第174話 イタコ互助会


 急遽、元来た道を戻り、イタコの取りまとめ役——工藤様へ面会することとなった。

 相手は組織のトップであるが、面会にあたってそれほど緊張はしていない。

 組織としての格は御剣家よりもはるかに下だし、関東陰陽師会とは比べるべくもない。

 中小企業の社長と面談するような心持ちで臨むくらいがちょうどよい。


「はじめまして。峡部家次期当主、峡部 聖です。本日はお忙しいなか、お時間をいただきありがとうございます」


 さて、そんな心持ちで対面する相手は、御年90歳の老婆である。

 イタコ自体の高齢化が進み、数が減っている状況。

 相対的にトップも高齢化が進んでおり、老人を酷使している。


「〜〜〜」


 声ちっさ。

 いや、分かるけどね。

 声を出そうとしても、思うように出せない気持ちは。

 それより問題なのが……。


「よぐ越してけだ。わぁイタコ達の取りまどめ役してら工藤だ。こったお見苦しい姿での面会、許してけせ」


 声が小さいだけなら耳を澄ませば良いのだが、訛りがひどいうえに早口すぎて何を言っているのかさっぱりわからない。

 同じ日本語のはずなのに、一人称すら異なるせいで異国の言葉に聞こえる。

 そんな未知の言語を通訳してくれるのが、賄賂に負けなかったお付きの中年女性だ。


「よくお越しくださいました。私はイタコ達の取りまとめをしている工藤です。このようなお見苦しい姿での面会、お許しください」


「こちらこそ、ご気分の優れない時に急な訪問となってしまい、申し訳ありません」


 イタコのトップである工藤様は、布団で横になったまま面会に臨んでいた。

 つい先程まで儀式をしていたらしく、ひどく疲れているという。

 最悪なタイミングでの面会となってしまった。

 そんななか、どうして面会に応じてくれたのか、その答えは向こうから教えてくれた。


「御剣家当主から、よろしく、と」


 御剣様……ではなく、朝日様か。

 あの人に借りを作るのは怖いなぁ。

 何を求められているのかさっぱりわからないから。

 それにもかかわらず、ちょくちょく助けてもらっているあたり、既に術中にハマっている気がする。


 続けて工藤様が口を開き、中年女性が通訳する。


「して、お願いとは何でしょうか?」


「私の仲間である幽霊を、癒していただきたいのです」


 俺は長士さんへ話したのと同じ内容を語る。

 そして、予想通りの答えが返ってきた。


「我々は、イタコの霊以外を癒しません」


 ですよね。

 空海さん曰く、イタコは妖怪退治にイタコの霊を用いる。

 そのイタコの霊というのは、死んだ己の師匠であり、信頼ある相手ということ。霊を癒す術というのはこの身内に対して使うものらしい。

 なぜ身内にしか使わないかといえば、自我の強い野良の霊を使役し、暴走した結果、荒御魂が生まれたからだ。

 その荒御魂を退治する過程で、イタコの半数が惨殺された歴史を知れば、納得である。


「過去の名声はもはや遠い記憶。我々は東北の地に降りかかる脅威と戦う以上のことは致しませぬ」


 なんというか、悲しいものだ。

 かつて、日本で最も力を持っていたイタコが、ここまで凋落するなんて。


“日本最強”


