第8話

 新しいスマートフォンを買ってご満悦な琴音とお腹が空いておんぶをねだって来た花音を連れて村井たちが入ったのは適当なファミリーレストランだった。

 四人のボックス席で片方に三人が詰めている状況に何とも言えない顔になりながらも村井はメニューを開いてぱらぱらめくっていく。二人はもう一つあるメニューではなく村井のメニューを見ながら悩んでいるようだった。


「メニューはもう一つあるんだからそっちで好きなの頼んでいいぞ」


 取り敢えず村井は琴音にもう一つのメニュー表を渡した。そうすると琴音は手元にあるメニュー表を見るようになった。ただ、花音は村井とメニュー表を半分ずつ見る体勢のままだ。そのままの体勢で花音は村井に尋ねる。


「おにーさんは何食べるの?」

「決めてない。今から決める」

「んー……ハンバーグ食べたいけど、オムライスも食べたい。お姉ちゃんは?」

「私、これ」


 キノコと明太子のクリームパスタを迷わずに指し示す琴音。花音は自分が食べたいものが入っていないのを受けて村井の方を見る。


「おにーさんは?」

「……ミックスグリルにするよ」

「! じゃあオムライスにする。おにーさん、ハンバーグちょっとちょうだい」


 可愛くおねだりして来る花音。村井は特に断ることもなくミックスグリルを大盛にして対応することにした。その様子を見ていた琴音はまた何か考え込むような素振りを見せるが、何も言わずに黙ってしまう。


「お待たせしました。クリームパスタとオムライスになります」

「はい、どうも。先に食べてな」

「あ、はい」

「わかった」


 程なくして揃う食事。村井は約束通りミックスグリルのハンバーグを花音に二口分くらい分け与えた後、食事を行った。



 食事後。マナーを守ろうと頑張って食べる二人を見てなんか可愛いものってズルいな。守ってあげないといけない気分になる。とか何とか思いながら村井は適当な服屋に入った。安い服が並んでいるファストファッション店だ。


「下着や肌着は別のところで買うからここで普段着を選んでくれ。今日は大体一週間分くらいを目途に買う予定だ。あ、取り敢えずは冬物な。春物はまた買うから」

「一週間分ってどれくらいですか?」

「まぁ、上下それぞれ七着分にコート1つぐらいじゃないか?」

「分かりました」


 素直に応じて服を探しに向かう琴音。村井はそんな彼女を見て少し思案する。


(少ないか? やっぱり女の子だしおしゃれしたいとか思ってるよな?)


 ちょっと心配になってきた村井だが、この後に外出用の服やら修行用の服やら仕事用の服やらをそれぞれのシーズン、しかも二人が成長期であることを加味して今後も色々と買うことを考えた結果だ。妥当ではないかと思い直して前を向く。


「お兄さん?」


 そうして立っていると琴音が不思議そうな顔で村井の方を見ていた。そこで村井は言葉足らずだったかもしれないと先程考えたことを口にする。


「言い忘れてたが外出用の服はまた別に買う」

「え? どういうことですか? じゃあ今買おうとしてる服って何ですか?」

「……何かこう、近所に行く服。服を買いに行く服みたいな感じ。ラフな感じだな」

「???」


 琴音は村井が言っていることの意味がよく分からなかった。彼女は学校活動に必要な服以外は最低限しか持ち合わせていなかったため、そんなにたくさん買って貰えるとは思っていなかったのだ。

 ただ、いっぱい買って貰えるならそれに越したことはない。琴音は張り切って服を選び始める。その様子を眺めているだけの花音。彼女は特に動く様子がない。村井は少し気になって花音に声をかけた。


「花音は服を選ばないのか?」

「……? 買ってくれるの?」

「勿論そのつもりだが……欲しいのがないのか?」


 姉の方が庶民的なのか? と思いながら村井は少し覚悟を決めた。だが、その心配は杞憂のようだった。


「おにーさん、ありがと。でも、見てるだけで楽しいから大丈夫。それにもう、お金いっぱい使って貰ったから。私はお姉ちゃんのと一緒でいいよ」

「いや、琴音が着たい服と花音が着たい服は違うだろ? 好きに選べ」

「でも……」

「何で妙なところで遠慮してるのか知らんが……うーん」


 少し渋る花音。どうやら必要な物を買って貰う時は躊躇しないが、娯楽品や嗜好品の類だと遠慮気味になるらしい。ただ、年頃の少女だ。姉が選んだ物だけというのも村井の気が引ける。


