第2話 追放された俺の元に、何故か勇者が来ました(後)

「……さて、詳しく説明して貰おうか」

 色々と衝撃的な事がありすぎて頭が働かない。ひとまずこちらにしがみついてくるフォルを引き剥がして家に招き入れ、居間に案内してお茶を用意したところで改めて尋ねる。


「むー……二年振りの再会なのに、ちょっとドライ過ぎない?ボクとしては感動のハグ!間髪入れずにそこからの熱いキスぐらいしてくれても良いと思うんだけど」

「しないから。まず質問に答えろ。なんでここが分かった?そもそも、俺に会う事自体が本来不可能のはずだ。あのクソ大臣、お抱えの魔術協会のお偉方が納得する訳がない」


 こちらの質問をよそに、フォルは入れたお茶をふうふうと冷ましながらのんきに口にする。

「あー、ジルフの入れてくれるミルクティー久しぶりに飲んだなあ。相変わらず美味しいねえ」

「ああ、ちゃんとお前の好きなハチミツも入れたからな……じゃなくて!質問に!答えろ!」

 意に介さずといった感じで、もう一口ゆっくりとお茶を飲んでからフォルはしれっと手をふりふりしながら答える。


「あ、大丈夫大丈夫。魔術協会、解体させたから。ジルフの追放処分も解除。もう晴れて自由の身だよ」


 ……空いた口が塞がらない。コイツ、さらっととんでもない事言いやがった。

「や、当然でしょ?ボクたちがあの狸連中の言うことにいつまでも素直に従うと思った?あれからすぐ復興作業に取り掛かってさ、ジルフに助けられた村を中心に、『貴方達を助けてくれた大切な仲間が、不遇の扱いを受けているから手伝って欲しい!』って働きかけてさ。人間も、エルフやドワーフたちも皆協力してくれたよ。ま、それでも組織が組織だから二年もかかっちゃったけどね」


 ……マジか。にわかには信じ難い。あの権威ある魔術協会がたった二年で解体なんて、それこそ歴史に名が残るレベルの大事件の出来事だ。

「……大臣やお付きの連中が、素直に応じるとはどうしても思えないんだが。それに、俺に代わって賢聖に指名された奴はどうした。あいつのお抱えで、それなりに腕利きの魔術師だったはずだが」


 くいっとお茶を飲み干し、フォルは事もなげに言う。

「ああ、アイツ?あいつは三つ目の施設復興に向かう前には泣きながら国に帰ったよ。ジルフが当たり前に出来ることが全然出来ないんだもの。ボクはそれでも表面上はちゃんと接したけどね。でもモルドは完全にいない物扱いしてたし、ラキアに至っては事あるごとに、『ジルフさまならこんな風にはならないんですがねぇ……』ってため息吐きながら毎日のように言ってたし。ある日いきなり、もう限界です!って言って飛び出してったよ」


 ……少しだけ後任者に同情する。経験や魔法のスキルで最も優秀な人物を選任したつもりだが、荷が重すぎたようだ。


「でね?少しずつ三人でボクたちは水面下で協力者を増やしてた訳。最初に来た賢聖もどきの事もあって、誰も後任者になりたがらないし、好き勝手にやらせて貰ったよ。勿論、復興活動はきちんとしながら、ね。そうして魔術協会に不満を持つ者、ジルフの扱いに納得がいかない人たちを集めて、機を狙って押し掛けて一気に鎮圧。やー、あの時の狸の情け無い顔、ジルフにも見せたかったなー!あ、お代わりちょうだい。ハチミツマシマシでね」

 屈託のない笑顔でこちらにカップを渡すフォル。二杯目を用意して目の前に置くとニコニコしながら会話を続ける。


「それからは簡単。『今すぐここで死ぬか、ジルフの追放先を洗いざらい話して消えるか選べ』って言ったら凄いスムーズに事が進んだよ。やー、気持ち良かった!」

 満面の笑みでミルクティーを飲み、お茶請けに出したパンケーキを頬張るフォル。まるでハムスターのようだ。


「んで、ジルフのところに出入りしている商人の一人に場所を聞いてここに来たってわけ。モルドとラキアも一緒に来たがってたけど、ちょっと離れたところに魔王軍の残党がいたからそっちを片付け次第、王国に戻ってくる感じかな」

