勇者と一緒に魔王討伐。その後俺だけ追放。隠居生活の自分に勇者一同が求婚しに来た
柚鼓ユズ
第一章 賢聖復帰、残党討伐編
第1話 追放された俺の元に、何故か勇者が来ました(前)
「ボ、ボクと結婚してください!」
「おい……ア、アタシとけ、けっ……」
「私と……その……け、結婚を前提に……」
……懐かしい夢を見た。あの頃からもう二年は経っただろうか。ベッドから立ち上がり、昨日届いた物資の整理に取り掛かる。
『号外!勇者様御一行、魔王軍の幹部残党狩りに出陣!剣聖、拳聖も追って合流か』
届けられた物資の上に添えられた号外のチラシにはそう書かれていた。
齢十六にして世界を救った女勇者フォル=アンシャンテ。その偉業を成し遂げた彼女は国に迎えられ、偉大なる勇者様として生涯を称えられる存在となった。国に留まり、国王と共に国を収める事を良しとせず、かつての仲間たちと未だ魔王軍の侵略の被害にあった地域の復興に尽力している。
「頑張っているようで何よりだ。残党があとどれだけいるか分からんが、あいつらならいずれ達成するだろう」
チラシを横に置き、物資の整理を始める。備蓄品と魔術品をてきぱきと区分けしつつ、心の中でがんばれがんばれとエールを送る。
―共に世界を救った、かつての仲間たちに。―
「汝、ジルフ=マグノリアから本日をもって『賢聖』の名を剥奪、ならびに王国から追放するものとする」
魔王を討伐し、世界を救い王国に戻り、まずは国を挙げてのお祭り騒ぎとなった。
祭りも落ち着き、魔王軍の被害にあった地域の復興や、王国を軸とした世界統制にさあ乗り出そうとする矢先、王室にて大臣の口によって自分に告げられた言葉であった。
「ふざけんな!ジルフが何したって言うんだ!」
「そうです!ジルフさまがいなければ、魔王討伐どころか、その道中で私たちは倒れております!」
瞬時に仲間たちが声を荒げて怒ってくれている。その横で一人口をつぐんでいたフォルが、感情を押し殺した声でぽつりとつぶやいた。
「……理由を聞かせてください、大臣」
ふん、と鼻を鳴らして大臣とお付きの神官たちが自分の方へ顔を向ける。
「その理由は、彼自身が一番分かっているだろう?なあ、ジルフよ」
大臣の言葉に、自分は視線を左手に落としうつむいていた。
『大禁呪』と言われる魔法。世界に伝わる数々の魔法の中で、決して公に唱えてはならぬ、知ってはならぬ、伝えてはならぬ、とされている魔法がある。
それらは総じて大禁呪と呼ばれ、これを秘中の秘とし、この禁忌を侵した者は死をもって償うべし、と言われている。そして、大臣の言う通り、自分は魔王との戦いの中でそれを使用した。
「……大臣の仰る通りです。……ですが、ジルフがその禁呪を唱えなければ、私たちが魔王に勝利することは出来なかったでしょう」
「そうだ!悔しいがあの時、アタシもラキアも、もう動けなかった。ジルフが命をかけて禁呪を使ったからフォルの剣が魔王に届いたんだ!」
「モルドさんの言う通りです!私たちがもう指一本動かせない中で、ジルフさまだけが一人立ち上がって魔法を唱え、フォルさまを導いた故の勝利なのです!」
仲間たちが口々に反論するものの、大臣の口調は至って冷静であった。
「ふん、結果論だろう?確かに、魔王は倒され国は救われた。だが、彼は一か八かの賭けに挑み、己の勝手な判断で『大禁呪』を唱えた。その危険な賭けに、自分だけではなく勇者様一同、この国を巻き込んでな。結果、たまたま対価が彼の左手一本で済んだという訳だ」
そう言って、大臣が自分の左手に目をやる。
大禁呪を唱えた代償として、自分の左手には指先から肘の辺りにかけて、決して消えない禍々しい痣が残っている。
『代償の天秤』と呼ばれる大禁呪。己の命を対価にし、自身の願いが強ければ強いほどその効力を発揮する。天秤が自身の方に傾けば良し、反対に傾けば望んだ結果と反対の結果となる。
大臣の言う通り、自分は『魔王を倒し、国を救う』と願い『代償の天秤』を唱えた。
詠唱が不完全だったのか、魔王という存在があまりに強大だったためかは分からないが、自分の大禁呪は魔王の動きを止めるに留まり、フォルの最後の一撃にて魔王を仕留めた形になる。本来なら代償として、その場で死んでいてもおかしくないはずの願いだが、左手一本に留まったのはそのためだろうか。
そんな事を考えていると、なおも抗議を続ける三人を手で制し、再び大臣がこちらに声をかけた。
「さて、外野はこう言っているが、君の意見はどうかね?ジルフよ」
大臣に向かい顔を上げ、はっきりと言った。
「異論ありません。その処分、お受けいたします」
次の瞬間、王室は沈黙に包まれた。
それからはあれよあれよと言う間に、自分の追放に向けての準備が執り行われた。
当然、苦楽を共にした仲間たちが、はいそうですかと納得するはずもなく、数日間に渡る必死の猛抗議もあったが、『本来であれば死罪。それを魔王討伐の功績を配慮し、賢聖の称号剥奪、追放処分で不問とする』とあっては強く出られない。自分が大臣による処遇を抵抗せず、いち早く受け入れたのはそれもあった。
