第188話 希望の光


 霊獣品評会の翌日。

 俺は恵雲様と朝食を共にすることとなった。

 前回と同じく、大広間には2人きり。朝食には岩手県産の食材が使われている。

 味噌汁で喉を潤した恵雲様が口を開く。


「本当は昨日のうちに時間をとるつもりだったんだ。でも、客人対応で忙しくてね」


「お疲れ様です」


 子供に労われた滑稽さに苦笑しつつ、恵雲様は早々に本題に入る。


「君の霊獣について、少し話をしたかったんだ。うん、良い関係を築けているようで何より」


 俺の隣に寄り添うように、うちの子が立っている。

 生まれて30分後には自らの足で立てるようになり、それからは行く先々についてくる。

 俺の意識が自分に向いたのが分かると、途端に頭を押しつけてきた。


(よしよし、もう少し大人しくしててね)


 可愛い。

 こうしていると、幼少期の優也を思い出す。

 もうめっきり甘えてこなくなってしまった我が弟。行き場を失った愛情を持て余していたところへ、この仕草である。

 もう無理。うちの子を戦闘に出すとか考えられない。

 前衛は鬼にやってもらおう。そうしよう。


「お話したいことって、昨日、この子の真の姿を隠そうとしたことですよね」


「そのとおり。私の予想が正しければ、君の霊獣は“見る者の望む姿”を見せてくれる。それはきっと、多くの者の希望となる」


 誰にとっての希望だろうか。

 妖怪被害者?

 いや、妖怪と戦う陰陽師にとってか?


「しかし、正体が明らかになれば、その幻影も解けてしまう。私はそれを避けたかった」


 謎だからこそ、人はそこに可能性を見出せる。

 お色気シーンで局部が謎の光に隠されるからこそ、想像を掻き立てられる。それと同じだ。

 恵雲様は続けて言う。


「そして何より、君の新しい切り札を解明されるのはいただけない。陰陽師の敵は何も妖怪だけではない。同業者や他国の人間が謀略を仕掛けてくることもある。これから活躍すること間違いなしな君の情報を、むやみやたらに広めるべきではない」


 “ターゲットの近くには正体不明の霊獣がいる”


 その事実は敵対者にとって警戒すべき要素となる。

 ひと目見たところで、それが警戒すべき存在かどうかすら判別できないのだから。

 なるほど、想像するだけで厄介だ。


 とはいえ、これらの心配は全て、俺が有名人になってからすべきことである。


「僕のことをずいぶん高く買ってくれていますね」


「謙遜することないじゃないか。あの安倍晴明に注目されているんだよ。若干10歳でいくつもの功績を上げている君は、既に重要人物の一人だ。次代を担うのは間違いなく君たちだろう」


 今の俺はまだ、知る人ぞ知る不思議な子供陰陽師ってところだろう。

 将来的に活躍すれば、命を狙われるなんてこともある……のか……?

