第180話 東部家前日譚
「よく来てくれたね。さぁ、食べながら話そうか」
東部家が客人を歓待する大広間。
そこを俺と
初めは東部家での暮らしについて聞かれたが、早々に本題へ入る。
「聞いたよ。詩織ちゃんの聴覚が戻ったそうじゃないか。お手柄だ」
「とは言っても、ごく短時間でしたが」
俺が詩織ちゃんの部屋へ向かう頃には、再び聴覚を奪われていた。
5分も持たなかったようだ。
それでも、東部の者は皆喜んだらしい。
「その短時間を作り出せることが、お手柄なんだよ。これまでありとあらゆる手を尽くしてきたけれど、叶わなかった」
そう語る顔は、お世話係さんに話を聞いた時とよく似ている。
さぞや苦労したのだろう。
解決の糸口が見えてホッと一安心しているところ悪いが、俺からすればまだ何も解決していない。
「再現性がなければ意味がありません。怨嗟之声を外に排出したのが良かったのか、イタコの儀式が影響したのか、ただ単にタイミングが良かったのか、これから色々試していく必要があります」
「少しくらい喜んでもいいと思うけどね。その慎重さは頼もしい限りだよ」
引き続き実験すべきという俺の意見に、恵雲様は諸手を挙げて賛成してくれた。
実験の影響で副作用が悪化する可能性だってあるはずだが、静観していても悪化するだけなら、全力で争う道を選ぶと言う。
イタコの儀式も効かなくなったと言っていたし、一番身近にいたお世話係さんの焦り様を見れば、その選択をした理由も納得できる。
会話が一区切りついたところで、食事も堪能する。
「美味しいです」
「気に入ってくれて良かった。今日の料理は宮城の食材を使っているんだよ。明日は山形の名産品だ」
仙台牛のステーキが口の中で溶けていく。
甘くもちもちしたお米は"だて正夢”というらしい。
続けて味噌汁でホッと一息。気仙沼産の海産物から取った出汁がよく効いている。
美味い。
さすが東北のトップ、いいもん食ってる。
しばらく無言で舌鼓を打っていると、恵雲様が満を持して口を開く。
「詩織ちゃんの聴覚が戻ったのは、君の作った道具がキッカケに違いない。アレは一体何なんだい?」
発注したから素材はバレているだろうし、話してもいいか。
肝心の触手が使えないと、単体ではなんの意味もないし。
「治療を依頼した幽霊を覚えていますか? 彼と会話するために開発した道具です」
「君が作ったのかい?」
俺が肯定すると、恵雲様は殊更に目を見開いてみせた。
「それはすごい。並の大人では真似できない偉業だ」
「構造は単純ですよ」
いくつになっても、褒められるのは気分がいい。それが権力者だと尚のこと。我ながら単純である。
しかし、声帯はそれ以上に単純な構造ゆえ、実際にそこまで誇れない。
ジョンの全身を作ったところまで話せば、自慢できるのだが。
「いや、単純なのに誰もそれを作れなかったんだ。君の発想は偉人たちの発見と遜色ない偉業だよ」
おぅ、ベタ褒めじゃないですか。
流石に照れる。
……で、本題は?
