第76話 サクランボシードΣ 1000年前の遠い記憶でしかない――
大海獣リヴァイアサンの毒気を浴びてからしばらくして、これから永遠に生きることになる人生に本気で悩んだことがあって、ウルスン村に旅に出た。
これは、我がそのときにふと思い出した記憶の断片の話である――
母方の祖母から、木組みの街カズースに住む親戚の結婚式の話を聞かされた。
祖母がその結婚式で酌をついだとき、本家の一族から、
「よ~やったのう……」
と嫌味っぽく言われたという。
祖母は生涯、その意味がわからなかった――
でも、祖母なりの解答を聞かされた。
親戚には今では養子で跡継ぎがいるというが、その当時は男子が生まれていなかった。
しかし、祖母の親戚の孫には男子が3兄弟も生まれていた。
あるとき、親戚から祖母の親戚へ魔法電文が掛かってきて、次男を養子にしたいと言ってきたという。
親戚はその話を断った。
男子がいる、いないの違い。
これが祖母の解答であった。
あれから1000年――
我は、ずっと腑に落ちないことがあった。
結婚式の当日の会話と養子の話と、どう考えても辻褄が合わないことを発見したのだ。
我が聞いた記憶では結婚式の当日、次男は生まれてはいなかったはずである。
では、祖母の話の真意はなんだったのか?
我は親戚の次男の結婚式の時と、祖母の葬儀のときの、母方の親戚の立ち振る舞いに解答を見つけた。
控え室で大声で談笑している後ろ姿を、親戚の叔母がずっと睨み続けていた。
夜、遺体となった祖母に背を向けて、どんちゃん騒ぎしている姿を見て、
『ああ……こういうことなんだな』
と、先祖が怒った理由を我は痛感した。
祖母は娘を守りたいという気持ちしかなかった。理屈なんてどうでもいい。
当てつけでも、こじ付けでもいいのだった。
とにかく相手の方が悪いと言いたかったのだ。
でも今思う……。
結婚式と葬儀の彼らの姿を思い出して、養子の話をもち掛けてきた親戚は悪くないのだと、我は思うのだ。
*
――ウルスン村のコテージの前に立っていた。
なぜか、ずっと腰が痛かった。
ああ……、サロニアムの城下で魔獣と戦ったときに受けた傷の激痛が再来したんだと思った。
ということは、ああ……、過去の記憶が意識化されているんだと思った。
コテージ、腰の激痛は続いた。
その時、ふと気がついたことがあったんだ。
そういえば……、グルガガムの高級宿屋で祖母の命日の会食をしたことをだった。
従妹の兄さんの結婚式も、そこでした。
しっかりと覚えていたけれど、祖母の会食のことは、我はずっと忘れていたのだ。
もっと凄いことがわかった。
祖母とグルガガムの母方の祖母が、この宿屋で一本の線でこれで繋がったということだ。
兄さんの結婚式で、控え室の親戚たちの姿を思い出す。
母方の祖母の葬儀もいい思い出がなかった。もう思い出したくもない。
とにかく、祖母の死とグルガガムの高級宿屋で一本の線で繋がっていたことを発見できたのであった。
無意識にある辛辣な思い出が意識化されると、人は身体に痛みが出てくるという。
我はここウルスン村で1000年前の思い出と別れることで、我は青春時代を終わらせることができるかもしれない。
そう考えて、今別れる決心をしている。
いつまでも青年期では無いのだからな……。
それも、1000年前の遠い記憶でしかない――
その激痛から命日の会食を思い出したのは、たぶん祖母と母方の祖母とお別れしたからだ。
そう考えてみた……。
城塞都市グルガガムには母方の実家がある。他家である。
その他家で、自分は幼い頃をすごしてきたことがあった。
祖母とは、あまり話もできなかった。
人の死は避けられない。
そんなの当たり前だ。何をしたって生き返らない。
我は命日の会食を、無意識にずっと抑圧してきたのだろう。
その思い出を抑圧することにより、我は祖母との思い出を、ずっと守ってきたのかもしれないと考えた。
抑圧することで、祖母が死んだことを認めたくない――
おそらくは脳の機能の一つだろう。
これが我の1000年間の、脳の違和感の解答である。
続く
この物語はフィクションです。
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