第179話 打倒副作用 PM
しっかり生え揃った永久歯を丁寧に磨き、お昼休憩は終わり。
早速午後のお勉強もとい、副作用対策実験を開始する。
「次は、お祓いを試します」
「詩織様ご自身の治療には効果がありませんでしたが、試す価値はあるかと思います」
ふふん、ただのお祓いと思うなかれ。
一般的な陰陽師が使う霊力よりも遥かに強力な、精錬霊素を使うのだ。
普通じゃ無理でも、これなら効果が出るかもしれない。
せっかく道具を購入してもらったのだから、ここは全力だ!
「『あーりーあーおーうー』」
出し惜しみせず第陸精錬霊素を使ってみました。これならぐぅぁぁぁぁああ。
一回休んだせいか、新鮮な気持ちで負の感情を味わえました。
うーん、まずい、捨てて!
「すみません、また休憩させてください」
「これも、ダメでしたか」
「聖君、ゆっくり休んで。無理だけはしないでちょうだい」
お言葉に甘えて、少し横になる。
負の感情は言わずもがな、第陸精錬霊素を無駄にしたのが痛い。
荒御魂との戦いでも使ったし、俺の切り札たる最強の霊素が目減りすると不安になる。
前世において、老後の資金をガッツリ貯め込み、使いきる前に死んだ俺だぞ。
山ほどストックを作ったとはいえ、いくらあっても満足することはない。
「はぁ〜」
つい、ため息を漏らしてしまう。
負の感情でメンタルが弱っているせいだろう。
ちょっと食事休憩を挟んでも、蓄積したダメージは癒えないようだ。
そんな俺を見て、八千代先生がすかさずフォローを入れる。
「聖君はよくやっているわ。この短期間でいくつも対策を考えつくなんてすごいことよ。その発想力があれば、また何かいい案が思いつくわ」
「いえ、まだとっておきの策があります。ただ、使い物になるか分からなくて……」
しかも、手配してもらった道具の中で最も高かった素材、
もう加工してあるから、どのみち使わないといけないんだけど……。
「これも峡部家の秘術なので、極力ご内密に」
「「もちろんです」」
二人とも陰陽師関係者なので、話が早い。
回復完了。前置きと共に、布団から起き上がる。
そして、俺は懐から秘策を取り出した。
「これは、陰陽術的擬似声帯です。もしかしたら、詩織ちゃんの怨嗟之声を外に排出することができるかもしれません。それによってどうなるかは、試してみないとわかりません」
ジョンの肉体作成で真っ先に作ったアレである。
まさかこんなところで役に立つとは思わなかった。
「詩織ちゃんを布団の上に寝かせてください。そして、これを……喉の上に置きましょう」
ジョンの場合は触手筋肉で固定できたけど、人間相手には固定方法が思いつかない。とりあえず肌に触れさせればいけるはず。
今後の検討要素だな。
「詩織ちゃん、少しジッとしててねー」
擬似声帯に触ろうとする手を優しく止める。
そして、俺は顔を顰めながら触手をちぎった。片方を声帯に繋ぎ、もう片方を詩織ちゃんの喉まで近づける。
「どうぞ」
「それじゃあ……。詩織ちゃん、見てて。あーりーがーとーう」
いくぞ!
「『あー』」
詩織ちゃんが真似をする瞬間、俺は触手を喉へ繋げた。
そして——屋内に爆音が響き渡った。
死ね殺す苦しめ憎め怨め呪え絶望しろ死ね死ね死ね煩い黙れ消えろ滅べ殺してやる道連れだ恨めお前のせいだお前さえいなければ死ね殺す殺せ愚かな惨めだ無駄だ意味がない苦しめ無様な縊り殺してやる無能め雑魚が詫びろ消えろ汚物め気持ち悪い嫌いいらない臭い馬鹿死ね怠い辛い阿保気に入らない溺れ間抜け燃えて殺す死にたいキモいブス死ね生まれてこなければウザいダサいクズ落ちろ無駄だった穀潰し親不孝者恥晒し縁を切る失せろ顔を二度と見たくない役立たず醜い死んで詫びろ疎外感怒れ羨ましい忌まわしい死ねひもじい怖い悲しい殺してやるぅぅぅぅ!!!
「ちょっ! ストップストップ!」
予想以上の大音量である。
俺は慌てて触手の接続を切った。
途端に音が止み、静寂が訪れ、続いてキーンと耳鳴りが。
あまりの衝撃に部屋の時間が止まったかのようだ。
最初に動き出したのはお世話係さんだった。
「詩織様!」
彼女は詩織ちゃんの無事を確認し、突如声帯を払い落とした。
何事かと落とされた声帯を見やれば、その理由が分かった。
「うわぁ……腐ってる」
声帯が黒ずみ、端の方がボロボロと崩れている。
どう見ても使い物にならない。
直接触るのは躊躇われたので、布越しに持ち上げる。すると、畳の上にも大量の欠片が落ちてしまった。
これ、ものすごく硬くて、加工用の道具がないと削れないんだけど。どれだけ負荷を掛けたらこうなるんだよ。
「入るぞ」
襖の向こうから人の集まる音が聞こえてきた。
襖越しでもその緊張感が伝わってくるようだ。
案の定、開かれた先には屋敷の人間が勢揃いしており、その先頭に屋敷の主が立っていた。
両手に札を持ち、油断なく部屋の中を見渡す。
「何事かな?」
「これは当主様。お騒がせして申し訳ありません」
八千代先生が対応し、ことの成り行きを説明する。
それにしても、東部家当主が危険かもしれない場所に一番に飛び込んでくるとは。
もしも不意打ちを喰らって死んだりしたら、どうするつもりなのやら。
その影響は宮城県に留まらず、東北全体に波及するぞ。
「なるほど、先ほどの声が怨嗟之声なんだね。想像以上のものだった。そうか、あれが……」
屋敷の人間が揃って視線を向ける先は、ポカンとした表情で座っている少女である。
彼らの目には憐憫や同情の色が映っていた。
込められた強い感情から、自分のことのように苦しんでいるのがわかる。
「今の声は屋敷の外まで轟いていた。すまないが、一旦中止してくれないかい」
「ご安心ください。道具が壊れたので、今日はもうできません」
俺は気まずさを覚えつつ、“声帯だった黒い残骸”を掲げた。
気分は買ってもらったばかりのおもちゃを壊した子供である。
これ、今回注文した中で一番高い素材だったんだけど、業務上適正に使用した結果なので、仕方ないよね。
子供に始末書とか書かせないよね?
「その道具について、話を聞かせてほしいな。今晩の夕食の席でどうだい?」
先ほどまでの緊迫感は霧散し、笑顔で聞いてきた
疑問系だけど、依頼人かつ権力者からのお誘いは実質命令に等しい。
喜んで同席させていただくことになった。
「皆、解散してくれ」
とりあえず、今日の指導はここまでとなり、俺は夕食の時間まで休憩することになった。
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「今日の日記はこれでいいか。全部嘘っぱちだけど」
客間で夏休みの宿題を片付けていると、入室の許可も待てないとばかりにお世話係さんが飛び込んできた。
「峡部様!」
「どうしたんですか? そんなに慌てて」
嫌な予感がする。
まさか、さっきの実験で詩織ちゃんの身に何かが?
だとしたら、俺のせいであの子が……!
最悪の可能性が頭をよぎったところで、お世話係さんが笑みを浮かべる。
「詩織様の聴覚が解放されました!」
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