第146話 特殊な幽霊

 前回のあらすじ

 ・聖は英語が苦手。

 ・書写で一度だけ関わった陽子ちゃんがいじめられていた。

 ・餅は餅屋で先生に問題をパスした。


 ~~~



 陽子ちゃんが蹲っていた場所へ戻ってきた俺は、少し思案する。

 なんと話しかければ良いのだろうか。

 いつもなら適当に声をかけて、天橋陣の方角へ案内するのだが……。


「Hello. How are you ?」


 とりあえず、さっき使ったばかりの言葉を口にしてみた。

 なぜ英語で話しかけたのかといえば、今日の幽霊は明らかにモンゴロイドじゃないからだ。

 黒い肌に筋骨隆々な肉体、日本人の醤油顔とは異なる濃い顔立ち。

 その貫禄から30代に見えるが、肌の張りを見ると20代にも見える。

 生前はきっと陽気な笑い声を上げていたのだろう。

 そんな彼も、今はただ、生気を感じさせない無表情のまま立ち尽くしてる。


「……」


 これまで幽霊がまともな返事をしてくることはなかったが、なんとなく反応を待ってしまった。

 とはいえ、ここで「I'm fine.」と返されても困るな。


「ここ、陽子ちゃんの逃げ場所みたいだからさ。悪いんだけど、移動してくれない? とりあえずついてきてよ。Come on !」


 腕を振りながら昇降口へ向かう。

 言葉が通じずとも、ジェスチャーがあればなんとでもなる。

 もともと幽霊とは会話出来ていないのだし、今更だ。


『w……』


 何か、聞こえた気がした。

 下校時刻を過ぎた今、この場には俺以外誰もいない。

 だとしたら……。

 俺は後ろへ振り返り、耳を澄ました。


『w……wait……,please』


 しゃ、喋ったぁぁああ!

 幽霊が喋りおった!


 えっ!

 嘘だろ!

 本当に?!


 妖怪ならいざ知らず、どうみてもただの幽霊が意味のある言葉を喋るだなんて。

 もしかして、こいつはレア個体なのか?


「wait……待ってほしいのか? 何を話したいんだ?」


「……」


 あっ、ダメだ。

 また口を閉ざしてしまった。

 さっきのあれは渾身の力を振り絞って出した声なのかも。

 だが、少なくともこいつに思考するだけの自我が残っていることは確認できた。

 なら、どうにかしてこいつの思考を読み取れれば……。


 ツン ツンツン


 困った時の触手頼み。

 霊体にも触れられる触手ならば、あるいは……と思ったのだが、何も聞こえてこない。

 手段が間違っているのだろうか。


 ツン プニ ツン ジジッ『What……』


 ん?

 今、なんか聞こえた!

 接触の仕方を変えればいいのか?

 いや、それだけじゃダメだ。

 接触させる場所は頭部。少し強めに霊体へ押し込む。

 さらに、接触する瞬間にラジオの周波数帯を切り替える感じで……これだ!

 

『What's this tentacle thing that's been poking at me lately?』


 聞こえる!

 幽霊の声が鮮明に聞こえるぞ!

 これはもしや、世紀の大発見では?


『Hey, can you hear me?』

(ヘイ、俺の声が聞こえるのか?)


「えーと、I can hear your voice.」


 おぉ、会話ができた。

 といっても、英語がほとんど聞き取れない俺は雰囲気で答えただけだが。

 can とか hear とか言ってたし、合ってるよな。


『Please, do me a favor. I want you to save her.』


 ……声が鮮明に聞こえるのは良いんだけど、肝心の内容がさっぱり分からない。

 フェーバーってなんだ? want you ってことは何かしてほしいのか?

 くそっ、俺に英語力がないばかりに!


『No response ....... Perhaps it was a coincidence that I responded earlier?』

(反応がない……。もしかして、さっきのは偶然か?)


「違う違う。聞こえてる。I can hear your voice. えーと、I'm learning English. で合ってるのか?」


『So that's how it is. But I only speak English. What am I supposed to do?』

(そういうことか。だが、俺は英語しか話せない。どうすればいいんだ)


 うん、発音が流暢すぎて何を言っているのかさっぱりだ。

 こうなったらあれをするしかない。

 お調子者の学生が英語の授業中に連呼するやつ。


「Pardon?」


『OK. Please, do me a favor. I want you to save her.』


 俺の英語レベルを把握したのか、幽霊は一音一音ゆっくり話し始めた。

 俺は言葉をどうにか単語に分解して、スマホに打ち込んでいく。

 途中で画面を見せては間違っていないか確認し、さらに打ち込んでいく。

 正直面倒くさい。

 俺にリスニング力があれば、こんな手間は掛からなかったのに。


 海外行く前に生きた英語が必要になるとはどういうことだ。

 相手は死んでいるんだけど、死んでいるからこそ生きた英語が必要というか。

 音声入力できないから、俺が聞き取るしかないというか。

 何だこの状況。


「最後はハー、えーっと、herね。よし、死者が真っ先に伝えたかったことは何かな」


 結構な時間をかけて、幽霊の言葉を文字に書き起こした。

 好奇心と共に翻訳結果を見れば、そこにはこう書かれていた。


(頼む、俺の願いを聞いてくれ。あの子を救ってやってほしいんだ)


 彼女とは誰か、なんて聞かなくても分かる。

 陽子ちゃんのことだろう。

 死して肉体を失った男は、自分のことよりも先に他人の心配をしていたのだ。


『She comes here every day and is in constant pain. I didn't know what she was saying, but I knew she was suffering as much as dying. Please, save her.』

(彼女は毎日ここへ来て、ずっと苦しそうにしている。何を言っているのかは分からなかったが、死ぬのと同じくらい辛い目に遭っていることは分かった。頼む、彼女を救ってやってくれ)


 うん、たぶん良いこと言ってるんだろうけど、ほとんど分からない。

 それでも、彼の思いは伝わってきた。


「俺にできる範囲で、彼女に力を貸すよ。だから、さっさと成仏するといい。あとは俺に任せな」


『Thank you ...... farewell.』

(ありがとう……さよなら)


 相変わらず無表情のままだが、触手から伝わる言葉には優しさがこもっていた。

 ゆっくりと歩き出した彼は、俺が指さした方角へ進んでいく。

 彼ならきっと、天橋陣まで迷わず行けるだろう。


 遠のいていく幽霊の背中を見送りながら、俺はスマホで検索する。

 心優しき彼に、どうしてもこの言葉を送りたくなったのだ。


「I wish you all the best on your new journey.」

(あなたの新たな旅路に幸多からんことを)


 転生した先で、幸せな人生を歩めますように。

 俺の声が届いたのか、彼は振り返ることなく右手を挙げて答えるのだった。

 くっ、格好いいなあいつ。


「英語、もう少し真剣に勉強しようかな」


 そんな気持ちにさせられた、短い出会いだった。


 ~~~



「何でまだいるんだよ」


 翌日、陽子ちゃんがまた逃げ込んでいないかと階段下へ行ってみると、見覚えのある幽霊がそこにいた。


『Hahaha! God doesn't want me yet. I was going to leave the school grounds, but I was back where I started. Maybe God won’t take me until I see her smile again.』

(ハハハ! 神様はまだ俺を欲しがってないんだ。学校の敷地から出るつもりが、元の場所に戻ってきてた。あの子がまた笑顔になるまで、神様は俺を受け入れてくれないんじゃないか?)


 無念があるから成仏出来なかった、と。

 俺の感動を返してほしい。

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