第9話

 村井、琴音、花音の三人が村井の家の近所の大型ショッピングモールに向かった日の夜。夕食も済ませて適度な疲労感を覚えながら自宅に戻って来た三人はそれぞれの荷物を置いてリビングに集まっていた。


「さて、色々買って疲れたが……今日から修行をして貰う」

「……はい」

「がんばる」


 緊張している琴音と真面目に意気込む花音。対する村井は今日はもう疲れたし何かもういいんじゃないかと思いながら雑に異能を目覚めさせにかかった。


「まず何をするかというと、自分の体の中にある異能を目覚めさせる」

「いのー?」

「まぁ、呼び方は人によって変わるが、魔力とか霊力とかの類だな。人によって多い少ないがあるが……二人はかなり多い。それを自覚するところから」

「わかった。どうするの?」

「俺が魔力を流し込んで二人の魔力を刺激する。どっちからやる?」


 村井が二人を見比べると琴音が先に名乗りを上げた。


「わ、私からでお願いします」

「分かった。かなり苦しいから覚悟してくれ」

「は、はい」

「じゃあ花音、手を放してくれ。かなり集中しないと琴音が苦しむから」


 村井からそう言われてしまえば仕方ない。琴音のために花音は村井から離れた。


「よし、じゃあ始めるぞ……両手を出してくれ」

「はい……!」

「覚悟は決めて、ただ最初から抵抗するとひたすらに苦しいからなるべく受け入れるようにリラックスして」


 難しい要求をされながら琴音は村井に両手を包まれた。そして始まる魔力の伝達。手の先がじんわり温まるような感覚の後、それは訪れた。


「んっ、あッ! い、痛いぃ……」

「もう少し続く。頑張れ」

「う、ぅ……」

「お姉ちゃん、がんばって」


 目を強く瞑って痛みを乗り越えようとする琴音。激しく暴れ出したいと訴える身体を理性で抑え込んで琴音は耐えた。


「……これだな。琴音、抵抗して」

「うあぁッ!」


(一瞬で焼き尽くされたな。これで異能の根源を掴めてたらいいんだが……)


 強い抵抗を受けて村井も少し疲れた。だが、琴音が己の力を理解出来ていなければもう一度だ。村井は確認する。


「琴音、どうだ? 何か掴めたか?」

「わ、分かりません……」

「……じゃあもう一回だな」

「えっ!」


 悲壮な顔つきになる琴音。異能の根源を掴んでいれば琴音が言うような曖昧な表現は出ない。それを教えた上で村井はなるべく優しく琴音に言った。


「まだ余裕があるはず。目覚めるまで付き合うから」

「……ッ。頑張ります」


 何か言いかけた琴音。だが、心配そうに自分を見ている花音を見た後に琴音は決意を固めた目でそう告げた。


(思い出したくない記憶だが、俺の時は御伽林さんに雑にやられて目とか口とかから血を流しながら異能に目覚めたっけなぁ……)


 二度目の探知は楽なため、別のことを考えながら村井は琴音の異能の根源に触れにかかる。彼が考えていたのは村井が異能に目覚めた時こと。彼の異能に目覚めた時の思い出は異能に目覚めた次の瞬間、御伽林の規格外の力の一端を察知して自分の矮小さにがっかりしたというものだ。


(全能感に酔うとか言われてたが、目の前が規格外過ぎて何かもう萎えたよな……)


 それはさておき、今は目の前の少女だ。


 琴音の異能の根源に触れた感じだと、彼女も相当な素質持ちだった。【昏き幽王の眠る町】では戦闘描写のなかった彼女だが、素質は相当に高い。


(ここで二人とも異能に目覚めて鍛えておけば……最悪、昏き幽王が復活したとしても主人公なしで再封印くらいは出来そうだな。既に色んなイレギュラーが発生してることだ。何があるか分からない以上、選択肢は多い方がいい)


 そんな村井の思惑で琴音は力を引き出される。琴音は【昏き幽王の眠る町】本編においてメインヒロインではなかったため、描写も薄く未確定なことが多い。

 あくまでメインヒロインである花音のキャラクターを作るための舞台装置のような役割を担わされた琴音は悲惨な目に遭いながらも花音を愛したという点が重要視されており、本人の心情などの描写は殆どないのだ。