 政治家が暗殺される世の中、不都合な存在として認識されれば何があってもおかしくないか。


「ご忠告ありがとうございます」


「ははは、こんな話をして冷静に受け止めてくれる子供は、君くらいなものだよ」


 ここまでは霊獣品評会に関わる出来事。

 このためだけに恵雲様が朝の時間をとるとは思えない。

 本当に話したかったことは次だろう。


「さて、そんな将来有望な君に提案がある」


 ほら来た。


「なんでしょうか?」


「近々、脅威度6弱の妖怪の再封印を行う。君に、その場へ見学に来てほしいんだ」



 ~~~



 恵雲様の提案により、今日も休みとなった。

 曰く『霊獣とコミュニケーションをとる時間が必要だろう』とのこと。怨嗟之声によるダメージも考慮してくれたのかもしれない。

 お言葉に甘えて霊獣を目一杯甘やかすことにした。


「よ~しよしよし。なんだ、そんなに嬉しいのか? お~よしよし。ほら、背中もなでてやるぞ」


 仔馬サイズの霊獣が全身を擦り付けてくる。明確な愛情表現を受け、俺もそれに応える。

 全身を覆う短い白毛が心地よい。

 詩織ちゃんが霊獣品評会へ行きたがった理由がよく理解できた。


「うーん、あれ? ほぅほぅ。なるほどなるほど」


 全身を撫で回すと、特殊な身体的特徴が確認できた。

 目も口もピッタリ閉ざし、絶対に開けようとしない。そもそも開くのかすら分からない。

 唯一、垂れ耳だけは捲らせてくれた。柔らかくて気持ちいい。なお、耳の穴はなかった。

 もしかしたら、この子は目も耳も鼻も口もない種族なのかもしれない。

 感覚器官を持たないのにどうやって俺を認識できているのか、どうして平衡感覚を保ち俺の後ろをついて来られるのか、うちの子は謎に満ちている。

 これから日本の歴史に名を残す男のパートナーとして相応しい霊獣である。

 唯一残念なのは、美味しいものを一緒に食べられないことだろうか。


「あぁ、ごめんごめん。ちょっと考え事をしてた。よぉ~しよしよし」


 俺が客間でムツゴロウ化していると、昼過ぎに襖を叩く音が響く。


「こんにちは」


「お邪魔いたします」


「詩織ちゃんに東部さん、こんにちは。とりあえず、中へどうぞ」


 勝手知ったる他家の客間。

 2人を部屋に招き入れた俺は、押入れの座布団を取り出して並べ、用件を伺う。


「峡部様、お休みのところ申し訳ございません。詩織様に少々霊獣を見せていただけないでしょうか」


「構いませんよ。ただ、うちの子が嫌がったら止めてくださいね」


「承知しております。詩織様、撫でても大丈夫ですよ」


 お世話係さんがジェスチャーで許可を出すと、詩織ちゃんはさっそく触れ合いを開始した。


「おぉぉ……」


 霊獣品評会で避けられていたし、卵を腐らせたという逸話もあって、うちの子に怨嗟術の影響がないか少し警戒していた。

 だが、問題なさそうだ。

 霊獣は言葉を話せないが、感情というか情報の塊というか、不思議なコミュニケーションを取ることができる。

 その繋がりは式神とのそれよりも強く、正確だ。

 うちの子が嫌がっていたら、俺にはすぐ伝わる。その繋がりによると、うちの子は撫でてもらえて嬉しい以外の感情を抱いていない。

 詩織ちゃんから負の感情が漏洩するようなことはなさそうで安心した。


「詩織様、叩いてはだめですよ。玄武げんぶとは違うのですから」


 お世話係さんが注意する。

 霊獣品評会では、主催者である恵雲様も当然霊獣を連れてきていた。

 その霊獣の名前が玄武である。


「玄武とはよく遊んでいるんですか?」


「はい。幼少のみぎりより遊び相手になってもらっています。詩織様だけでなく、このお屋敷のアイドルなのですよ」


 東部家当主の霊獣は亀の姿をしており、名前もそれが由来となっている。

 ゾウガメサイズの玄武はお屋敷を自由に歩いており、探せばいつでも会えたらしい。

 声帯作りや怨嗟之声対策で引きこもっていた俺は昨日初めて知った。


「峡部様はお屋敷内でまだ遭遇していないのですね。もし見かけた際には、甲羅を叩いてあげると喜ぶのですよ」


「そうなんですか。見かけたら試してみます」


 甲羅を叩くと言っているが、その甲羅には宝石のような石がはまっており、本当に叩いていいのか心配になる。


「ところで、峡部様の霊獣のお名前は決まったのですか?」


「いえ、決めかねています。今、家族チャットで相談していまして」


 自分:霊獣の卵が孵ったよ。何に見える?

 母 :大きな馬に見えます。優也は大型犬に見えるそうです。

 父 :龍か! よくやった!

 自分:やっぱりみんな違うんだね。

   この子の能力で、見る人の望む姿が見えるみたい。

 父 :龍ではないのか?

 母 :心理テストみたいですね。


 恵雲様は正体を隠そうとしていたが、家族ならば良いだろうと、俺は写真を送った。

 その結果がこれだ。

 うちの子の能力は電子機器の小細工如き簡単に突破できる模様。素晴らしい。


 父 :真の姿は何に似ている?

 自分:仔馬。道産子っぽい。似てるものを知らない。

 母 :やった♪ 私が一番正解に近いですね。

 父 :初めて聞く能力も加味すると、再誕ではなく新種か? あるいは神獣の可能性もある。聖の霊獣ならば十分あり得る。まずは直接見たい。任務が終わったらすぐに向かう。

 母 :貴方、くれぐれも帰り道に気をつけてください。

 自分:名前どうしよう。

 母 :男の子ですか? 女の子ですか? 体色は何色ですか?

 自分:たぶん性別はない。体色は白ベースに青い紋様。

 母 :小雪ちゃんはどうでしょうか?

 父 :霊獣はペットではない。


 結局、名前は保留である。

 日本の歴史に名を残す男の霊獣となるのだ。いい名前をつけてあげたいので余計に悩む。

 とはいえ、呼び名がないのも不便だ。どうしたものか?


「東部さんはいい案ありませんか?」


「私ですか? 人様の霊獣にお名前をつけるなど恐れ多い」


 断られてしまった。

 まぁ確かに、家族へ名前を授ける大切な儀式、他人に任せることはできないか。

 俺達がそんな会話をしている傍らで、詩織ちゃんは触れ合いを堪能していた。


「おー」


 ーー♪


 リン、と鈴のような音が響く。

 それは霊獣の鳴き声……だと思う。

 空気の振動ではなく、思念に近いというか、『今、あなたの頭の中に、直接語りかけています』状態なのだ。

 不思議なつながりによって、俺だけに聞こえる音っぽい。

 一晩越して成長したのか、今日鳴き始めたのだ。


「あら、この部屋に風鈴は付けていなかったはずですが……」


 違った。

 他の人にも聞こえるっぽい。

 なんだ、俺にだけ聞こえる甘える声じゃなかったのか。ちょっと残念。

 だが、この子の能力がまた一つ判明したから良しとしよう。

 詩織ちゃんに可愛がられ、うちの子がリンと鳴く。


 ーー♪ ーー♪


「りん りん」


 ん?


「東部さん、あの擬音は何で教えたんですか? 優先順位低そうですが」


「…………教えていません」


 …………つまり?


「「聞こえてる?」」


 声じゃないから、伝わるのか?

 そんなのありか?

 あっ、俺の触手も似たようなものか。パートナーは似るってことかな。

 俺はうちの子の側に移動して語りかける。


「僕の声を、詩織ちゃんに伝えられる?」


 ーー♪


 あっ、ダメだ。

 俺が何を言っているのか理解していない。

 構ってもらえて嬉しいって感情ばかり伝わってくる。

 それもそうか。この子は生まれたばかり。俺と違って真っ新なこの子は、これから学んでいくのだから。

 俺はお世話係さんへ結果を告げる。


「期待させてすみませんが、今は無理そうです。昨日聞いた話では、こちらの意図を正確に理解できるようになるまで2年は掛かるそうなので、将来に期待しましょう」


「そうですか……。いえ、この短期間で新たな可能性が増えただけでもありがたいお話です。やはり、峡部様は天照大御神様が遣わしてくださった奇跡なのでしょう」


 安倍家を源流とする東部家では、天照大御神が信仰されている。

 その神の名前を出すということは、心から感謝しているということ。

 期待されると頑張りたくなるのだが……あの対症療法を続けていいのだろうか?



