第193話 家族旅行 前半

 そしてついに、出発の時が来た。

 旅行中の移動手段は車である。

 当然、峡部家のものではない。


「わたくしが本日の運転手を務めさせていただきます。どうぞ、何なりとお申しつけください」


 恵雲様が車を手配してくれた。

 運転手付きで。

 契約には『契約期間中、乙の生活において必要なものがあれば甲が全て用意する』とあったが、家族旅行への適用は拡大解釈ではなかろうか。

 恵雲様の俺に対する期待が大きすぎる。

 これは仕事で返すしかあるまい。


 まず最初に向かうのは、親父希望の「地底の森ミュージアム」だ。

 かなり渋いチョイスだが、世界で唯一旧石器時代の環境をそのまま見られる博物館といえば、その凄さが伝わると思う。

 焚き火の跡や石器、動物のフンまである。

 こんな街中に、よく残っていたものだ。


「ほぅ……」


 親父が興味津々で見学していた。

 峡部家も長く続いている御家なので、長い歴史を感じるものに関心を持っているようだ。

 同族意識というか、歴史あるものへの敬意というか。

 俺も一緒になって観察していく。子供の頃の社会科見学は退屈だったが、大人になるとこういうものに興味が出てきたりするのだ。


「お父さん、これを素材に道具を作ったら、どうなるんだろう」


「ここからではあまり力を感じないが、凄いものが出来そうだ」


「父子ですね」


 お母様が仕方がないと言いたげな笑顔で言った。

 2時間じっくり鑑賞していると、優也がお母様の耳を借りる。


「まだぁ?」


 ——♩


 優也とサトリは退屈そうだった。

 子供には面白くないよね。

 大人が子供に気を使わせてしまってどうする。

 次へ行こう。


 次のターゲットは宮城名物の笹かまだ。

 向かう先は優也が行きたがっていた笹かま館。

 自分で笹かまを作って食べられる、体験型の施設だった。


「美味しい!」


 焼きたてという時点で美味しいに決まっているが、手作りによるエンハンスも加わってさらに美味しい。

 優也の最高の笑顔を捉えてパシャリ。


「運転手さん、撮影までしてもらってすみません」


「いえいえ、聖様。お気になさらず。これも仕事ですので」


 運転手さんが本日の撮影係も兼任する。

 運転手というより秘書的な立場のようだ。

 恵雲様に聞きたい。この人の人件費いくらですか?

 思い出の記録をたくさん残してもらいながら、俺たちの観光は続く。


 さらに移動して、お母様希望の仙台万華鏡美術館へ。

 埼玉の日本万華鏡美術館にも行ったことのあるお母様は、アンティーク品に目を輝かせていた。


「聖、これも綺麗ですよ」


「本当だ」


「ほら、優也も見てください」


「キラキラしてる」


 SNS映えする大型展示を満喫して、本日の観光は一旦終了。

 奥州3名泉に数えられる鳴子温泉郷の宿に泊まり、旅の疲れを癒した。

 観光案内のパンフレット曰く、源義経ゆかりの温泉らしい。


 〜〜〜


 宮城旅行二日目。

 朝一番に向かうのは、松島である。

 旅行シーズンの今、早く向かわないとかなり混むらしい。

 さすが地元のドライバーさん。詳しい道路事情を知っている彼は頼りになる。


「松島に行きたいなんて、聖らしいですね」


「日本三景の一つで、松尾芭蕉が感嘆するほどだよ。一度は行ってみたいと思うでしょ?」


 前世では一度も行かなかった。

 マップを見れば大体わかるし、3D映像で十分満足できるし、何より一人では現地へ行く気力が湧かない。

 家族がいるからこその行動だ。

 陸から眺めたのち、遊覧船に乗る。

 仁王像に似ている仁王島や、寄り添う夫婦のような夫婦島など、たくさんの島を見ることができた。


「パンフレットによると、仁王島は見る人によって何に見えるか違うらしいよ」


「あら、まるでサトリちゃんみたいですね」


 ——♪


 最後に向かったのは竹駒神社である。

 日本三稲荷に数えられており、人間の定めた評価基準において、とても格の高い神社なのだ。

 竹駒神社では三柱の御祭神が祀られている。


 稲作・農耕・商工業の神である、倉稲魂神(うかのみたまのかみ)

 五穀豊穣・食物の神である、保食神(うけもちのかみ)

 養蚕・生成発展・縁結びの神、稚産霊神(わくむすびのかみ)