 パンケーキとお茶を同時に平らげ、満足げにフォルが笑った。


「しかし……国王はそれでいいのか?今更賢聖の名を剥奪された自分がのこのこ戻って、今日からまたよろしくお願いします!みたいな感じにはいかないと思うんだが」

 茶葉とグラスを入れ替え、紅茶を注ぎながら言うと、フォルは事もなげに言った。


「あ、それも問題なし。国王様もあの狸に辟易してた部分もあったしね。むしろ歓迎してくれると思うよ。それに、この二年で国周辺の地域の治安は落ち着いたけど、これから先はちょっとボクたちだけだと結構キツそうでさ。解体した魔術協会に代わって、新しい魔術施設の運営も進めないといけないしね。それもあってジルフの力が必要だと思って」

 そこまで言って、フォルは注いだ紅茶を飲んでからこちらに向き直る。


「で、ここからが本題。ジルフ……また、ボクたちと一緒に戦ってくれる?」

 さっきまでの雰囲気とは一点、こちらに向かって真っ直ぐ、そして凛とした表情でこちらを見つめてくる。


 ああ、そうだった。コイツはいつもそうだった。誰もが諦めそうな時も、どんなに状況が劣勢な時も。

 『諦めなければ負けじゃない』そう言って俺たちが折れそうな時に、歯を食いしばりながら根拠なく放つ言葉に支えられたんだ。

 あの魔王と、対峙した時でさえも。


「……鍛錬はしていたが、実戦は二年のブランクがあるからな。即戦力と期待するなよ」

 自分の言葉に、フォルは今日一番の笑顔を浮かべた。

「やったー!じゃ、あとはボクと結婚するだけだね!」

「いや、そうはならんだろ」

「えっ」


 かくして、俺は二年振りに勇者様のパーティーに返り咲くこととなった。


「さて、こんなもんかな」

 あれから何日かかけて、身の回りの生活用品と必要最低限の道具をまとめ、旅立ちの準備をする。二年余りの月日を過ごしたこの家ともしばしのお別れである。またここに戻るかは分からないが、ひとまずの整理整頓を済ませた。


「相変わらずマメだねジルフは。まあ、そこも好きなんだけど」

 そう言いながら既に支度を済ませているフォル。顔や腕には大きな絆創膏が何枚も貼られている。


「お前……昨日の夜も部屋に入ろうとしただろ。絆創膏の数、明らかに増えてるぞ」

 ため息混じりの自分の言葉に、フォルは鬼の形相でこちらに振り返る。

「てかさ、おかしくない!?ボクさ、あれから更に強くなったと思うんだけど!そのボクが破れない結界を展開出来るって納得いかないんだけど!」


 フォルが来た最初の夜、二年に及ぶ空白の期間を埋めるべく、互いの近況報告の話に花が咲き、キリがないので続きはまた明日、と部屋に戻り寝ようとしたところ、ナチュラルに自分の寝床に入ろうとしたフォルを叩き出そうとするものの、『婚前交渉!婚前交渉!』と何回も押し掛けるものだから、思わず身に付けたばかりの結界魔法を展開し、部屋から叩き出した。


