第3話 勇者と一緒に実家へ帰ったら、家族会議が開かれました

「ジルフ=マグノリア、ただいま戻りました」


 無事フォルと共に国に戻った俺は、まっすぐ城に向かい、国王への謁見へと赴いた。勇者であるフォルは国王の隣に並ぶことを許されているため、玉座に座る国王の横に並んでいる。国王に見えないように手を振るのはやめて欲しいが。

「良い。顔を上げてくれ、ジルフ。……すまなかった。私にあの時、大臣たちを諌める力がなかったためにお前を二年もの間…」


 玉座から立ち上がり、頭を下げようとする国王を手で制して言う。

「いえ、お気になさらないでください、ヴァイン国王。あの時、国を収めつつも復興に向けて各方面に動かねばならない中、大臣たちを抑えるのは不可能でした。そのお言葉をいただけただけで充分です」


 ……ていうか、割と追放生活を満喫していましたので、とは口が裂けても言えないと心の中で思った。……国王様、めちゃくちゃ悲痛な顔してるし。


「……すまない。そして改めて国王ヴァインの名に置いて命ずる。ジルフ=マグノリア。本日を以て汝を再び賢聖に任命すると共に、勇者フォル=アンシャンテと共に魔王軍残党討伐及び、魔術協会に代わる施設の再開発を申し付ける」

「謹んでお受け致します、国王ヴァイン」


 かくして、正式に自分は賢聖を再び名乗ることが許され、それに伴う権限を手にすることとなった。

「感謝する。では、早速で悪いが、協会のロメイたちと共に魔術協会に代わる施設の立ち上げを……」

 国王がそこまで言ったところで、フォルが手を上げて言う。


「国王様、恐れながら申し上げます。ジルフは二年余りの時を隔離施設にて過ごしておりました。再開発の任は最重要案件と重々承知ですが、その前にジルフに家族との面会の時間を与えてから任務に入って貰うのが最善かと思います」

 ……絶対こいつ、私的な意味合いで割り込んできやがった。だが、国王はフォルの言葉に頷き、こちらに言葉を続けた。


「ふむ……確かにそうだな。至らぬ王ですまぬな、ジルフ。では、これより家族に無事を知らせ、束の間ではあるが家族と再会の時を過ごした後、協会にいるロメイを中心に施設再建について協議を進めて欲しい。ロメイの方には私から伝令を出しておこう」

 国王にそう言われ、了承の旨を伝える。国王の後ろでドヤ顔でピースサインをしているフォルには、あとでデコピンの刑に処すことにする。魔力を指に込めた奴を思いっきり。

 ともかく無事国王との謁見を済ませ、城を出て久しぶりの我が家へ向かう途中、さも当然の如く横に付いてくるフォルに目をやる。


「……国王に付いてなくていいのか?国にいるうちは国王の安全が最優先じゃないのかよ」

「大丈夫だよ。国王直属の護衛軍がいるし、そこらの雑魚なら返り討ちだよ。今のボクにはジルフのご家族への挨拶が最優先のミッションなの」

「勝手に言ってろもう。ほら、とっとと行くぞ」

「あ!待ってよ!まだ菓子折り買ってないんだから!ええと…ここらで買える最高級のものは……」


 きょろきょろと辺りを見渡すフォルを無視して家へと向かう道へ歩みを進める。もう本当に置いていきたいコイツ。

 ぎゃーぎゃー騒ぐフォルを適当にかわしつつ、久しぶりの我が家にたどり着いた。


「流石に、およそ二年ぶりに帰ってきたとなると感慨深いものがあるな」

 久しぶりの我が家の前に立ち、しばし物思いにふける。


「もー、ジルフが急かすから菓子折り結局買えなかったじゃんか。手ぶらでご挨拶って、第一印象から最悪じゃない?」

「菓子屋にウェディングケーキ頼むような真似するからだろ!仮にも世界を救った勇者様に、『絶対に相手が気にいるような、豪華絢爛な世界で一つだけの贈り物になる引き出物をください!』って言われる店員の身にもなってみろ!店員、緊張で涙目になってただろうが!」

