第147話 実験準備


 幽霊と遭遇した週の金曜日。

 夕飯前に帰ってきた親父へ、俺はとあるお願いをする。


「お父さん、ちょっと試したいことがあるんだけど」


「……言ってみなさい」


 そんなに警戒しなくても。

 息子の可愛いおねだりかもしれないのに。


「3日前に会話できる幽霊と出会ったから、もっとコミュニケーションが取れるような技術をみつけたい。だめ?」


「……」


 親父はフリーズした。

 そうだよね、会話できる幽霊とかそうそう見ないもんね。

 そりゃあ驚きもするよ。


「何から聞けば良いのやら……。それは、本当に幽霊なのか? 化生の類や妖怪、悪魔の可能性は?」


「ないと思う。札を貼り付けても逃げようとしなかったし」


 その可能性は俺も疑っていた。

 なので、先に試している。

 結果として、俺が攻撃の意思を見せても反応すらしなかったので、本当にただの一般人の霊だと思う。


「会話とは、どうやって?」


「こう、触手で、上手いことやったらできた」


 親父が触手を使えるようになったら、改めて具体的なコツを教えよう。

 触手を使えるものだけが、あの感覚を共有することができる。

 親父は続けて問う。


「天橋陣へ誘導しなかったのか?」


「したけど、自然と元の場所に戻っちゃうって言ってた。たぶん、地縛霊だね」


 地縛霊とは、自らの死を受け入れられず、成仏できない霊、あるいは、土地に何かしらの未練があり、その場を動くことのできない霊のことを指す。

 彼の場合は陽子ちゃんが楔となっている。

 ただ、彼がなぜ学校にいるのかは、本人もわかっていなかった。

 曰く『In my drift through the sky, I found myself landing here.』(空を漂っているうちに、気がつくとここに着地していた)とのこと。


 そもそも、彼は自己に関する記憶のほとんどを失っていた。


『Who am I? Where am I from?』

(俺は、誰なんだ。どこから来たんだ)


「誰かは分からないけど、ここは日本だよ」


『Japan? Does that mean I'm Japanese?』

(日本? じゃあ、俺は日本人なのか)


「それは違うと思う」


『Why not?』

(なぜ?)


 ゴリゴリのネグロイドなんだもの。どこからどう見てもモンゴロイドじゃないんだよなぁ。

 いやしかし、見た目だけでは判断できない。

 2世かもしれないし、日本に帰化したパターンも考えられる。


「何か、得意な日本語はある?」


『Well, good at Japanese... I feel like I might remember something!』

(得意な、日本語……。何か、思い出せそうな気がする!)


「言ってみて!」


 おぉ、これは、ジョンの正体に迫るヒントを期待できるのでは?


『ETCカードが挿入されていません』


「アフリカ出身かもしれない」


『Is that so!?』

「そうなのか!?」


 だってそれは、日本の中古車が多いアフリカで最も有名な日本語……。


『Hold on, let me think. I'm starting to feel like I might be Japanese.』

(いいや、待ってくれ。俺は日本人な気がしてきたぞ)


「その理由は?」


『The word 'Suzuki' just popped into my head. It might be my last name.』

(鈴木って単語が頭に浮かんだんだ。俺のファミリーネームかもしれない)


「確かに日本で2番目に多い名字だけど、違うと思うなぁ」


『Why not ?!』

(なぜだ!?)


「愛車のメーカー名だと思うよ」


 この流れで鈴木を思い出すということは、鈴木じゃなくてSUZUKIだろ。

 いや、これだけでは判断できない。

 たまたまETCカードを購入しない家で中古車を買った可能性も考えられる。


『I have no idea what's happening to me. It's all so confusing. I feel like I've just been stuffed with Grandma's meat pie.』

(俺はいったいどうしちまったんだ。訳が分からない。バァちゃんの作ったミートパイをたらふく食わされたときの気分だ)


「意味はわからないけど欧米出身かもしれない」


『Is that so!?』

「そうなのか!?」


 特に意味はないけど、ミートパイといえば欧米な気がする。

 そんなこんなで、平日は過ぎていった。

 翻訳しながらの会話だったので、ちょっとしたやり取りすら時間がかかる。

 結局彼が何者なのかはほとんどわからなかった。


 親父の質問はまだ続く。


「場所は?」


「学校。階段下の影」


「妖怪が発生したら厄介だな」


「そこはまぁ、僕の御守りで何とかするよ」


 幽霊を依代に陰気が集まると、通常よりも強力で恐ろしい力を持つ妖怪が生まれるらしい。

 ジメジメしたあの場所は、とても陰気が淀みやすそうだ。

 学校の結界がなければ、すぐにでも妖怪が発生するだろう。


「ふむ……なぜ、幽霊との交流を望む?」


「いろいろインタビューしてみたい。今のやり方だとかなり時間がかかるから。それに、新しい技術を発見したら、何かの役に立つはず」


「新しい? イタコと呼ばれる、降霊術を扱う者達がいる。彼らの技術を再現するつもりではないのか?」


 いたこ……イタコ……あっ。

 そっか、そうだった。

 既にあるじゃん、霊と会話する方法。

 