 この三柱をまとめて竹駒稲荷大神と呼ぶ。


 参拝するにあたって、御祈祷の予約も入れてある。

 しっかり挨拶する予定だ。


 車を降りる前に、サトリには少し離れると伝えておいた。

 サトリは良い子だが、さすがに神の御前で何かやらかしたらマズい。

 ペット連れ込み禁止のルールに従い、参拝中は待ってもらうことにした。


「運転手さんと一緒に、良い子で待っているんだよ」


 ——♩


 鈴のように澄んだ鳴き声も、今ばかりはしょんぼりしている。

 後ろ髪を引かれながら車を降りると、すぐそばから俺の名前を呼ぶ声が。


「えっ、聖君!?」


「美月お姉さん? どうしてここに?」


 聞き覚えのある声に振り返れば、そこにいたのは美月さんと飼い犬のヨンキだった。

 移動しやすいパンツルックの彼女だが、まさか犬の散歩に来たわけではあるまい。

 なぜ家から遠く離れたこの神社にいるのだろうか。


「わ、私は、小説を書くために、東北の建物を観光しているの」


 取材旅行というやつだろう。

 ヨンキも一緒とはいえ、一人でこんな遠くまで……。

 美月さん、順調に回復しているなぁ。

 よかったよかった。


「聖君は?」


「僕は家族旅行に」


「そう、それはいいわね」


 子供らしい口調を意識しつつ会話していると、お母様が隣へやってきた。


「聖君のお姉さん?」


「あら、嬉しい勘違いですね」


 お母様がご機嫌そうに返す。

 客観的に見てもうちのお母様は綺麗だが、やはり若く見えるのは嬉しいのだろう。


「僕のお母さんだよ」


「お、お義母さま?! あっ、失礼しました。私、聖君にお祓いしていただいた藤原 美月と申します」


「これはご丁寧に。聖の母、峡部 麗華です。息子がお世話になっております」


 一通り挨拶したところで、美月さんの関心は俺の隣に移った。


「聖君、犬を飼い始めたの?」


「サトリって言います」


 注目を浴びたサトリは、美月さんのヨンキと鼻先を合わせている。

 美月さんの目には、サトリがゴールデンレトリバーに見えていることだろう。


「可愛い。もう仲良くなったみたい」


 それはどうだろう。

 伝わってくるサトリの感情からして「この生き物はなぁに?」と思っていそうだ。


「サトリちゃん初めまして。また今度会ったら、ヨンキと遊んであげてほしいな。あっ、家族旅行の邪魔をしてしまってごめんなさい。それじゃあ、聖君、またね」


「ちょっと待って」


 美月さんを呼び止め、ちゃんと御守りを携帯しているか確認した。

 一度御守りを預かり、美月さんへ返す。


「持っててくれて良かった。霊力を追加で入れておいたから、旅行中は問題なく使えるよ」


「ありがとう、聖君。これがあれば私、何も怖くない」


 そんな大袈裟な。


「……さっそく稚産霊神(わくむすびのかみ)様のご利益がごにょごにょ。それじゃあ聖君、お義母様、失礼します」


 美月さんは御守りをギュッと胸に抱き、次の目的地へ向かった。


「お兄ちゃん、さっきの人誰?」


「お客さんだよ」


「ふーん」


 優也と親父は離れた場所で待っていてくれた。

 親父は美月さんの事情を知っているから、接触を控えたのだろう。


「元気そうだったか?」


「うん。一人で旅行できるくらいには」


「そうか」


 思わぬ出会いも旅の醍醐味。

 夏詣仕様の風鈴が飾り付けられた参道を進み、本命の参拝に向かう。

 境内にはたくさんの参拝客がいた。


「今日は何かイベントがあったっけ?」


「ない」


 親父曰く、有名どころとなれば、平日でもこれくらい人が集まるらしい。

 智夫雄張之冨合ちふぉちょうのふあい様の神社では見られない光景だ。

 参拝者の短い列に並び、順番がやってきた。

 賽銭箱の奥に祝詞が書かれているではないか。

 二拝して祝詞を呟く。


「この神社に鎮まります大神を始め、八百万神々等祓い給へ、清め給へ、守り給へ、さきはへ給へ」


 二拝二拍手一拝。


 心の中で神様へ挨拶した。

 危険な陰陽師家業、神の御加護はいくらあっても足りない。

 少しでも好感度を稼いでおかねば。


「そろそろ時間だ」


 親父が先導し、俺達は御祈祷を受けに控え室へ移動した。

 すぐに拝殿の中へ案内され、改めて心の中で御挨拶しながら御祈祷を受ける。

 なお、祈祷初穂料 で3万円以上支払ったので、祝詞奏上の後に巫女の神楽舞が奉奏された。

 御祈祷が終わると、陰陽師関係者の参拝ということで、宮司さんがわざわざご挨拶にいらっしゃった。

 ……関係者というより、札束の厚みが関係しているのかもしれないが。


「拝殿の右手に鳥居がありまして、その先に奥宮と命婦社がございます。そちらもぜひ、ご参拝ください」


「これから参拝させていただきます」


 宮司さんの言葉通り、拝殿の裏手にもお社があった。

 なんとも不思議な配置で、マップを見なければ気づけない場所である。

 先に奥宮へ参拝し、続いてすぐ側の命婦社へ向き直ると——。

 

「あれ?」


 おかしい。ありえない。

 なぜか、サトリが、目の前に、いる?


「サトリ?」


 ——♪

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