大臣たちの腹積もりは用意に想像できる。紅一点ならぬ、白一点である自分の存在が邪魔なのであろう。賢聖の自分が居なくなれば、残るは女三人で手玉に取りやすいとでも思っているのだろう。その判断が大きな間違いであることは後々、身をもって知ることとなるだろうが。
だからこそ、これ以上自分のために他の三人が抵抗すれば、本来ならば輝ける未来を保証された三人の立場も危うくなる。ここから国と手を結び、世界の復興をしなければならない中、それだけはどうしても避けたかった。
もちろん、自分も大臣の一方的な処分をそのまま受ける訳ではなく、最低限の補償は取り付けた。国を離れる自分はもちろん、国に残る家族の生活と安全の保証。特に被害が大きい旅先の街の復興の優先順位の取り決め、自分に代わる賢聖の選出基準などなど。
かくして自分は一人、国を離れた僻地へ移り住む事となった。
出発の日、門の前に立つ大臣や門番を押しのけ自分の元に三人が駆け寄ってくる。
「お、見送りありがとな。まあ、これからが大変だろうけど、お前ら三人がいりゃ何とかなるだろ」
自分の言葉に三人が口々に言葉を発する。
「アタシはまだ納得いってねぇからな!なんでジルフが出ていかなきゃならねぇんだよ!」
「私もです。到底受け入れることは出来ません。今はジルフさまの意見を尊重しておりますが、いずれ必ず……」
「……体に気をつけてね。ちゃんとご飯食べてね。復興はジルフの組んだ段取りで進めていくから」
三人との会話を遮るように大臣が割って入ってくる。
「さあ、きりがないからそこまでだ。ではジルフ。本日をもってお前を追放とする。分かっているだろうが、決してこの国に戻ることは許されんからな」
後ろの三人がまるでゴミを見るような目で大臣を見ている。気持ちは分かるけど殺気は抑えて欲しい。
「心得ております。……それでは、これで失礼いたします」
一礼し、改めて三人に向けて声をかける。覚悟はしていたが、やはり寂しい気持ちが込み上げる。
「それじゃあな。三人とも達者でやれよ」
そう言って街に背を向け歩き出す。三人の声が背中に響く。
『―必ず、迎えに行くから!―』
その声に自分は振り返らず、手を振って歩き出した。
今からおよそ二年前のことであった。
隔離施設の生活は、孤独な点を除けば存外悪いものではなかった。住めば都、とはよく言ったもので、戦いに明け暮れた日々の中で忘れていた日常を取り戻す時間も取れたし、国からの支給や物資は充分に足りていた。晴耕雨読の生活は自分にとっては性に合っているようで、気付けばスローライフ生活を満喫していた。
「……ん?誰か来たな。出入りの商人や物資の配達人が来るにはまだ早いし……迷い人か盗賊か?」
隔離施設の周辺に貼っていた結界が、侵入者の気配を察知する。結界内に不審な人物や魔物が入ってきた際、自動的に反応するように設置したものだ。
自衛の目的もあるが、あくまで追放された身であるため、極力人との関わりを避けるために、というのが主な目的であった。広範囲、かつ常時発動の魔法というのはそれなりに高度な魔法ではあるが、そこは腐っても元『賢聖』の自分にとっては造作もないことであった。
「出入りの商人や配達人ならまっすぐこちらに向かうはずだが……妙だな。何かを探すように動いている感じだ。だが、確実にこちらに近づいてきている」
単なる迷い人ではないのは確定だ。警戒のレベルを高める。
「戦わずに済むに越したことはないからな…やれることはやっておくか」
家から出て『幻惑』の詠唱を唱える。瞬時に周りは霧に包まれる。
「これで良し。迷い人か、たまたま迷い込んだ魔物ならこちらには気付かないだろう」
そう思い家に入ろうとした時、背筋に冷たいものが走る。……こちらの魔法の発動を逆に感知されたようだ。先程までとは違い、真っ直ぐこちらに向かってくる感じが伝わる。
「まずいな……逆に感づかれたか?だとしたら、とんでもない手練れだな」
確実にこちらに向けて歩みを近づけてくる。おそらく立ち込める霧のすぐ先に気配を感じる。
「おそらく、もう目の前まで来ているな……」
日課として鍛錬は続けているが、生死を賭ける恐れのある戦闘は二年振りである。警戒を怠ることなく前を向く。
その瞬間、自身の貼った魔力の霧が一閃の太刀筋と共に切り開かれる。並の魔術師ならいざ知らず、仮にも賢聖であった自分の唱えた魔法を一瞬にして解除された事に動揺する。
魔術を剣撃で解除するなど、並大抵の使い手には不可能な芸当である。警戒レベルを最大限にし、臨戦体制になるべく身構える。
「まずいな……これは本気で戦う必要がありそうだ」
魔術の霧が霧散し、剣撃を放った主の姿が現れる。
そこには、一人の女性の姿があった。肩まで届く、赤い髪と瞳の少女。
「やっと……迎えに来れたよ!ジルフ!」
それは、かつて共に旅をした仲間の姿。
「ボク、十八になったよ!」
十六歳にして、世界を救った伝説の女勇者。
「これで結婚出来るよね!さ、結婚しよジルフ!」
フォルの姿であった。
突然の再会と発言に、俺はただその場で立ち尽くしていた。
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