 己の身を守るための自衛手段の一つ、と習得した魔法であったが、こんな用途で使用することになるとは夢にも思わなかった。

「強くなっているのはお前だけじゃないってことさ。わかったら今後は控えてくれ。唱えるこちらとしても中々負荷がかかるんだよ、あの呪文」

「むー……あの二人が来る前にアドバンテージを取りたかったのになあ……」

 フォルの言葉を無視して、身支度を終える。


「よし、じゃあ行くとしますか。……しかし、本当に大丈夫かね」

 若干の不安が残る自分の発言に、フォルは気楽な感じで返答する。

「大丈夫大丈夫。さ、早く行こう!」

 待ちきれない、と言わんばかりのフォルに苦笑しつつ、いよいよ国に向けて出発することになった。


「……で、まずは国に戻って国王に挨拶、そこから魔王軍の残党狩りって感じでいいのか?」

 施設を後にし、歩きながらフォルに今後の予定を尋ねる。


「あ、号外見たの?うん、大体合ってる。残党狩りの前に何個かしなきゃいけない事があるから、それを済ませてからになるけどね」

「しなきゃいけない事?ああ、長旅の前だし、それなりに準備も必要か。国をしばらく空けることになる訳だしな。協会に代わる施設っていうのも確認しておく必要もあるな」

「それもあるけど、ジルフのご家族に挨拶に行かなきゃ。二年以上会ってない訳でしょ?やっと戻って来れるのに、またジルフを連れ出しちゃうことになるんだし」


 フォルの言葉にはっとする。それもそうだ。思えば、家族ともろくに挨拶をしないままで国を離れたのだ。

「そうだな。……で、元気か?うちの家族は。生活面での保証は大臣にも国王にも取り付けたはずだが」

「うん、ボクたちが表立って様子を見に行くと、あの狸連中が良からぬことすると思ったから、人を介して定期的に様子を見て貰ってたけど、特に問題はなかったみたい」


 その言葉を聞いて安心する。確認する術がないため、家族が安全に暮らしているかは気になっていた。

「そうか。それなら安心だ。元気で安全に暮らしているならそれでいい」

「んー、反応ドライ過ぎない?久々に家族と会えるってなったら、もう少し何かないの?」

「って言われてもなあ。物心ついたぐらいの時点で、曽祖父の覚醒遺伝で『賢聖の素質あり』って言われてからは、祖父の家で魔法の勉強してる時間の方が長かったし、そこからはお前らと旅に出るまで魔術協会の施設暮らしだったし。あんまり家族の団欒とか分からないんだよなあ」


 家族と全く会えない訳ではないが、会えば近況報告をするぐらいで、別段それを辛いとも寂しいとも思わなかった。

 弟を産んだことで体調を崩した母を、働きながら支える父の負担を減らすため施設に入り、教会から出る手当てを増やすべく、魔法の習得や結果を出すのに夢中だったのもあったが。