 あー、そうか、精錬霊素と同じく先駆者がいたかぁ。

 俺が思いつく程度のこと、他の人が試してないわけないよなぁ。

 一気にやる気が削がれてきた。


「むっ。お前のことだから、それも承知の上かと……」


 その存在は知識として知っていたけど、そうそう頭に浮かんでこないって。前世では眉唾物だと思っていたし。

 ただ、陰陽術を知った今なら信じられる。

 そうだよなぁ、みんな死者と会話してみたいと思うよな。


 俺が意気消沈しているのを見て、親父が口を開いた。


「……そうだな、降霊術やそれに類する陰陽術は特に秘匿性が高い。独自に開発できれば、メリットは十分にある」


 あれ?

 親父は意外と乗り気なのか?

 よく考えてみたら、親父は事実を述べただけで否定はしていない。


「好きにやってみなさい」


「うん、ありがとう」


 心配性な親父のことだから、てっきり反対されるかと思ってた。

 場所が場所だけに、親父は実験に立ち会えないし、何が起こるかわからない。

 道具を揃えるのだってお金がかかる。

 それがまさか、後押ししてもらえるとは。


「次の予約は……ちょうど明日だな」

 

 うん、それを覚えてたからこそ、この話題を切り出したのだ。


「予算は50万までとする」


「わかった!」


 博打と考えたら高いが、研究費としてみたら安い。

 まぁ、足りなければ俺の手持ちから出せばいいや。


 今後も幽霊な彼と会話する機会があるだろう。

 そうすれば、謎に包まれている幽霊の能力だとか、秘匿されている知識を得られるかもしれない。

 意思ある幽霊との出会い――こんな貴重な機会、無駄にはせんぞ!


 〜〜〜


 そして翌日。

 俺達は術具店へやって来た。


「こんにちは!」


「また来たのか」


「来ちゃいました」


 店主は呆れたように言いつつも、店の奥へ案内してくれる。


「買うものが決まったら声を掛けろ」


「いえ、今日は買いたいものが決まってます」


 現状、幽霊とのコミュニケーション手段は念話のようなものだけ。

 空気を振動させるのではなく、霊的な何かで思考が伝わってくる。

 そのせいで、翻訳アプリと音声入力のコンボを使うことができないのだ。


 そこで俺は考えた。

 霊的な何かを空気振動に変換すれば、全て解決するのではないか、と。

 触手で伝達できたのなら、他の何かでも同じことができるはず。


「霊力で振動する素材、もしくは道具をください」


「今回はやけに具体的だな」


 これまでは未知の素材を実験用に買うだけだったから、効果を指定したことはない。

 そもそも、店主とここまで仲良くなっていなければ『そんなサービスはしていない』と、一蹴されていただろう。

 ふっ、何度も通って親密度を上げた甲斐があったというものだ。


「振動……振動な……」


 店主は呟きながら店内を一周し、3つの素材を手に戻ってきた。


「これだな」


「これは?」


老筍粉ろうじゅんこ梳鞣髭そじゅうし、にんぴ」


 一つ一つ指差しながら名前を教えてくれた。

 それぞれの状態は粉、板、革となっている。

 何が素材になっているかまではわからない。


「使い方は?」


「使って覚えろ」


 その方がたくさん売れますからね、わかります。

 しかし、50万では3つも買えない。

 せいぜい1つ買ってお釣りが出るくらいだろう。

 俺の手持ちを加えても2つがいいところ。


「うーん……こっち、いや、こっちか……」


 霊力流したら怒られるかな。

 ダメに決まってるか。

 触手ならバレない……って、そういう問題じゃない。


「うーん」


 やっぱり粉は諦めよう。使い方が全く想像できない。

 板と革、どちらを買うか、どちらも買うか……悩ましい。

 こういう時はどちらを選んでも後悔すると相場が決まっている。よしっ!


「この2つをください」


「こちらもお願いします」


 ちょうど親父の買い物も終わったようだ。

 俺は財布から万札を取り出し、親父のクレジットカードの上に置いた。


「それくらいなら超えても構わない」


「ううん。予算は予算だから。結果が出たら補填して」


 これは単に俺がやりたいことである。

 家の利益になるかも現状不明。

 俺の英語力が上がればそもそも必要ないかもしれない。

 俺が楽をするための、興味好奇心を満たす為の実験だ。

 せっかく若くして自前の収入があるのだから、こういう時に使うべきだろう。


「まいどあり」


「また来ますね!」


「ネット注文すればいいだろ」


 いえいえ、それじゃあ貴方の知識を借りられないでしょう。

 もっと親密度を上げて、使い方も教えてもらえるようになってみせる。

 あとついでに、割引とかセール品の情報も教えてください。

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