングに向かう。食事の支度が出来るまで、と一服しに行こうと一人外に出た、その時であった。


「ジルフーっ!……会いたかった……!会いたかったぞっ……!」


 その声が聞こえると同時に、胸元に強い衝撃が走る。あまりにも一瞬のことで、反応すら出来ずにそのまま後ろに吹っ飛ぶ。

 このままではその勢いで頭から後ろに倒れてしまう。そう思った次の瞬間、後ろから見事に衝撃を殺しつつ自分を受け止める感覚があった。同時に、自分の頭に柔らかい感触が伝わる。


「あぁ……ジルフさま……ジルフさま……!この日を、どれだけ待ち望んでいたことか……!」


自分に抱き付いている、金髪の褐色肌の女性は『剣聖』モルド=ジャックローズ。

そして、そのモルドごと自分を受け止めている黒髪の女性は『拳聖』ラキア=カーディナル。

 かつて共に『三聖』として勇者であるフォルと共に旅をして、世界を救った仲間たち。


 そんな二人に挟まれるように抱きしめられている状態に気づいたのは、次の瞬間であった。

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