「うーん、でも別に不仲って訳じゃないんだよね?」

 そこまで話したところで、不安そうにフォルが聞いてくる。

「ああ。全然そんな事はないぞ。お前たちと魔王討伐に旅立つ時は家族で見送ってくれたしな。ただ俺が家を離れて、より高みを目指そうという気持ちが強かっただけだ」

「そっか、うん、それなら良かったよ」

 フォルが心底安堵したように胸を撫で下ろす。


「ずいぶん気にかけてくれているんだな」

「そりゃそうでしょ。将来の義理とはいえ家族なんだし。旦那様が家族と仲悪いなんて悲しいじゃん」

 まだ言うかコイツは。


「待て待て待て。話が飛躍し過ぎだろ。それ以前にお前、本当に結婚考えてんのかよ」

 自分の言葉にフォルがこちらに詰め寄る。

「ひどーい!ジルフが言ったじゃん!大人になったら結婚してやるって!」

「大人になったら『考えてやる』って言っただけだ!事実をねじ曲げるな!」

 だがフォルは一歩も引かない。


「だからもう十八って年齢制限はクリアしたじゃん!体型だって色々成長してるし!ラキアには敵わないけど、モルドよりは大きいし!」

「そう言うことを言ってるんじゃねぇよ!大体、お前なら俺じゃなくても選り取り見どりだろうが!」

「いきなり勇者と言われて旅立つことになった幼い少女。共に旅する年上の男性……辛く苦しい冒険を乗り越え続く長い旅の間……何も起きないはずがなく……」

「何も!なかった!」

 ああもう駄目だコイツ。勇者としての才は天才的なのに、突如時々ポンコツになりやがる。


「それは冗談だけど、ジルフが好きなのは本当だよ?何回も言ってるのに、そのたびはぐらかすしさあ……」

「冗談だと思ってたしな……それに、魔王討伐の前でそれどころじゃなかっただろ」

「それは確かに…まあ、そうじゃなきゃモルドやラキアに先を越されてる恐れもあったしね」

 ……フォルの言葉に頭を抱える。あの二人にもフォルほどではないが、旅の中で過度なコミュニケーションを何度も受けていたことを思い出す。


「……参考までに聞くが、あの二人は……」

 言葉の途中でフォルが会話を遮って言う。

「もちろん、変わらずにジルフラブだよ。二人が誰かいい人見つけてくれればライバルが減ってくれて楽だったんだけどね」

 ……なんだか、国に帰るのが怖くなってきた。


「駄目だよ?それに協会の建て直しをしないと、ジルフもジルフの家族に対する手当てや物資だってちゃんと出来ないんだからさ」

 心が読めるのかコイツは。こういうところは頭が働くのも非常にたちが悪い。


「わかってるよ。どちらにしろ、戻るしかないんだろ?協会がそんな状況になった今、早急にそれに代わる施設と組織を組まないと、復旧どころか国の存続すら危ういからな」

「ご名答。実際あの狸のおこぼれを頂戴していた連中も結構いたしね。モルドとラキアが一緒に来られなかったのも、そういった奴らの後始末と混乱に乗じて、国に何かする奴らがいないとも限らないから警戒しないといけないしね」


 確かにその通りだ。大臣とその側近連中はともかく、国の魔術協会は国の治安維持はもとより、未来の魔術師を輩出するにはなくてはならない存在である。その協会がいつまでも解体したままでは大変なことになる。


「……解体と言ったが、どれくらいの規模なんだ?根こそぎ、ってレベルじゃないよな?」

 自分にそれほどの人徳はないと思うが、自分の追放に異を唱えてくれる協会の面々もいたし、それはフォルたちも分かっているはずだ。

「あ、それは勿論。解体って言い方はちょっと大げさだったかな。膿を出し切ったって言った方が近いのかな。ジルフのことを尊敬している人や、ジルフの功績を評価する人たちはそのまま残ってるよ。逆に、そういった人たちは協会で冷遇されていたから、選別は楽だったよ。あの狸ったら、自分の身内ばかりを上の立場に置いていたからね」


 それを聞いて安心した。優秀な人材が残っているのならば、その辺りを上手く割り振れば大きな混乱もなく協会を立て直すことは出来るだろう。

「うん、ロメイさんやシェルキーさん、アリストたちも全員いるよ。皆ジルフが帰ってくるのを待っているよ」

 フォルの名前を挙げる面々を聞いて安堵する。魔術師としても人としても信頼の置ける連中がそれだけいれば何とかなるはずだ。


「そいつはありがたいな。戻って国王に挨拶したら、協会に向かおう」

「え?国王様のところはそうだけど、まずお家に行かなくていいの?いくらなんでも二年も会えてないんだし、まずは家族のところに行った方が良くない?協会に行ったら、しばらくてんてこまいになると思うし」

 フォルの言葉になるほど、と思った。確かに協会に行けばしばらくは身動きが取れなくなるだろう。そうなると家に戻るのはだいぶ後になる。


「そうだな、国王に会いに行ったらまず実家に行くか。母さんの様子や弟たちの顔も見たいしな」

「うん!それがいいよ!ボクも早くジルフのご両親とご家族に挨拶したいしさ」

「……やっぱり、付いて来る気か」


 自分のため息交じりの言葉に、さも当然と言わんばかりにフォルが言う。

「当たり前でしょ。大事な息子さんを再び危険な任務に巻き込む訳だし。勇者としてお願いにあがるのが礼儀ってもんだし。ましてや、息子さんの嫁としてきちんとご挨拶しないと。こういうのって第一印象が大事だよね。うう、そう考えると緊張するなあ……」

 前半賛成、後半ちょっと待て。


 いくら多少のことでは動じないうちの家族でも、勇者がいきなり息子と結婚します、なんてことを言おうものなら流石に騒ぎになることは間違いない。いや、そもそも結婚するとも決まっていないのだ。

「ええと……『息子さんをボク……じゃない、息子さんを私にください!』ってのはちょっとストレートすぎるかな……まずは菓子折りを渡して、お願いの後に……」

 一人でぶつぶつとつぶやくフォルを無視して先へ進む。もうこいつ置いていきたい。

 まあ、ひとまずは国王への挨拶と協会の復興が最優先だ。フォルのことは後で考えよう。


かくして、道中にはぐれ怪物や遭遇した山賊を危なげなく駆逐しつつも、俺はおよそ二年ぶりに追放された故郷へと舞い戻ることとなった。

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