第181話 塩砂家前日譚

 東北の動乱を伝え聞いた恵雲様のご先祖様は、新天地へと進出することにした。


「当時、東雲しののめ家を名乗っていた私のご先祖様は、関東の地で燻っていたそうだ。せっかく日本屈指の実力を持つのに、己がトップに立てないことを嘆いていたよ」


 東雲家には日記を書く決まりがあったらしい。

 件のご先祖様が若かりし頃、ことあるごとにそういった記述を残していたという。

 歴史と実力はあれど、権力がなければ美味しい思いはできない。

 東雲少年は関東の長である安倍家を忌々しく思っていたそうな。


「どれだけ努力しても超えられない壁を前に、ご先祖様は正攻法を諦めた」


 関東には陰陽師界の重鎮、安倍家がいる。

 なら、安倍家がいない場所なら自分が一番になれるのでは?

 それでいいのかと問いたい思考の結果、東雲青年は家を飛び出し、東北へ足を向けた。


「そこにちょうど脅威度6弱の妖怪が現れてね。ご先祖様は現地の陰陽師達の前で妖怪を封印してみせたんだ。被害が出る前に。まさに英雄の登場だね」


 東雲家の秘術は“封印術”である。

 札や勾玉などの器を用意して、そこに妖怪を閉じ込める。

 これでは退治できないと思うかもしれないが、陰陽師達による全力の攻撃で弱らせた後に封印し、霊力が回復してから封印を解除して第二ラウンド開始。

 そんな戦い方ができるのだ。


 ただし、脅威度6弱は並大抵の実力では封印できない。

 国家陰陽師部隊が力を合わせて行う儀式を個人で行うのだから、当然相応の力が求められる。

 ご先祖様はそれができるだけの実力を持っていたのだ。

 安倍家さえいなければという文句も、あながち嘘ではなかったのかもしれない。


 技術の進歩でも対応しきれなくなった東北の妖怪対策において、新たな道が開かれた。

 妖怪を倒すという分かりやすい強さを示した東雲家当主は、東北の陰陽師達から絶大な信頼を勝ち取ったのだ。

 そして、彼らの意向を無視できないほど弱体化していた東部家は、東雲青年に提案する。


『婿に来てはもらえないだろうか』


『ええ、共に東北の地を守りましょう。お義父さん』


 ついに東部家当主となったご先祖様は、関東の安倍家や関西の蘆屋家に倣い、子孫へ受け継ぐ名前を考える。


『東雲の勇名は新たな土地で新たな名と共に歴史へ刻まれるだろう!』


 ――初代 東部とうぶ 恵雲けいうんの誕生である。


 晴に対して雲、明に対して恵。

 安倍家を忌々しく思っているはずなのに、めちゃくちゃ意識した名前である。


「だいたい四百年前のことさ。こうして、我が家の歴史が始まった。そして何度も大きな課題にぶつかった。その都度どうにかしてきた」


 でも、そんな場当たり的な対応はいつまでも続かない。

 天下の安倍家の分家ですら持て余した地である。

 東北の妖怪は、尋常ではなかった。


「ついに、封印した妖怪の退治が間に合わなくなった」


 封印によって後回しにした妖怪の順番待ちが発生。

 捌ききれなくなった行列を前に、システムの崩壊は刻一刻と迫っていた。


「そこで、二つの組織が対策を講じた。イタコ互助会と、東北陰陽師会。つまり、イタコと塩砂家さ」


 ここでようやく出てくるのが、塩砂家である。


「先に動いたのはイタコだ。複数の霊を同時に憑依させることで、常人の何倍もの霊力を使えるようにした」


 しかし、今までしなかったということは、相応のリスクがあるということで。

 不安定なデメリットに目を瞑ったまま、仮初の平穏を手に入れた。


「『ババア達だけに任せておけるか』そう言ってさらに大きいリスクを選んだのが、塩砂家だ。怨嗟術を考案し、うちに話を持ってきた」


 二百年前に始まったイタコ最強の歴史は、必要に迫られての苦肉の策であった。