「可能なら、これからも詩織ちゃんのために道具を作ってくれないかな。もちろん、相応の報酬は出そう」
定期購入のお願いでしたか。
それなら別に俺の機嫌を取る必要なんてないのに。
てっきり、声帯のレシピを譲ってほしいとでも言うのかとばかり。
「分かりました。夏休み以降は、定期的にお届けしますね」
「もしかして、君がいないと声帯として機能しないのかな?」
「はい。正しい使い方があるので」
本当は触手が全ての鍵を握るのだが、開発者にしか分からない使用上の注意で誤魔化す。
お世話係さん達には秘術と言ってあるし、そこは気を遣ってくれるだろう。
「まさか、たった二日でこれほど進展するとは思いもしなかった。私が依頼したのは家庭教師の仕事だったはずなのに、問題解決の糸口まで示してくれるだなんて……。感謝してもしきれないよ」
「たまたま上手く行っただけです。でも、詩織ちゃんの力になれたなら、良かったです」
「私にも息子がいるけれど、君と同じ年齢だった頃は、それほど落ち着いてはいなかったよ。やはり、君のような子が……」
「……僕が、何ですか?」
「いや、なんでもない。ところで、一昨日君がした質問を覚えているかな」
強引な話題変更。
短い付き合いとはいえ、恵雲様らしくない。
「我が家と塩砂家の関係について、約束通り続きを話そうか」
でも、こっちも気になるので思惑に乗ってあげよう。
「子供が聞いてもつまらないかもしれない。飽きたらいつでも言っておくれ」
そんな前置きと共に、物語は始まった。
東北を守護する二家の物語が。
〜〜〜
時は戦国時代へ遡る。
奥州を支配していた武将達が豊臣秀吉に屈し、奥州仕置きが完了した頃。
改易された土地には役人と共に、陰陽師もまた派遣されていた。
『そなたらがこの地の陰陽師か。これより我ら東部家が取りまとめる』
陰陽師は戦のために徴兵されない。
それは妖怪という人類共通の敵がいたので、陰陽師同士で戦っていられないというのが大きな理由だ。
陰気が大量に発生する戦時下は妖怪発生件数が激増し、それによって領地は疲弊していく。放置すれば、不幸な出来事の連続で
長い歴史において、予想を覆して大敗する珍事が散見されるのも、これが理由だ。
戦争に陰陽師は派遣しない——現在でも続く不文律である。
ゆえに、戦後も陰陽師達は無事に生き残った。
しかし、土着の陰陽師達にもプライドがある。この頃には改易された勢力が次々と反乱を起こしており、陰陽師たちもまた反発心を抱えていた。一度も侵略者の実力を見ることなく、黙って支配されるはずもない。
東北には当時から強力な妖怪が多数発生しており、死力を尽くして退治してきた。
東北の守護者である自負が、反骨精神に拍車をかける。
そんな反抗的態度を取る彼らに対し、支配者は力を示した。
『ガァァァァァ……』
『木端妖怪如きが。東部家の力、思い知ったか!』
支配者として派遣されたのは、安倍家の者であった。
歴史の陰に潜みつつ、平安時代から活躍し続ける安倍家は信頼も厚く、奥州の征服においても重用されていた。
奥州平定に指名されたのは安倍家当主の弟であり、“東部”の姓を与えられ東部家を興した。
舐め腐った態度を取っていた土着の陰陽師達も、安倍家の英才教育を受けた東部家当主の力は認めざるを得なかったという。
要するに、強い奴が正義!
東北の陰陽師は特にその気質が強い。
こうして、東北を平定したわけだが、平穏はいつまでも続かなかった。
時代が変わるほど長い時が流れ——妖怪の力が次第に強まっていったのだ。
『くっ、これでもダメか。一旦退くぞ! 長期戦に移行する!』
記録によると、脅威度6弱の妖怪相手に東部家は撤退し、複数の町に被害を出しながら何とか退治したらしい。
脅威度を考えれば、それも仕方がなかったと言える。
しかし、この出来事は東部家の威信を揺るがす出来事となった。
この失態について、妖怪が強くなっているのも原因の一つだが、もう一つ理由がある。
脳筋な当主が治める時代、側近が政治的に裏切った。
愚鈍な当主が誕生した折、それを諌める者がいなかった。
教育係が病に倒れ、引継ぎがうまくいかなかった。
……つまり、環境に恵まれなかったのだ。
東部家は盛者必衰の理から逃れられず、東北地方の取りまとめ役としての地位を疑問視され始めた。
そんな東北の動乱に付け込んだのが——。
「私のご先祖様だ。彼は野心家だったそうでね。どうしても組織の長になりたかったらしい。我が家の秘術で周囲を味方につけ、当時の東部家を乗っ取ったそうだ」
恵雲様が笑いながら言う。
そう、ここまで出てきた東部家は赤の他人。
東部家の前日譚である。
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