 その代わりに描写されているのが二人の過酷な生い立ちだ。特に、琴音は花音の闇を強めるために花音以上に酷い目に遭っている。

 具体的には本編開始までに両親から虐待を受け、両親が殺害され、カルト集団から誘拐される。その後、流れるように冒涜的な神話体系の代表役者に弄ばれ、信奉者として寿命を奪われた挙句、精神の一部を持って行かれる。そして遅れて現場にやって来た諸角に気に入られて今度は彼に対してあらゆる奉仕をする代わりに生活の面倒を見てもらう。

 これが本編が始まる前の琴音の状況だ。しかも本編が始まってからも酷い目に遭い続けることになるという最悪のおまけつきだ。


(頑張れ……)


 何かよく分からない内に異世界に飛ばされて正気度が擦り減らされるような世界に飛び入り参加させられた自分の境遇も決して良いとは思っていない村井。だが、琴音に対しては自分以上の不幸が来ていると不憫に思っていた。

 そんな理由で昏き幽王の再封印という名目とは別に理不尽と戦う力を与えようとしている村井だったが、その試みは四度目で成功することになる。


「……! こ、これが魔力、ですか?」

「よく出来た。今、琴音が手に纏ってるのが魔力か霊力だ。詳しいことは俺にはよく分からん。俺には実戦で身についた何か不思議な力ってことくらいしか分かってないからな」

「わ、わかりました……これが、異能。お家の周りにもいっぱい、凄いのが……」

「俺が地脈を利用して張ってる分と御伽林さんが自分のテリトリーだと刻んでくれた結界がある。だからここは安全だ」


 そんな説明をしながら村井は次に花音の方を見る。彼女の方は受け入れ態勢万端のようだった。


「おにーさん、だっこ。多分、そっちの方が早そう」

「花音には視えてたのか?」

「何となく分かる。でも、自分のはまだ」

「……分かった。気分が悪くなったら言ってくれ」


 今度は花音を覚醒させる番だ。抱っこをせがんできたので琴音から少し離れて村井は花音を抱き抱えた。


「んふー……」

「琴音の状態を見てるのによくリラックスできるな……まぁ、好都合だからいいが」

「おにーさんは私に酷いことしないって信じてるから」

「……始めるぞ」


 酷いことをしないかどうかは村井にとってあまり触れたくないところだ。そのためその点に触れることなく、村井は花音に魔力を流し込んでいく。


(何だこれ……全然抵抗がない……いや、楽だからいいんだが、大丈夫か?)


 【昏き幽王の眠る町】では主人公の片割れの異能を強制的に目覚めさせる際に花音も異能を目覚めさせた時には非常に苦しんだ経験があると言っていた。しかし、今の花音からはそんな様子は全くない。


「花音、そろそろ触れるが……大丈夫か?」

「うん。きてぇ……」


 何だか蕩けそうな甘い声でおねだりされると妙な気が芽生えてしまう。邪念を振り払い、村井は花音の異能の根源に触れた。


「花音、抵抗を」


 琴音の時と同じように指示を出す村井。だが、花音は指示と違う行動に出た。


「もったいないからもらうね」

「っ! 花音、吸うな!」

「えへへぇ」

「飲むなよ。全く……」


(一回で異能のコントロールが完璧だ……俺の出る間がない)


 呆れながらも花音の能力の高さに驚きの色を隠せない村井。彼女は自分とは異なる魔力を相殺するどころか吸収したのだ。そこまで行くと誰かが教えなければ出来ない芸当のはずだった。

 ただ、出来るからと言ってやっていいかは別問題だ。村井は花音に注意する。


「花音、よその魔力は飲むなよ? 何が混ぜられてるか分からないんだから」

「うん」

「後、いきなり変なことをしない。危ないことの可能性の方が大きいんだからな? 今回は相手が俺だったからすぐに切れたけど、こういうのに慣れてない相手だったら干からびるまで吸ってた可能性だってあるんだ」

「ごめんなさい」


(まぁ多分、これだけ制御出来るならその前に花音の方から切ってるだろうけど)


 取り敢えずは反抗せずに謝ってくれた花音の言葉を受け入れて村井は気持ちを切り替えた。


「じゃあ、今日の修業は終わり。明日は出かけた後にその魔力を身体に巡らせるからそのつもりで」

「はーい」

「……分かりました」


 今日も怒涛の一日だった。村井はそんなことを思いながら今日はもう就寝することにする。表情を暗くしている琴音が少しだけ気になったが、疲労のせいだろうと勝手に判断を下し、取り敢えずは今日も三人揃って同じベッドで眠るのだった。



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