 ~~~



 さらに翌日からは、詩織ちゃんへの教育が再開されることになった。

 大の大人3人が入院する羽目になったのに、俺たちは再び山奥で怨嗟之声野外ライブを開催しようとしている。


「ここまで来て今更ですが、皆さん本当にやるんですか? 人が倒れているんですよ?」


「いいの。私たちはこれまでずっと詩織ちゃんの苦しみを知らずに過ごしてきた。その苦しみを少しでも代わってあげられるなら、いくらでも力を貸すわ」


 八千代先生を始め、屋敷で働く人々は一様に参加を表明してきた。

 触手を直接繋ぐのは俺だけだが、危険がないとも限らない。

 本当に相変わらず献身的なことで。


「それより、私は聖君の方が心配よ。本当に大丈夫? この前みたいに無理してない?」


「大丈夫です。怨嗟之声を分散してもらえるおかげで、前より楽になりましたから」


「そう。辛かったら、すぐに教えてね」


 こうして、再封印が行われる前日まで、俺達は怨嗟之声拡散法と名付けた対症療法を続けるのだった。






~~~【作者からのお願い】~~~


明日、書籍版4巻が発売となります。

紙書籍を予約してくださった読者様、ありがとうございます。執筆の活力になります。


電子書籍派の読者様にお願いがございます。

KADOKAWAサイバー攻撃の影響により、長らく電子書籍の予約ができませんでした。

発売日である明日が即最終決戦のような状況です。

電子書籍購入予定の読者様、何卒、明日販売サイトへお越しいただけないでしょうか。

書籍版(1~4巻)全てに書き下ろしストーリーを載せております。

中には霊獣に関するお話もありますので、第6章と合わせて是非読んでいただきたく!

よろしくお願いいたしますm(__)m

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