 俺が店員なら胃痛でその場にうずくまるわ。


「はあ……仕方ないから後日出入りの商人に送るように手配するよ」

「常識の範囲内のレベルで頼むぞ。お前なら菓子店ごと送りかねないからな」

「何で分かったの!?」

「送る気だったのかよ!」

 頭が痛くなる前に、とっとと家族に会いに行く事にする。


「あ!待ってジルフ!まだ心の準備が!」

「うるさい!とっとと行くぞ」

 先程までの感慨深い気持ちは彼方に消え去り、呼鈴を鳴らして家のドアを開ける。


「ジルフ兄さん……!おかえりなさい!父さん!母さん!ジルフ兄さんが帰ってきたよ!」

 弟のゼルムがばたばたと奥に向かい、両親が駆け寄ってくる。

「ジルフ……よく帰ってきた」

「おかえりなさい……ジルフ!」

「ああ……ただいま父さん、母さん。それにゼルム」

 両親と弟としばし見つめ合い、四人で抱き合う。目を潤ませた母さんの顔を見ると、自分にも感情が込み上げてくるものがあった。


「うっうっ……うぐぅ……!良かったぁ……!良かったねぇ……ジルフぅ……!」

 端正な顔をぐしゃぐしゃにし、鼻水を垂らして家族の誰よりも号泣しているフォルを見るまでは。

 ……何でお前が一番泣いてるんだよ。


「……という訳で、晴れて賢聖をまた名乗れる事になった。協会に代わる施設の建て直しの後、魔王軍の残党討伐に向かうことになると思う」

 追放後の自分の近況を一通り家族に話し終え、ようやく一息つく。フォルの方もようやく落ち着いたようだ。鼻をかみすぎたのか、めっちゃ鼻真っ赤だけど。


「そうか……親父も爺さんも向こうで喜んでいるだろう。それで、少しはゆっくり出来るのか?」

 父さんの言葉に祖父達の顔を思い浮かべる。

「ああ。国王からは家族とゆっくり過ごしてから任務にあたって欲しいと言われてるから、何日かこっちで泊まらせてもらうつもりだよ」

「そうなのね。良かったわ。勇者様も、わざわざお越しいただきありがとうございます」

 母さんの言葉にフォルは立ち上がり、姿勢を正して家族の方に向かって頭を下げる。


「突然の訪問、ご挨拶が遅れたことを失礼致します。……私が至らなかったため、彼を二年もの間、追放の憂き目に合わせてしまいました。そして、せっかくこうして無事戻ってこれたにも関わらず、彼をまた戦いの場に駆り出すことをお許しください」

 さっきまでとはがらりと変わった口調と表情で話すフォル。こういった立ち振る舞いは様になるのがまた腹立たしい。鼻真っ赤なままだけど。


「お顔を上げてください、勇者様。息子……ジルフが望んだことであれば、私たちは何も言いません。ジルフをどうか、これからもよろしくお願いいたします」

 母さんがそう言うと、フォルはもう一度頭を下げる。

「……ありがとうございます。はい、私の命に換えてでも彼を守り抜くと誓います」

 そう言ってから、フォルはこちらをちらりと見た。


 あ、何だろう。すごく嫌な予感がする。


「そして、重ねてお伝えしたいことがあります。私、フォル=アンシャンテはジルフ殿のことをお慕いしております。ゆくゆくは彼の妻になりたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願いいたします」

 フォルの発言に、家族が目を見開き、頭を抱える俺の方を見た。……こっち見んな。


「……勇者様、それは誠でしょうか」

 父さんの顔が強張っている。こんな引きつった父さんの顔、初めて見た。

「え、ええと……その……馴れ初めをお伺いしても?」

 母さんは冷静さを保とうとしているが、動揺しているのが丸分かりだ。

「はい。ボ……私が勇者として任命されたのは十二の時でした。そして、そこから一年の時を経てジルフたちと魔王討伐のため国を旅立ちました。その頃から既に、私はジルフ殿を仲間としてだけではなく、一人の男性としてお慕いしておりました」


