後編

 開花宣言を皆が心待ちにする、春分の頃。校庭はまだ寂しいけど、桜の木にはつぼみがつき始めていて、間違いなく春は近づいている。

 

 二年生最後のホームルーム。岡井先生が私たちに感謝の言葉を口にした。


「初めて担当したクラスで、つたない部分も多かったと思うけど、みんなが助けてくれたおかげで一年間無事終えることができました。ありがとうございました」

 

 先生は大きく頭を下げると、優しい声で「終わります」と口にした。これで、高校二年生の授業が全て終わった。

 

 午前中の終了で、教室はは解放感からか、にぎやかになった。だけど、私にとっては。これからが本番だった。


 教壇の上をチラチラ見ると、岡井先生の元に生徒が集まっているのが見えた。楽しそうに話す彼女たちに「そんな長い話なんてないでしょ?」と心の中でモヤモヤしながら、勉強するふりをする。


 そして、周りの生徒が帰る頃には、教室は私と先生の二人っきりになっていた。

 

「水野さんにもお世話になったね」

 

 私は口をつむって、うつむいた。

 

「いっぱい質問しに来てくれて嬉しかったし、色々教えてくれて助かったよ」


 生徒間で、「声が小さい」とか、「字がちっちゃい」とか耳にしたから、先生に伝えただけ。大したことはしていない。

 

「来年も、国語は担当になるかもしれないから、その時はよろしく……」

 

「ちょっと待って‼︎ ……ください」

 

 私は大きな声で先生の言葉をさえぎった。

 

 先生はびっくりしたような表情を見せ、言葉を止める。

 私は席を立つと、我慢できず先生の元に駆けよる。

 

「あの…………私、先生のことが好きです! 付き合ってください‼︎」

 

 言った。ついに言ってしまった。流れで、予定にない「付き合って」まで言ってしまった。


 私はすぐにうつむいた。先生が苦笑いをしている姿は容易に想像がつく。きっと、「先生と生徒だから無理なんだけど」と困っていると思う。覚悟してきたはずだったんだけど、やっぱり目にしたくなかった。

 

 教室には秒針のきざむ音だけがひびき、流れる時間は永遠のように長い。

 私の足ははっきりふるえていて、後ろでスカートを握る手からは汗がじわりとしみる。

 

 

「僕、水野さんのことまだよくわからないから…………友達からどうかな?」


 

 私は思わず顔をあげ、「えっ?」と大きな声が出る。心の準備もできていないし、変な声を出して恥ずかしい。


 でも先生の優しい微笑みは、そんな私を丸ごと受け止めてくれた。

 

「いやっ、ちょっと…………えっ⁉︎」

 

 完全に予想外だった。思い浮かべた定型文じゃなくて、友達からって…………しかも、その先も。

 

 

「ああ、学校の先生としては、そういう関係だから付き合うのは難しいって言わないといけないんだけどね。でも、僕はそういう想い」

 

「そうですか……」

 

 その言葉を聞いて、私の心は少し落ち着いた。


 現実は現実のまま、でも先生はちゃんと私の気持ちに答えてくれた。視界がなぜだかぼやけてきて、心は温かい気持ちでつつまれる。

  

「同じだったんだ」

 

 先生はポツリとつぶやいた。

 

「同じ?」

 

  

「僕も高校の時、先生に告白したんだ」

 


 私は言葉を失った。


 先生の表情は少し寂しげに見える。

 どうだったんですか? そんなことは、聞かなくてもわかった。

 

「『先生と生徒だし、難しいかなぁ……』って苦笑いで言われたよ」

  

 私は思わず胸を押さえた。もちろん、先生がその人と付き合っていたら、私の可能性はゼロだった。でも、そんなことより、同じ境遇で同じ想いだからこそ、他人事とは思えなかった。


 たぶん、当時の言葉は、言葉一語一句間違えていないんだと思う。だって、私もさっきの言葉忘れられないと思うから。

  

「僕が欲しかったのは、気持ちだったのに、そう言われるともう返しようがないよね? …………って生徒に何話しているんだって感じだよね」

 

「だから、私には本心を伝えてくれたんですか?」

 

「そうだね。どんな関係であっても、想いを伝えられたら真剣に受け止めたいと思うから、ちゃんと僕の想いをを伝えたんだ」

 

 やっぱり先生は優しかった。私の心臓は今、これまでにない速さで脈を打っている。

 

「先生のその想いは、本気にしていいんですか?」

 

「もちろん、生徒と先生は付き合えない。そのルールを破る気はないし、強要するなら怒るよ。だから、卒業まで二人だけの秘密の友達。それでどうかな?」

 

 結局の所、上手くあしらわれたのかもしれない。でも、ちゃんと想いが伝えられて、真剣に受け止めてくれた。それだけで、私は幸せだった。

 

「分かりました! みんなには秘密の友達ですね!」

 

 私は大きく頷いて、思いっきり笑顔を見せた。


 高校二年生最後の日。私は一歩前に進めた気がした。

 

 






 

 二人が教室を出て、先生が鍵をかけてる途中。私はふと尋ねてみた。

 

「先生は告白してきた生徒全員に、そんなこと言ってるんですか?」

 

 先生は目を丸くした。

 

「なかなか厳しいこと聞くね。さぁね? それは僕の想い次第かな?」

 

 先生は、私たちが友達になったからか、少し幼く、いたずらっぽく笑った。

 

「先生って、モテるからすぐ浮気しそうですね?」

 

「水野さんだって、可愛いんだから来年にもなったら、クラスのイケメンと付き合ってるんでしょ?」

 

「……案外そうかもしれませんよ」

 

 私は胸の高鳴りを必死に隠して、ふくみのある笑顔を見せた。

 

 今は友達。


 だけど、心の中では秘密の恋は始まっていた。

 

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高校二年生、最後の放課後に さーしゅー @sasyu34

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