第77話 サクランボシードΣ しょうがない……


 覚えている――


 パパンとママンが言い争っている場面をだ。

 パパンは我が敵国サロニアムに難民として密航することに、反対していたのだと思っている。

 密航話をママンが押し通したのだろうと思っている。

 我がパパンと普通に会話をしたのは、木組みの街カズースの魚釣りとか海水浴くらいだ。

 結果的に、パパンとママンとはそれきりになってしまった。


 難民、密航。

 原因は、我を生んだからなのだろう。


 遠い親戚からは養子にくれという話もあったという。それを母方の祖父母が断った。

 我を難民として敵国グルガガムに密航させるくらいなら、パパンは養子の話を受けたかったのかもしれない。

 ああ……、パパンは、本当は我が嫌なのかもしれないと思った。


 子供さえいなければ、自分たちはこんなに戦争に翻弄されることもなかったのに……と。


 そもそも我を生む前の年に、母方の親戚に子供が生まれた。

 それを追うようにあたしは生まれたという。

 パパンとママンは、もしかしたら自分たちの優位性を維持するために、我を産んだのか?

 そうすることが彼らの生きる必要性だった。そう考えてみた。

 ママンは実家では長女だったから、妹弟夫婦に勝らなければいけない。……と思っていたのかもしれない。


 パパンとは1000年前からそれきりになった。

 ある日、聖サクランボに届いた魔法電文のママンの頼りで、入院が長いという内容だったことを我は思い出す。


「何にも、話らしい話ができなかったな……」


 我はウルスン村で一人呟いた。

 それでいいよ。

 これといって話すこともなかったし、そのほうが良かったのかもしれないし……。

 我がいないほうが良かったとは……言い過ぎなのだろうか?




       *




 聖剣士になる前、騎士団長のとき――


 我は飛空艇で密航して、グルガガム大陸の木組みの街カズース近くにある農村の、パパンの祖父母の墓参りに行った。

 城塞都市グルガガムのママンの祖父母から、あんたは父方の祖父母を大切にしなさいと言われていたからである。


 行く途中――

 そして、帰り。

 ずっとずっと、聖サクランボの骨折の記憶を思い出していた。

 我が修道士見習いのときの孤児の事故だ。

 あれからすぐに、我は聖サクランボを辞めて騎士の道へと進んだ。


 あの頃の我は、フレカ、クアル、バムのことを何度も何度も思い出し、自らの運命を忘れようとしていた。


 誰も引き取り手のいなかったフレカちゃん。

 夜遅くまで、泣きながら勉強させられていたクアルさん。

 捨て子で聖サクランボに来ることになったバム君。


 我も勉強ができなかった。

 パパンとママンからの躾も厳しかった。

 やがて、密航して孤独になってしまった。


 ずっと、パパンとママンに怒られていた。

 字がまったく書けなかった。読めるけれど書けなかった。

 幼い時には『カズース』や『グルガガム』くらいの地名しか書けなかった。

 学校の先生に目の前でため息をつかれた。あれはショックだった……。

 努力はしたのだけれどだ……。

 そういうことを、ずっと、ウルスン村で一人思い出していた。


「しょうがない……」


 代々続いてきた親子関係の結果だろう。

 スパルタとかお受験とか言われていた1000年前の時代だったから、今ではもうしょうがないと思うしかないのだ。

 1000年という、長い長い時間を生きてきて、いろんなことがあった。

 重い病気も何度も経験した。ケンカもしてきた。

 それでも、なんとか生きてこられた。と思おう……。


 毒気が原因であるのだけれど――

 それは今も悔しいのだけれど。

 

 我よりも、もっと境遇の酷い人もたくさん見てきた。

 我なんか、まだ、かなりましなほうなのだと思うのだ。


 死ぬに死ねない身体となってしまった――

 我なのであるけれど――

 


 これが結論である。





 第十一章 終わり


 この物語はフィクションです。

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