 ……おい、その頃からとは聞いてないぞ。てか、そんな前からかよ。

 こちらの心情をよそに、フォルの独白は続く。

「旅の途中で、幾度か彼に求婚をしておりましたが、年齢と魔王討伐の任を果たすまでは、とその都度かわされておりました。ですがその条件を全て果たした今、こうして伺わせて頂きました」


 ……家族の視線が痛い。横で聞いていたゼルムが口を開く。

「で、兄さんはどうなの?勇者様と結婚するの?」

 どことなくわくわくした口調で聞いてくる。……コイツ、楽しんでやがるな。

「いえ、残念ながら今はそうはいきません。これから私たちは協会の建て直し、魔王軍の残党討伐という大任を控えております。それらを成し遂げたのち、ようやくと言う形になるかと思います。それに……」


 先程感じた嫌な予感が、さっきより強く感じる。

「それに?」

 もはやわくわくを隠す様子もなく、ゼルムが尋ねる。

「ジルフ殿は、私の他に何人もの方に求婚されておりますので。私はまだあくまで、婚約者候補という段階でございます。無論、正妻の座を勝ち取りたいと思っておりますので、よろしくお願い致します」


 ……かくして、家族の感動の再会の雰囲気は空の彼方へと消え去り、緊急家族会議が行われることとなった。


「……大体の事情は分かった。お前は爺さんに似て寡黙で、異性との交流は不慣れだと思っていたんだが……」

 あらぬ方向に話が向かいそうになるのを必死で軌道修正し、フォルの暴走を収めつつも順を追って説明した。他国の王の前で協力を依頼するために演説した時ですら、ここまで必死ではなかったと思う。


 説明の甲斐あって、何とかあくまで一方的に言われているだけであり、自分が多方向に矢印を向けている鬼畜説は否定され、自分の人としての尊厳は守られた。

 どうにか誤解を解き、ひとまず食事でも、という雰囲気になりようやく一家団欒、という感じになった。


「だから言っただろ。そもそも父さんなら分かるだろ。俺にそんな器用な真似出来ないって」

 麦酒を飲みながら答える。やっと落ち着いた感じになり、ほっと安堵のため息を漏らす。ふと見るとテーブルの横では母さんとフォルが仲良く談笑している。どうやら既にかなり打ち解けているようだ。

「うふふ。フォルちゃん面白いわぁ!本当ウチの子になって欲しい!」

「あははは!ボクもボクもー!ジルフママの子になりたーい!」


 ……かなり飲んでるな、あいつ。この国では十七からアルコールを許されているから問題ないが、さっきからワインやら麦酒やら、手あたり次第飲んでいる。先程までのかしこまった口調はどこへやら、すっかり素の態度に戻っている。

「でも兄さん、本当に誰とも据え膳的なことはなかったの?」

「……ある訳ないだろ。あったらそれこそ生きて帰ってこれないっての」

 隣でワインをちびちび飲みながらゼルム。他人事だと思って好き勝手言ってやがる。


「いやあ良かったよ。尊敬する兄さんがまさか旅先で未成年、しかも勇者に手を出す鬼畜じゃなくて。フォルさんの話によると、エルフの未亡人やドワーフの女首領にも求愛されたらしいじゃないか。モテる男は辛いねぇ」

