第41話 のこされた者

 鶯王から最後に発せられた言葉は、人の名だった。

 事切れて自らの意思で動けなくなった鶯王の体は、静かに血溜まりを広げていく。

 カナは、シンと呼ばれた男の顔が強ばっていくのを見逃さなかった。


「なぜ、鶯王様がここに……」


 崩れるように膝をつき、地面に爪を立てている。微かに震える体は、怒りからなのか、悔しさ悲しさからなのか、カナにはどうでもよかった。

 おかしてしまった誤ちをとことん悔いるがいい。

 カナは追い打ちをかけるように、恨みがましい言い方を選ぶ。


「避難しているところをそなた達に襲われ、私を庇ったからこんなことになった」


 鶯王を死なせてしまったカナにも、大牛蟹に顔向けができぬと、自責の念が生じてはいる。でも、矢が飛んでこなければ、陛下の軍が攻め来なければ、鶯王が死ぬことはなかったのだ。

 カナはシンを睨みつける。


「そなた達が、鶯王を殺したのじゃ」

「っくそ!」


 シンは思い切り握った拳を地面に叩きつけた。流れ出た鶯王の血が、水溜まりに足を踏み入れたときのように勢いよく飛び散る。まだ温かい鶯王の血を浴び、シンは顔を歪めた。


「貴方の救出が目的だったのに……作戦を考え、大王に説明をして許可をもらい、やっと実行に移せたのに……なのに、なぜ……っ!」


 シンのボソボソとした呟きは、しっかりカナの耳に届いている。シンの胸中に渦巻いているであろう感情は想像できるが、同情する気持ちにはなれなかった。

 かといって、このまま鶯王をこちらの手に預かっておくわけにもいかない。


 カナは鶯王に刺さる矢をポキリポキリと折り始めた。抜いてしまっては、そこからさらに血が吹き出してしまうだろうから。

 カナの行動を不審に思ってか、シンが口を開く。


「なにをしている」

「いつまでも、このままにしておくのは可哀想。矢が長いままでは、運ぶのに邪魔であろう。抜いてしまっては、またそこから血が流れる。可哀想じゃ」


 淡々と答えるカナに、シンはなにも言い返さない。周りを囲む兵達も、手を出してこようとはしなかった。

 力づくで全ての矢を折り、カナはシンを一瞥する。体一つ分後ろにさがり、鶯王の亡骸と距離を置く。


「さぁ、連れて行くがよい。私にできるのは、ここまでじゃ」


 立ち上がろうと足に力を込めるも、後ろに控えていた兵に肩を押さえられた。


「なんじゃ?」


 睨みつけてみたが、動じる様子はない。カナを押さえるように指示を出したシンの目には、悔しさが滲み出ている。


「何卒、我が陣へ。連れ去られてからの鶯王様のことをお聞かせ願いたい」

「断る」


 鶯王から母への伝言はあっても、父に対しての伝言は無かった。

 このままカナが鶯王の母の元へ向かえば、託された言葉は伝えられる。わざわざ敵方の長の元へ向かう義理はない。


「そこをなんとか……お願い致します」

「ここに来てからの様子もなにも、ただ大牛蟹と話をしていただけじゃ。大牛蟹は手荒なことは一切しておらぬ。そなた達が攻めてこなければ、無傷のまま、元気な姿で再び相見えることができたであろうの」


 カナの言葉に、シンは奥歯を噛み締めている。


(もう遅い。悔いたところで、鶯王は戻らぬわ)


 カナは肩に置かれた手を退かし、最早これまで、と立ち上がった。

 風に乗って暴れていた笹の葉は、いつの頃からか姿を消し、山霞のように煙だけが漂っている。


「どうしても、自らの意思で共に参ってはくださいませんか……?」


 シンが手を掲げると、取り囲む兵達の武器がカナに向く。


「怪我をさせたくありません。素直に従っていただきたい」

「ふん、傲慢じゃの」


 壁のようにグルリと囲まれては、逃げ道が無い。

 不本意ながら、カナは渋々、大人しく従うことにした。

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