第191話 調子に乗ったイタコ
青森一の降霊術使いと名高い
治療は順調に進み、彼を苛んでいた苦痛は早々に治癒していた。
これも黒い勾玉のおかげである。
使ったそばから霊力を補充してくれるので、ジョンの治療が予定よりハイペースで進んでいるのだ。
『あぁ、そうだ、俺は——テロリストに撃たれたんだ』
その甲斐あってか、ジョンは
『あの野郎、女の子に向かって銃を撃ちやがってよぉ』
「そうかいそうかい、それはテロリストが悪いねぇ。じゃあ、降ろすよ」
典子は待ちきれないとばかりにジョンを憑依させた。
そして漲る無限の霊力。
干からびた体に血が通うような、若返った気さえする万能感。
「あ〜気持ちいい。病みつきになるねぇ」
野良幽霊による大事件……絶対に同じ轍は踏まないと決めていたのに、その決意も強大な力の前には無力だった。
鏡の前に立つ彼女は自分の顔を繁々と見つめ、感嘆のため息をつく。
「はぁ〜。また綺麗になったんじゃないかい?」
ただジョンを憑依させ、治療するだけのはずなのに、長士の顔はだらしなく緩んでいる。
表情だけでなく、その顔には変化が現れていた。
シワが減って肌のハリが戻り、シミが薄くなっている。
美容整形を受けたわけではない。
これもまた、黒い勾玉のおかげである。
しかもこれ、憑依を解いても元に戻るようなことはない。
「あぁ、いいねぇ。この感じ」
ひとしきり美容効果を確認した彼女は、満面の笑みで外出の支度を始める。
化粧のノリが良く、さらに機嫌が良くなった。
「さて、そろそろ行こうかね」
長士は道具袋を手に外へ出る。
当初の予定では、霊力を全て治療に使い、残りの時間は休養するしかないはずだった。
だが、無限の霊力によって計画は変更となる。
人は慣れる生き物である。
最初の一週間は恐る恐る使っていた霊力も、デメリットがなければ遠慮なく使い出す。
「さてさて、今日の獲物はどちらかねぇ」
普段の長士なら、周囲を油断なく見渡し、妖怪の不意打ちを警戒したことだろう。
しかし、今の長士にはそんなことをする必要がない。
ビービービー!
「脅威度4。ちょうど良い、いっちょもんでやろうかねぇ」
どこぞの転生者ならいざ知らず、一般的な陰陽師にとって、脅威度4は命懸けの戦いをする相手である。妖怪の平均的な強さが上がっている現状、その危険性はさらに増している。
そんな相手の出現予告に対し、長士は余裕の表情で現地へと向かう。
老婆とは思えない健脚で向かった先では、既に妖怪が発生していた。
現場では三人の陰陽師が戦っている。
成人したばかりの若い男が二人と、見知った顔の老婆が一人。
「焔柱之陣!」
「婆ちゃんナイス! すまん、そろそろ交代してくれ!」
「わかった。おいゴリラ、こっちだ!」
若人が前衛を務め、イタコが後ろからデカい一撃を放つ。青森県で見られる独特な戦闘スタイルだ。
しかし、殺人型妖怪の一撃が重く、前衛を務めている陰陽師達の限界が近い。
このままでは10分もしないうちに均衡が崩れるだろう。
長士は戦況を確認し、悠々と戦場へ飛び込んでいく。
「うぅ〜ん。苦戦してるねぇ。手を貸してやろうか」
「見て分からないか?! 援軍ならさっさと手を貸しな!」
イタコが吠える。
担当区域が隣り合っていることから、二人はちょくちょく共闘している。
年齢も同じであり、互いにライバル意識を持っていた。
そんな相手が逼迫した戦場に現れ、のんびりした口調で煽ってきたなら、そりゃあ苛立ちもする。
先ほど効果を失った陣を別の場所へ作り直しているイタコを責める者はいない。
「やれやれ、歳をとるとせっかちになっていけないねぇ」
(てめぇもババアだろうが!)
長士が担当地区を跨いで援軍に来てくれたことに、イタコも内心で感謝している。
だが、やたら癇に障る長士の口調に苛立ちを隠せない。
それでも口にしなかったのは、妖怪の猛攻に返す余裕がなかったから。
そんなイタコの耳に、さらに傲慢な台詞が聞こえてくる。
「アタシの真の力を見せてやるよ。急急如律令——焔之札」
獣の姿を取る妖怪は火に弱いものが多い。
故に、札のチョイスに間違いはない。
しかし、イタコはライバルの舐めプとも言える攻撃につい口を開いた。
「何やってんだい! 詠唱もせず、印も結ばず、ただの札で攻撃するなんて! 陣を描く時間くらい稼いでや——」
「ギャアオオオオ!」
「——るよ……って」
若人達とイタコは目を見開いた。
戦場で隙を晒すのは愚の骨頂だが、それも仕方ない。
簡易的な攻撃だけで、脅威度4の妖怪に致命傷を与えたのだから。
「ふん、アタシに掛かればこんなもんさね。トドメは若いのに譲ろうじゃないか」
「いいんすか? それじゃあ、お言葉に甘えて」
共同討伐におけるトドメは、当然報酬分配に影響を与える。
つまり、長士は報酬を分けてあげたことになる。
虫の息である妖怪はそのまま退治され、無事に戦いは終わった。
敵の強さを考えれば、全員無傷で勝てたことは奇跡と言ってよいだろう。
「あんた、なんだいその力は!」
イタコは驚愕から復活して早々、長士へ詰問した。
長年ライバル関係にあるため、互いの実力は嫌というほど知っている。
長士は青森一の降霊術使いと呼ばれているけれど、戦闘力自体に大きな差はなかった。
「言ったろ。アタシの真の力だって。運良く新しい力に目覚めたんだよ」
「そんな都合のいい話、あるわけないだろう? 悪魔に魂でも売ったのか? まさか、禁忌に手を出したんじゃ……」
「そんなわけないだろ。工藤様に顔向けできないような真似はしないよ」
イタコ互助会の取りまとめ役である工藤から依頼されて、ジョンを降霊させているのだから、嘘ではない。
長士は面倒な追及をさっさと退け、三人にドヤ顔を向ける。
「アタシが間に合ってよかったよ。でなきゃ、そこのババアは死んでたろうね」
「ぐぬぬ」
イタコは歯噛みするしかなかった。
脅威度4の中でも強力な個体であったことは間違いなく、三人とも殴り殺されていた可能性が高い。
特に、前衛を務め、経験不足故に最も危険だった若人ニ人にとって、長士は救いのヒーローである。
「すごいっす!」
「マジカッコいいっす!」
「褒めたって何も出ないよ」
これこそまさに、長士の求めたもの。
掛け値なしの賞賛の言葉と、尊敬の眼差しは、彼女の承認欲求を満たした。
調子に乗った彼女は豪語する。
「また強い敵が出たらアタシを呼びな。すぐに倒してやるよ」
「本当っすか?!」
「頼もしいっす! 美人なイタコ先輩が来てくれれば百人力っすよ!」
「あっはっはっは。アンタら戦闘でお腹空いたろ。若いのはたくさん食べなきゃ。いい店知ってるから、ついてきな」
「「ごちになります!」」
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