第189話 封印解除
恵雲様に連れられて山奥へと向かう。
その目的はもちろん、人類の敵、脅威度6弱の再封印である。
5と6には明確な差がある。
それは、妖怪の発生と同時に大災害が起こるか否か。
単純な戦闘能力は言わずもがな、発生した段階で多くの人を不幸にするのが脅威度6である。
「君が緊張している姿を見るのは初めてだね」
「それはそうですよ。脅威度6どころか、脅威度5も見たことがないですから」
指南書曰く、脅威度5が出るのは稀なこと。脅威度6は年に一回現れるかどうかといった存在である。現れたらその日のうちにニュースになるレベルだ。
……近年はその常識も通用しなくなってきたようだが。
それに加えて、霊獣をお留守番させているのが心配でたまらない。別れ際、かなり悲しんでいた。
とはいえ、生まれたばかりの霊獣を危険地帯へ連れて行くわけにもいかない。決めたのは俺である。帰ったら存分に甘やかそう。
「荒御魂と戦ったことがあるじゃないか」
「あれは変な雰囲気を発してはいても、陰気は垂れ流していなかったので」
思い出されるのは、御剣家での合宿。クラゲ妖怪の陰気を身に受けたことで、思考が混濁したあの記憶だ。
あれ以来、災害型の妖怪は遠距離から即殺するようにしている。
そして、脅威度5からはどの妖怪も陰気を垂れ流すので、今日の妖怪も当然警戒が必要となる。
【陰陽庁 脅威度指標】
5弱:妖怪が存在するだけで周辺の人間が不調を感じる。地域の家が総動員して当たる災害クラスの妖怪。国家機関が介入する。
5強:妖怪が発生した時点で死人が出る。霊力の高い陰陽師しか対峙できない。国家陰陽師部隊が到着するまで耐えろ。
6弱:完全なる災害。広範囲で人の命が脅かされる。付近の陰陽師は対処義務が発生する。これ以上は国家規模で戦わなければならない。
6強:並の陰陽師では近づくことさえ敵わない。歴史に残る大妖怪。他国へ協力要請を出す。
7:人類の敵。国という括りを超えて対処すべき存在。
脅威度5クラスは震度4の地震を伴うなど、小規模な災害を起こすこともあるが、発生地点でもなければ死者数は少ない。その後に妖怪が暴れることで被害が増加する。
脅威度6強はこれまでの歴史でも数回しか現れたことのない天災である。
脅威度7に至っては神話の存在であり、念のため作られた階級にすぎない。
つまり、脅威度6弱というのは、人類が明確に対策を施さなければならない最大レベルの脅威である。
「封印を解除しても、災害は起こらない。妖怪発生時点で一度起こっているからね」
「そして、戦闘開始のゴングを鳴らすのは、こちらの準備が整ってから。東部家の封印術はすごいですね」
「ははは、褒めても何も出ないよ」
山奥へ向かう道中、俺と恵雲様は車に揺られながら会話している。
話題は当然、これから見学する戦闘の流れについてだ。
「やることは単純さ。一撃加えて、再度封印を施す」
「倒してしまった方が良いのでは?」
「私もそう思うよ。でも、限界に達している封印が3つあるんだ。いずれも脅威度6弱。急ぎそれらの力を削がなくてはならない。今回の攻撃で運よく倒れてくれれば、助かるのだけれど。それはないだろう」
俺達の後ろを走る車列には、アタッカー役を務める東北陰陽師会の腕利き達が詰まっている。
通常業務をこなしつつ、3ヶ月連続で脅威度6弱とも戦うため、力を温存しないといけないそうだ。
俺みたいに精錬して霊素をストックできるならいざ知らず、普通の陰陽師からすれば霊力が何度も空になる苦行である。
そして、その苦行を最悪な形で背負うのが塩砂家である。
「人的資源としても、財政的負荷としても、力を分散せざるを得ない状況なのだよ。……ままならないね」
「あぁ……けーうん?」
「満兄さん。どうしましたか?」
車には塩砂家当主の満様も同乗していた。
先ほどまで一時的に意識を失っていたのだが、運の良いことに回復したようだ。
恵雲様は手話を使って満様と会話する。
今の満様は、長年にわたる怨嗟之声によって発音が怪しくなっており、複雑な会話はできないらしい。
「起き抜けにすみません。お願いします」
聞こえないとわかっていても、口に出さずにいられなかったようだ。
恵雲様が満様と打ち合わせを終え、こちらに向き直る。
「攻撃の要は満兄さんが対応する。良かったよ。詩織ちゃんを頼るのは忍びないからね」
今回は当主の満さんが動けるので、彼が戦うことになる。
しかし、彼の意識がないときは、詩織ちゃんが対応せざるを得ない。
万が一、詩織ちゃんの一撃で妖怪が退治された場合……怨嗟術による力の吸収は詩織ちゃんへ向かう。
それは詩織ちゃんの副作用悪化にもつながり、できるだけ避けたいケースである。
「どちらにせよ、問題の先送りにしかならないけれど……満兄さんの願いでもある。せめて、教育がもっと進んでからにしたい」
そもそも、満様が妖怪を倒したところで、彼が亡くなれば怨嗟術で取り込んだ力は詩織ちゃんへ一気に継承される。
今も少しずつその力が流れ込んでおり、副作用が悪化していくのもそのせいらしい。
副作用に苦しむのが今になるか、後になるか、それだけの差だ。
本当に、救いのない話である。
[関係者以外立ち入り禁止]
山奥の国有地に、高いコンクリート壁で囲まれた怪しい場所があった。
