第83話 敵国の姫


「そ、そんなことより、シルヴィ。見てみろ! オードールの街並みをだ!」

 話題を変えようと思った聖剣士リヴァイア――

「サ……サロニアム・キャピタルの石畳は殺風景な土色の、土壁のようなまるでモグラの巣のような街だが、ここは違うぞ!」

 大通りの中央に仁王立ちするリヴァイアが両手を広げ、オードールの街並みに興奮している。

 ……でも、そのせいで、ちょっとだけ渋滞しているけれど。

「そ……うですね。私の故郷の港町アルテクロスとも違う、異色な石畳であることは確かです」

「そうだ! そうだぞ、シルヴィ。この極彩色の石畳と壁と……ああ同盟国とはいえ、ここは異国であることに違いないな!」

 く……食いついてくれたシルヴィにほっと胸をなでおろすリヴァイアである。


「でも、リヴァイア殿……、私シルヴィには、ちょっと目に毒な色彩には……見えますけれど」

 シルヴィはキョロキョロとオードールの石畳を眺めて、率直な感想を吐露したのだった。

「そうか? まあ、そうかもな。シルヴィの生まれ育った港町アルテクロスも良い街だ。一方でサロニアム・キャピタルは砂漠の真ん中にある殺風景な首都。そして、ここオードールは大陸の南にある国、南国。同じサロニアム大陸の各街々であるのだが、どこもかしこも特色が溢れている」

 うんうんと頷きながら、リヴァイアは脳裏にサロニアム大陸の各都市の風景を浮かべた。

(この頃のリヴァイアが訪れたことのある街は生誕地であるグルガガム大陸の木組み街カズースと、戦争難民として密航してきたサロニアム・キャピタルだけである。港町アルテクロスの風景は古代魔法の図書館でしか見たことがなかった……)


「と……特色溢れすぎですよ。ここオードールってあり過ぎですって!」

 シルヴィにとっては、極彩色の石畳がかなりの目に毒な様子だ。

 ずっと見続けていると目が痛くなってくる。

 ときどき、目を伏せ閉じながら精神的な疲労を回復させていた。

「まあ、そうだな……あははっ」

 一方のリヴァイアはなんともダメージはくらっていない。

 聖剣士リヴァイアになったからなのか?

 甲高く笑う。

 その声が、オードールの街に反響して木霊こだまが返ってくる。


「ははっ! 見た目も同じく、面白い街なのだろうなあ?」

 両手を腰に当てながら、リヴァイアが笑った。

 しかし、その心の内に抱いた気持ちは面白いではなくて、郷愁だった。



 我の故郷であるカズースと、

 雪が積もる木組みの街の風景とも、また全然違う――



 そう静かに思うリヴァイアだった。




       *




 ――その時、



「あの……う。もし……」

 一人の女性……いや、頭巾を被っているからよくは見えないけれど、女の子らしい。


「……誰だ?」

 リヴァイアが立つ大通りのど真ん中、その背後にいつの間にか立っている女の子に気がついた。

「……君は?」

 シルヴィがリヴァイアの前に身を迫り出そうと、一歩足を前に出して聖剣士を庇う姿勢をとる。

「……よせ、シルヴィ」

 と思いきや、リヴァイアが彼の肩に手をかけて止めた。

 小声で、

「……問題無いぞ。ただの尋ね人だろう」

「……ぎ、……御意です」

 リヴァイアの目を見て、シルヴィが剣を鞘に収める。


「……お嬢さん? 私に何か聞きたいことがあるのですか?」

 今度はリヴァイアがシルヴィの前にせり出す。

 


「……はい。あのう、ボクは、教えてもらいたいことがありまして」

 頭巾を取ることなく女の子は、リヴァイアが思っていた通りの尋ね人の典型的な質問を、細々とした声で言った。

 それだけでなく、その女の子は一層深く頭巾を被りなおす。

「……」

 何に、誰かに怯えているのか?

 リヴァイアが抱いた第一印象である。

「教えて……ですか?」

「はい……」

 女の子は顔を見せることもせず、傍から見ればとても失礼であるのだけれど、

「……」

 切羽詰まった状況なのかもしれないと、リヴァイアは寛容に、

「何をでしょうか……?」

 優しく語りかけながら、問うてみることにした。



「あ、あのう……。ボクは、聖剣士リヴァイア・レ・クリスタリアさまがお泊りになっているという『マイティーナ・レインズの宿屋』を探していまして――」



「……」

 リヴァイアが横に立つシルヴィに目配せする。

「……」

 シルヴィは、わかりましたと頷くと再び柄を握った。

 どうして、今日ここ……オードールに自分――聖剣士リヴァイアが来ることを知っている?

 しかも、今宵宿泊する予定の『マイティーナ・レインズの宿屋』の名前を口にするのだ。

 それだけじゃない……どうしてこの女の子は自分――我聖剣士リヴァイアのフルネームを知っている?


 何者だ? この女の子は――


「あのう、お嬢さん? ぐ……偶然ですね」

 リヴァイアは聖剣エクスカリバーを握ろうとはしなかった。

 少し泳がせてから、かまをかけて様子を探ろうと思ったからだ。

「ボクが、ぐ……偶然ですか?」

 女の子が顔を上げる。

 その時、ようやく女の子の顔を拝見することができたのだった。


 綺麗な紫紺色の瞳が印象的だ――


「はい! 我々も聖剣士リヴァイアさまを探して、ここオードールまで旅してきたのですから」

 自分自身が聖剣士であることを隠して、この女の子の意図を聞き出そうという作戦だ。

「お、お二人も聖剣士さまを探しているのですか?」

「はい……。我々はサロニアム王の命で聖剣士さまを探しているのです」

 シルヴィもリヴァイアの作戦に勘鋭く察知、

 二人とも阿吽の呼吸で話を合わせる。

「……サ、そうですか……サロニアム。サロニアム王ですか……」

 サロニアムと聞いて、女の子が顔を下げてしまった。

「……」

「……」

 それがなぜなのかは、リヴァイアとシルヴィにはわからなかった。

 会話を続けようと、

「お嬢さん? あの……失礼かもしれませんけれど、あなたのお名前は?」

 リヴァイアが女の子の名前を尋ねたのだった。

「……エアリーです」

「エアリーですか?」


「はい……。ボ……ボクの名前は、エアリー・ティナ・クリスタリアと申します」





 続く


 この物語はフィクションです。

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