 そして、時を同じくして塩砂家と東部家も動き出す。

 きっかけは、浜辺に現れた強大な妖怪だったという。守るべき町民たちを守りきれず、強力な穢れを撒き散らされてしまった。

 東北の未来に絶望した塩砂家当主は、家の未来を代償に怨嗟術を開発した。


「考案者の塩砂家当主は、いずれこうなることが分かっていたんだろう。自分は現場で戦うから、東部家には運用を頼むと申し出てきたそうだ」


 怨嗟術はその特性上、すぐには強くなれない。

 世代交代を繰り返し、多くの妖怪を倒して、少しずつ強くなり――ついに百年前、荒御魂事件と共に日本最強の座が交代となった。


「その頃には、副作用がかなり強くなっていたようでね。三十歳を超える頃には怨嗟之声に苛まれるようになった。四十を超えるともう、戦うことはできなくなった」


 副作用は受け継がれる力と共に増大していく。

 歴代当主は怨嗟之声に精神をやられたのだろう。

 塩砂家現当主 塩砂えんさ みつるのように、衰弱してしまうそうだ。


「詩織ちゃんのお父さんは私の一つ年上でね。子供の頃は、よく遊んでもらったものだ」


 昔話を語る恵雲様の様子から、どれだけ慕っていたかが伝わってくる。

 新しい遊びを教えてくれて、何でも知っている優しい兄の背中を、いつも追いかけていたという。

 頼もしい兄の様子が変化したのは、七歳を迎えた頃のこと。


「それまで聞こえなかった怨嗟之声が、早くも聞こえるようになった。始めはとても苦しんでいたよ。直視するのが辛くなるほどに……。やがて彼は、精神を病んでしまった」


 先代は元服してから発症しており、満様で八年も早まっている。

 産まれてすぐ怨嗟之声を聞かされた詩織ちゃんは、なるべくしてなったとも言える。

 

「東部家の歴史は……統治者として不甲斐ないばかりに、多くの者達に負担を強いて続いてきた。それは、私のご先祖様が来てからも変わらない。そして、今最も苦しんでいるのが、塩砂家だ。戦闘のみならず、日常生活すらままならなくなった塩砂家のサポートをするのが、私たち東部家の役割であり、義務でもある」


 数百年の歴史を経て、東部家と塩砂家の物語は現代に繋がった。

 俺の知りたかった東部家と塩砂家の関係は、峡部家-殿部家間の歴史と比べれば期間こそ短いものの、盟友よりも強力な絆で結ばれていたようだ。


「ご清聴いただきありがとうございました。ふふ、大して面白い話ではなかっただろう。けれど、私たちがどうして詩織ちゃんを助けたいと思うのか、理解してもらえたかな」


「はい、よくわかりました」


 塩砂家との歴史は、東部家の恥部を語るようなものだ。

 よく話してくれたなと思う。


「もしも君が怨嗟之声の治療法を確立してくれたなら、東部家の罪が少しだけ清算される。だから、期待しているよ」


「それは……責任重大ですね」


「ははは、冗談さ。君が気負うことじゃない」


 とか言いつつ、その目はちっとも笑っていない。

 常に笑みを絶やさない恵雲様だが、今の彼からは執念を感じた。

 前世での経験上、こういう人は敵対したら怖いタイプだと知っている。


「詩織ちゃんの体調次第ですが、明日もいろいろ試します。道具の材料はたくさん用意しておいてください」


「もちろんだ。お願いするよ」


 東部家の歴史を聞いておいてなんだが、どんな背景があれど関係ない。

 子供が苦しんでいて、自分がどうにかできるのであれば、大人として放っておくわけにはいかない。

 ベストを尽くすとしよう。


 ついでに満様も助けられたら、たくさん恩を売れそうだ。

 ふふふ。

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