 およそ100年前、この称号を持っていたのは彼女達だったのだ。

 圧倒的な霊力量を誇り、東北に生まれる強力な妖怪達を退治してきた。

 そんな彼女達は、盛者必衰の理を表すように、荒御霊事件によって一気に力を失った。


「万が一、問題が発生した際には、僕が自分で対処します。荒御魂が相手でも勝てることは、実績で証明していますし」


「それでも、過去の過ちを繰り返す可能性があるのなら、私たちは協力できません。それがルールですから」


 やはり、取り決めで禁止されていたか。

 他のイタコ達と交渉しても無駄な時間を過ごすところだった。

 さて、ここからが本番だ。


「子供だからって、タダでお願いするわけではありません。ちゃんと対価を考えています」


「随分としっかりしていらっしゃる。して、何を対価にされると?」


 取り決めで禁止されているが、それを決めているのは彼女達自身である。

 取り決めを反故にするだけの価値があるとなれば、交渉にも乗ってくるはずだ。

 そして、その予想は正しかった。


「脅威度6クラスの妖怪が出た際には、峡部家次期当主として、僕が退治します。経費もこちら持ちで構いません」


 脅威度4を退ける御守りに価値があるのなら、それ以上の敵に対するカードは喉から手が出るほど欲しいに違いない。

 日本最強の地位から転落し、戦闘力の面で不安を抱える彼女達なら、この提案は一考の余地があるはずだ。


「うぅむ……」


 脅威度6クラスともなれば、国家陰陽師部隊が出張り、封印処置を行うレベルである。

 それが退治できるというのは、青森県の守護者たるイタコが検討に値する対価となる。

 個人と交渉ができないなら、組織に売り込めばいいじゃないか。

 これが俺の出せる最高の手札だ。

 頼む、取り決めを上回るメリットがあると認めてくれ!


 しかし、工藤様が瞑目して出した答えは、先と変わらなかった。


「魅力的な提案ではありますが、荒御魂を生む危険があるのなら、助力はできません。脅威度6も退治できる保証はない。特に荒御魂は、相性によっては手も足も出ない。一度倒したからといって、次も倒せるとは限りません」


 ダメ……かぁ……。

 イタコ達の荒御魂に対する恐怖は、俺の想像を超えているようだ。

 これでダメなら、今の俺にできることはない。

 一度御剣家に戻り、直接的な協力まで依頼するか、あるいは源家に口添えを依頼するか……どちらにせよ、高くつくなぁ。

 ここは次の面会の約束だけして、退くとしよう。


 俺が交渉決裂を確信したその時、部屋の外から人を呼ぶ声が飛び込む。


「赤坂様、いらっしゃいませんか?」


 その声の主はすぐに分かった。今日聞いたばかりのものだから。

 失礼と断りを入れ、中年女性が立ち上がる。

 今更ながら、この中年女性の名前を知った。


「東部さん、どうかされましたか」


「先程は急な退席となり申し訳ありませんでした。実は、こちらの書状を工藤様へ渡しそびれてしまいまして」


「今は面会中です。私がお預かりしても?」


「いえ、東部家当主から工藤様宛の手紙ですので、直接——」


 入り口で少々揉めていた。

 その相手は予想通り、東部を名乗るお世話係さんだった。


「東部さん、こんにちは」


「貴方は先ほどの」


 同じ場所にいるとはいえ、こんなすぐに再会することになるとは。


「工藤様にご用事ですか? 僕たちはそろそろお暇しようとしていたところです」


「峡部さんがよろしいのであれば、中へどうぞ」


 俺たちが工藤様へ挨拶し、退席しようとしたところで、お世話係さんが待ったをかける。


「今、"峡部"とおっしゃいましたか?」


「お知り合いではないのですか?」


「今日お会いしたばかりです。恩人のお名前を尋ねそびれておりました」


 なんだなんだ、何が始まろうとしている?


「よろしければ、峡部家のお二方も同席していただけないでしょうか?」


「それは構いませんが……」


 さっき聞こえた手紙とやらが、我が家と何か関係するのだろうか。

 再び座布団へ腰を下ろすと、お世話係さんが厳粛な面持ちで手紙を手渡した。

 受け取った工藤様はお付きの中年女性へ手紙を渡し、読み上げてもらう。


「拝啓 盛夏の候 工藤様におかれましては益々ご清祥のことと——」


 冗長な前置きの後、本題に入る。


「峡部 聖殿の依頼について、イタコ互助会へ協力を要請する。本要請はイタコ互助会へ東北陰陽師会頭領として協力を願うものであり、問題が生じた場合、その責は東部家が負うものとする」


「当主より、正式な依頼となります。2枚目が契約書となっておりますので、同意いただける場合は署名と押印をお願いいたします」


 何が起こった?

 東部家当主から?

 面識すらないぞ?


「つまり、いざという時は塩砂家が出るということでよろしいですね」


「その認識で間違いありません」


 何がどうなってる?

 塩砂家?

 俺は当事者のはずなのに、完全に置いてかれている。


「であれば、否はありません。要請に応えましょう。契約書は後ほど確認いたします。峡部殿、件の霊を連れてきてください。治癒には1ヵ月ほどかかります。さっそく着手いたしましょう」


「あ、ありがとうございます」


 何が起こったのか分からぬまま、俺の望みは叶えられることとなった。

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