 ……余計なことをゼルムに教えやがって。フォルの奴、あの時のことをまだ根にもっているようだ。


「そうだよ!協力する代わりにジルフを置いていけとか、ジルフを夫に迎えるのが条件だとか色々大変だったんだから!あの時は本当に村を滅ぼそうと思ったもん!」

 フォルが会話に割り込んでくる。お前が魔王の代わりになってどうする。

「結果的に何とかなったから良いだろ。……てか、飲みすぎだろお前。そろそろお開きにするぞ」

 泥酔一歩手前のフォルからグラスを取り上げる。


「えー。まだ飲みたいよー。ていうか、ジルフの子供の頃の写真とか見たーい」

「はいはい。また今度な。とりあえず今日はもう水飲んで寝とけ」

 水差しから空いているグラスに水を注いでフォルに押し付ける。


「で、どうするの?一応、フォルちゃんの部屋は用意してあるけど、ジルフの部屋で二人一緒に寝る?」

 にこにこしながら母さんが言う。……母さんも大分酔ってるな。

「別々に決まってるだろ。母さんももう飲むのは止めときな」

「あら残念。孫の顔が思ったより早く見られるかなと思ったのに」

 ……背中から打つような発言は止めてくれ、母さん。


「ぶー。ボクはいつでも準備万端なのに。じゃあジルフ、抱っこして部屋まで連れてって?」

 大分調子に乗ってやがるなコイツ。こちらに両手を突き出すフォルの背後に回り、魔力で筋力を強化し、片手で首根っこを掴んで持ち上げる。

「痛い痛い!ジルフこれ、猫とか持つ時の持ち方!」

「やかましい。いいから大人しくしてろ。このまま部屋まで運ぶからな、ドラ猫」

「にゃー!」

 ぎゃあぎゃあ言うフォルをそのまま、母さんが用意してくれた寝室まで運ぶ。


「そら、そこでひとまず寝ろ。二日酔いで泣くのはお前だぞ」

 ベッドの上にフォルを放り投げる。

「ぎゃん!……ジルフはさぁ、女の子にもう少し優しくした方が良いと思うよ?」

「やかましい。優しくされたきゃ、そうした振る舞いをしろ」

 そう言って部屋を出る前に、フォルの方に振り返って言う。


「あ、ちなみに俺の部屋には結界貼っておくからな。夜這いとかしようとしてドア壊すなよ。ああ見えて母さん、物を壊したりすると鬼のように怒る人だからな」

「うぐっ…見抜かれてたか……うぅ……ジルフママに怒られるのは嫌だなあ……」

 やはり釘を刺しておいて正解だった。何年かぶりの我が家だ。ゆっくり休みたい。


「じゃあまた明日な。ゆっくり寝とけよ。おやすみ」

 そう言って部屋を後にする。リビングに戻ると、父さんとゼルムが片付けをあらかた終えていた。母さんはソファですやすやと眠っている。


「なんだ、もう二人で朝まで降りてこないと思ったのに。片付けは僕と父さんでやっておくから、兄さんはフォルさんの部屋に行っても良いんだよ?」

「お前は兄貴を旅に出る前に戦地に追いやりたいのか?俺はまだ死にたくないよ」

 そう言いながらほとんど終わっている片づけを手伝う。洗った食器をしまい、ひと段落する。

ふと見ると、ベランダで父さんがタバコを吸っていた。


「おう、お前も吸うか?」

 父さんの言葉に頷き、タバコを一本貰って火を点ける。二人で一服しながら、しばし無言の時が流れる。

「……母さんがあんなに嬉しそうにはしゃぐ姿は久しぶりだった」

 ぽつりと父さんがつぶやく。

「お前にばかり苦労をかけてすまない。今回も決して短い旅ではないだろうが、必ず生きて帰って来てくれよ」


「あぁ。フォルたちもいるし、必ず帰ってくるよ」

 そう言って二人で同時にタバコを消し、リビングに戻る。ゼルムも部屋に戻ったようなので、自分もそろそろ寝ようとしているところに父さんが声をかけてくる。


「あぁ、それから一つだけ言っておく」

 父さんの言葉に振り返る。

「……孫の顔、父さんも楽しみにしているぞ。出来れば男の子も女の子も見たい」


 父さんだけは味方だと思っていたのに。返事は返さずに部屋に戻った。

 ちなみにフォルは翌日、強烈な二日酔いに苦しんで一日死んでいた。

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