「まぁ、取り敢えず今は共用の服も少ないことだし、自分の分を選んでくるように」

「いいの?」

「衣食住は大事だからな。あんまり高いのじゃなければ買うよ」


 その言葉を受けて花音は花がほころぶような笑みを見せた。


「ありがと。じゃあ、私も」


 村井の手を引いて琴音に合流する花音。嬉しそうな花音を見て琴音も喜ぶかと思いきや彼女の顔色は曇り、花音と揉め始める。


「ダメだよ。勿体ない」

「でもおにーさんがいいって言った」

「後でお金は返さないといけないんだよ? 必要以上にお金使ったら後が大変になるでしょ」

「……でも、お姉ちゃんだけ」


 少し泣きが入り始めた花音。村井はここで喧嘩されても面倒なため割り込んだ。


「金の心配はするな。俺が持つ」

「……でも」

「いいから。それくらいの金はある」

「ごめんなさい……花音、今回はお兄さんがいいって言うからいいけど、返すお金のことも考えてね」


 琴音の言葉に大きく頷く花音。ようやく姉妹で仲睦まじく買い物を始めるのを見て村井は溜息を吐いた。


(にしても、そろそろ手を放してくれてもいいと思うんだが)


 片手で服を選びつつ身体に当ててみたりと、どう見ても服を選び辛そうにしている花音。そろそろ琴音のように手を放してくれてもいいのではないかと思うが、村井が手から力を抜いても彼女は手を掴んだままだ。


(まぁ、気付いたら両親が惨殺されてたし、殺された母親からは施設は怖いところと教え込まされてたみたいだしなぁ……御伽林さんは何か吹き込んだみたいだし、諸角は論外だし……仕方ないか)


 花音の精神状況を慮って何も言わずに済ませる村井。だが、暇だ。二人の好みの服を見比べるくらいしかやることがない。


(まぁ、分けて正解だったみたいだな)


 琴音が鮮やかなパステルカラーの服を見ているのに対し、花音は白や黒、紺などのベーシックカラーの服を選んでいる。どうやら色だけでも好みが違うようだ。


(……でも暇だ)


 そんな発見をしながらも村井は暇だった。手を繋がれている以上、二人から離れる訳にも行かない。しかも二人とも持てる量には限りがあるというのにどんどんキープを増やして籠の中身が膨れ上がっており、見かねた村井が一部持つと村井の手に空きはなくなった。


「……ちょっと似合うか、形が合うか、着替えてみます」

「おにーさん、私も」

「……それなら流石に手を放そうか」

「う……絶対近くに居てね?」


 試着室に向かう一行。そこで最終選別にかけられる衣服たち。村井は試着室の前で待機して二人のファッションショーを見る。どの衣服も安物というのに何か凄くいい感じになっていた。


(モデルがいいと服のモチベーションも変わるのかな……?)


 益体もないことを考えながら村井は感想を求められるままに適当に答えていく。特に花音は村井の評価以外の意見がないレベルで機械的に衣服を選別し、すぐに村井の下に戻って来た。


「おにーさん、ありがとう」

「あぁ。琴音の服を見てやってくれ。さっきから二人に感想を求められてるが別に俺はファッションに聡い方じゃない。寧ろ、疎い方だから」

「わかった」


 花音の助力も得てファッションショーを終わらせる村井。だが、彼にはこの後の方が試練となる。


(……肌着や下着はちゃんと合う、いいのをつけた方がいいらしいからな)


 成長過渡期の二人の下着を買いに行く。しかも、花音は自分の着るデザインに村井の感想を求めて来る。戦場とは違った落ち着かなさを味わって村井はその後の対応に明け暮れるのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る