万が一にも人が入り込まないよう、周囲の木々は伐採され、有刺鉄線が張り巡らされている。
まるで監獄のようだ。
「目的地についた。私達は準備を始める。聖君は壁の外で、詩織ちゃん達と休んでいてくれ」
「準備するところを見学させてもらってもいいですか?」
「あまり面白いものでもないけれど……。いいとも」
壁の内側には、草の根一つ生えていない。
雑草どころか、生命の気配が全くしない。
封印されているモノがモノだけに、土地ごと影響を受けているのかもしれない。
中心には小さな祠が建てられており、そこに目的のブツが収められているのだろう。
「さぁ、仕事だ」
恵雲様がまっすぐそこへ向かうので、俺もついていく。
すると、そんな恵雲様を守るように、東北地方の武士達が素早く陣形を組む。
彼らは東北の武士の精鋭であり、武士の話題になれば「御剣家とどちらが強いか」という議論が尽きない相手である。
今この瞬間に妖怪が封印を破壊して襲ってきても、彼らに守ってもらえるだろう。
腰高の祠は鎖で厳重に縛られており、鍵がなければ開きそうもない。
部外者に悪戯されないよう徹底している。
「いつの時代も不届者は尽きないけれど、最近は迷惑系配信者という者が現れてね。こんな山奥までわざわざやって来るんだよ」
10年ほど前、衛星写真で山奥の不自然に開けた私有地を見つけた配信者によって、封印を壊されかけたらしい。
鎖はその対策なのだという。
説明と共に祠の鎖が解かれ、扉を開いた。
祠の中には、桐箱に鎮座する黒い勾玉が一つ。
「それが妖怪を封印している器なんですね」
「そうだよ。……間に合ってよかった」
霊獣品評会で聞いた話では、この器は玄武の宝石でできているそうな。
玄武の甲羅にある宝石は半月に一個のペースで代謝されるらしい。
緑色の宝石を削り、勾玉の形にしたものが、封印術の要たる器となるのだ。
封印術を秘術とする恵雲様にふさわしいパートナーなのである。
しかし、恵雲様の手にある勾玉は変色していた。
「黒いですね」
「限界が近い証拠さ。いつ内側から破られるか分からない。——準備を始めろ!」
「「「はっ!」」」
子供相手ということで俺には優しくしてくれているが、恵雲様は紛れもなく東北地方のトップ。
彼の指示により、数多の陰陽師達が迅速に動き出した。
「儀式道具はここに置いておくぞ」
「第1班は攻撃準備。第2班は道具の確認。第3班は儀式の準備だ」
「陣を刻め! 間違えるなよ!」
「第1班の準備完了。各班交代!」
「ボヤボヤすんな! キビキビ動け!」
東北の陰陽師達により、小さい陣と巨大な陣が描かれていく。
一つは封印を解除する陣。
もう一つは今回改めて封印するための巨大な陣である。
「各班交代。第2班は攻撃準備に入れ」
「陣の構築完了しました。確認お願いします」
「図形ヨシ! 文字ヨシ! バランスヨシ! ダブルチェックお願いします」
「最終確認ヨシ! 恵雲様、霊力をお願いいたします」
「分かった」
工事現場のように慌ただしい空気のなか、三十分ほどで準備は整った。
東部家を中心とする対封印戦闘部隊が配置につく。
その動きは淀みなく、これまで何度も繰り返されてきたことが見て取れる。
「聖君、見ていてくれ。これから始まるのが、長年続けている東北の戦いだよ」
“日本最強”を擁する東北陰陽師会——そのトップである恵雲様の言葉には、日本の守護者たる自負が感じられた。
俺は彼の指示に従い、敷地の入り口まで後退する。
パイプテントの下で待機している詩織ちゃんとお世話係さんに混ざり、戦いを見守る予定だ。
「それでは、封印を解除する。準備はいいかな?」
「「「おう!!!」」」
恵雲様が陣の端に立ち、呪文と共に印を結び始める。
「堅牢なる大地の封印を解きほぐし、隔絶されし悪意の化身を——」
第1班と呼ばれた大人達が陣の周囲を取り囲み、即座に攻撃できるよう構えている。
その外周に第2班、さらに外周に第3班が控えており、いつでも攻撃できる陣形となっている。
戦場の空気が俺のところまでやってきて、否応なしに緊張させられる。
戦闘はすでに始まっているのだ。
封印解除の詠唱は思いのほか短かった。
「——解!」
戦場全体へ伝わる大きな声が、戦闘開始の合図となった。
封印が解かれると同時、勾玉から黒いモヤが噴き出す。
それは瞬く間に巨大な陣を埋め尽くし、陰陽師達の視界を奪う。
「妖怪の顕現を確認! 攻撃開始!」
第一班が一斉に行動を開始する。
地面に描かれた陣には霊力が込められており、詠唱も完了済み。陰陽師達の意思一つで次々と攻撃が繰り出される。水の弾丸や氷柱が黒い靄の中へ飛び込んでいく。
続けて巻き起こる衝撃波により、黒い靄が吹き飛んだ。
そしてついに、妖怪の姿が露わになる。
「うわ……」
思わず声が漏れるほど、その妖怪が放つオーラは悍ましかった。
道中で聞いた話によると、体高20m、推定災害型、発生時には近くの火山を噴火させ、広範囲で死傷者を出したという。その年には日照不足に加えて“やませ”による冷害も引き起こしており、多くの人々に不幸を齎した。
脅威度6弱の大妖怪——「蔵王之癇癪」
二十年ほど前に封印されたばかりの大妖怪が姿を現した。
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