第192話 霊獣命名


 予定通り、今日は休みをもらい、宮城県で家族旅行をする。

 ただしその前に、親父には一仕事してもらう。


「峡部家当主——峡部 強と申します」


「直接会うのは初めてですね。東部家当主——東部 恵雲です。よろしくお願いしますね」


 当主同士のご挨拶だ。

 3日前まで親父は遠方での任務についていた。よって、2人の交流はビデオ通話一回きり。

 陰陽師界のトップ3にあたる人物を前に、親父は緊張しっぱなしである。


「息子が、大変、お世話になっており——」


「いえいえ、お世話になっているのはこちらですよ。聖君がいなければ東部家の悲願は——」


 御剣様だって日本の重鎮の一人なのだが、やはり恵雲様相手だと話は変わるようだ。

 契約関係は俺が自分で確認してるから、挨拶以上の仕事はない。

 親父は終始緊張したまま挨拶を終えた。


 お次に向かうは俺が泊まっている客間だ。

 ここにはお母様と優也を待たせている。そして何より、親父待望のあの子も。

 

「あの子が僕の霊獣だよ」


「おぉ、これが……小型の龍にしか見えないが……」


 公式の挨拶とあって、さすがに連れて行けなかった。

 俺が部屋に入ると、愛でる2人の手を押しのけてこちらへ駆け寄ってくる。

 愛い奴め。

 待たせてごめんよ。


「甘えん坊さんで可愛いですね」


「お兄ちゃん、この子本当に犬じゃないの?」


 霊獣は“獣”と付くだけに、こちらの世界にキチンと体を持った生き物である。

 霊感が弱い人間でも、その姿が見えることは多い。

 俺がいない間、たっぷり触れ合ったようだ。


 ——♪


「これは……! なるほど、念話とはこういうことか」


「可愛らしい音ですよね。頭の中に声が響いてきますが、これが小雪ちゃんの声なのでしょうか?」


「変な感じがする」


 判明している能力は共有済みである。

 とはいっても、普通に生活していたら分かるものなので、秘密に値しないものばかりだが。


「今は鈴の音色に聞こえるが、いずれは人語を話せるようになるのだろうか」


「さぁ、それはこの子の成長次第だから」


「それもそうだな」


 うちの子は絶賛成長中なので、能力もこれから進化していくことだろう。

 10年引きこもった分、霊獣の成長は目を見張るほど早いらしい。

 見た目も能力もどうなるのか、これからが楽しみである。


 さて、旅行へ出かける前に、やるべきこと第二弾を片付けるとしよう。


「この子の名前を決めよっか」


「うむ」


「そうですね」


「僕の考えた名前がいいと思う。ラッキー」


 先手は優也の「ラッキー」である。

 幸運を意味する名前は、確かに悪くない。

 陰陽師にとって、縁起を担ぐことは大切だ。


「お父さんは?」


「龍」


 曰く、安倍 晴空君が赤竜なので、対抗して龍を挙げたらしい。

 親父にはうちの子が小型の龍に見えることも理由の一つだ。

 空飛ぶタクシーを連想してだろうか。

 なお、現在、世界的に龍の霊獣は存在していない。

 種族名のようなものでも、固有名として使える。

 カッコいいし、有りだな。


「お母さんは?」


「私は断然、小雪ちゃんです」


 お母様は写真を見てパッと思いついた名前を一貫して主張している。

 最初から仔馬に見えるあたり、お母様には幻惑耐性的な能力があるのだろうか?

 ただし、名前に馬要素は何も含まれていない。

 ただただうちの子の可愛さを表現した名前は、それもそれで有りだと思う。


「最後は聖だが、候補は決まったのか」


 大本命である俺の案だが……候補が多すぎて絞り込めずにいた。


 最強の陰陽師のパートナーなのだから、かっこいいものがいい。でも、今のこの子は可愛らしさMAXだ。能力を考えてそれらしい名前をつけるのも有り。外見から既存の生物は当てはまらない。苗字と一緒に読んだら響きはどうだろうか。画数はどうしよう。性別不詳ならユニセックスな名前の方が……。


 などなど、勘案すべき事項が多すぎる。

 ゴチャゴチャ浮かぶ幾多の候補が頭の中を駆け巡り、決めきれずにいた。

 気分はまさに、子供の名前を考える父親だ。

 家族の案を聞いたら方向性くらい決まるかと期待していたのだが、結局悩んだままである。

 うーむ、どうするか。


 ——♪


 そんな時、可愛らしい鳴き声が頭の中に響いた。

 それは頭の中の混沌に一条の光を齎し、一つの名前が口を突いた。


サトリ


 ——♪♪♪


 一際大きな鳴き声が脳内に響く。

 不思議なつながりから、嬉しそうな感情が伝わってくる。


「本人の望む名が一番か」


「やっぱり、お世話してくれていた聖のことが一番好きなようですね」


「ラッキー、いいと思うんだけどな」


 家族の皆もサトリの気持ちが分かったようだ。

 ある意味出来レースな名付けイベントが終わった。


 「覚」とは、一般人には“人の心を読む”と伝えられている妖怪の名前だ。

 実際は妖怪ではなく、大昔の中国で一度生まれた霊獣なのだが、その霊獣に関する正確な記録はどこにも残っていない。

 能力が特徴的すぎて、容姿なんかの記録は失われている。

 そのせいで、妖怪などという誤った知識が広まったのだろう。


 俺がこの名前を選んだ理由は、うちの子の“見る者の望む姿を見せる能力”である。

 やはり、何よりも大切なのは俺とこの子の安全だ。

 これから先、人に狙われた際の安全を考えたら、恵雲様の忠告通り力を隠すべきである。

 ならば、最も印象に残りやすく、既にバレている力を公表した方が良い。

 覚と聞いたら、俺について迂闊なことは考えられないと警戒するだろう。実際にそこまでの能力はないとしても。

 そして、覚の正確な姿は誰も知らない。

 名前だけでいろいろな布石を打つことができる。


「よし、お前に名前を授けよう。峡部 さとり——末長くよろしく頼むよ」


 ——♪


「新しい家族が増えましたね」


 これでようやく、旅行前にやるべきことが完了した。

 いや、もう一つあった。


「サトリを旅行に連れて行くには条件がある」


 ——?


「周りの人に、犬という名の動物の幻影を見せるんだ。優也に見せている奴。それを他の人に見せるんだ。わかる?」


 俺は何とか伝えようと、あらゆる手段を用いた。

 声、ジェスチャー、触手、アイコンタクト、スマホの写真、しかし、やはり伝わらない。

 構ってもらえて嬉しい、という感情しか返ってこない。


「仕方ないか」


 これから行くのは観光地である。

 霊感のある人がいた場合、この子がどう見えるか分かったものではない。

 無用な騒ぎを起こしては東部家にまで迷惑がかかってしまう。

 それは避けたい。


「このままだと、サトリにはお留守番してもらうしかないな」


 ——!


 俺がつぶやいた瞬間、その姿が変わった。

 優也が見ているというゴールデンレトリバーの姿だ。


「置いていかれるのが嫌だったのか? よしよし、良くやった! これでサトリも一緒に旅行に行けるな」


「ゴールデンレトリバーに変身しましたね」


「目を離したつもりはないのだが……」


「えっ、何かあったの?」


 三者三様な反応を見せたサトリの能力。

 やはりうちの子は優秀だ。

 ただ、俺も周りと同じように見えているというのは……ちょっと……複雑。


「俺にだけ本来の姿を見せることはできる?」


 ——♪


 さすが俺のパートナーだぜ、分かっていらっしゃる。


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