第145話 いじめ
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タイトルでお察しください。
読みたくない方は次話3行であらすじを書くので、読み飛ばしてください。
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「Hello everyone!」
学習指導要領が改定され、小学3年生から外国語教育が必修化された。
それにより、俺も去年から英語の授業を受けている。
ネイティブの特別講師が教壇に立ち、流暢な英語で授業を進める。
「Hijiri stand up ! Repeat after me "How are you ?”」
「How are you ?」
授業開始時のお約束として、数名指名されて挨拶の実技演習が行われる。
目立ちたくない一部の生徒にとっては地獄のような時間だ。
「I'm great, because I’m glad to see you.」
実は俺も、この授業は苦手である。
なぜなら、前世の優位性がほとんどないからだ。
何かの懸賞が当たったのをきっかけに、一度だけ海外旅行へ行ったことがある。
結論として、全然話せなかった。
ビックリするくらい聞き取れないし、ビックリするくらい言葉が出てこなかった。
頭の中で単語をこねくり回すことができても、それでは会話のテンポに追いつかない。
結局、俺はそれっぽい単語を並べたて、相手が察してくれたおかげでなんとかなった。
義務教育によって約7年鍛えた英語力は、ほとんど役に立たなかったのだ。
とはいえ、それは俺が生きていた頃からずっと言われ続けていること。
俺らの犠牲によって教育方針が変わり、英語の入門はコミュニケーション重視となった。
生きた英語力とか言って、教科書で文字を追いかけるのではなく、会話形式で授業が進められる。
このように。
「How about you ?」
「
「OK ! Good job !」
果たして、これによって実用的な英語が身につくのか……外国へ行くその日まで結果は分からない。
正直、俺が英語を覚えるよりも、翻訳アプリの進化に期待したい。現時点でもかなり高精度で役に立つ。
そして、俺が最強の陰陽師になった暁には、通訳を雇って優雅に海外旅行するんだぁ。
まぁ、いずれ訪れる英語のテストから逃れられない以上、勉強せざるを得ないのだが。
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一日の授業が終わり、俺は背負いなれたランドセルと共に昇降口へ向かって歩いていた。
すると、とあるクラスから声が聞こえてきた。
「ヨーコ菌だ!」
「うわぁ! 汚ねぇ!」
「はい、タッチ」
「バリアー張ってるから効きません」
懐かしいセリフである。
前世でも同じくらいの歳に流行った言葉だ。
いや、流行ったなどと言ってはならない。
これは間違いなく、誰かの尊厳を貶める言葉なのだから。
「あの子か……」
教室を覗き込めば、ターゲットにされた子はすぐにわかった。
俯きがちに帰り支度をする女の子だ。
他の子供達は複数人でつるんでいるのに、彼女だけ孤立している。
ひそひそ
くすくす
いやらしい視線と共に、悪意に満ちた嘲笑が聞こえてくる。
女の子だから可哀想だとか、この年齢では適用されない。
何かしらきっかけがあれば、誰でもいじめの対象となりうる。
さて、そのきっかけが何なのか調べてみよう。
入り口近くの席に、低学年の時のクラスメイトがいた。
これはちょうどいい。
「久しぶり。ねぇねぇ、あの子の名前教えてくれない?」
「あっ、聖くん。あの子の名前? 陽子ちゃんだけど、どうかした?」
やはり、交友関係を増やしておいて良かった。
こういう時にも人脈は役立つ。
君のおかげで情報が得られたよ。ありがとう、えーと……あー……君の名前なんだっけ?
名前を忘れたことを悟られないように、俺は元クラスメイト君に答える。
「どうかしたも何も、周りの奴らがずいぶん格好悪いことしてるなと思って」
「ああ、うん、酷いよね……」
悪いことだとは思うけど、止める勇気はない。
次は自分がターゲットになるかもしれないから、ただ傍観するのみ。
この子もまた、消極的にいじめに加担しているのだ。
俺は、そんな彼を責めることはできない。
なぜなら、前世の俺も同じことをしていたから。
「どうしてあんなことされてるの?」
「たぶん、給食のデザートを落としたから」
「それはいつの話?」
「3年生になってすぐの頃」
1年以上前じゃないか。
彼から話を聞く限り、くだらないほど些細な失敗が引き金となって、今日までずっといじめの対象にされてきたようだ。
酷すぎる。
「……聖くん、あれ、止めてくれない?」
「なんで俺に?」
少年は意を決した様子でお願いしてきた。
「さっきも言ってたじゃん。かっこ悪いって。僕もかっこ悪いって思うから。陽子ちゃんを助けてあげて」
助ける……ね。
そんな御大層なこと、俺にはできない。
「そうだね。格好悪いことは止めないとね」
そう、これは救済でも、善行でもない。あまつさえ偽善ですらない。
ただの贖罪だ。
放課後は道具の改良実験をするつもりだったが、予定変更だな。
陽子ちゃんはランドセルを背負い、教室の外へ出た。
俯いたまま歩く彼女の姿は、とても痛々しい。
俺は静かに彼女の後を追いかける。
「あれ?」
陽子ちゃんはなぜか、昇降口を通り過ぎていく。
いじめっ子がいる場所なんて長居したくないだろうに、どうして帰らないんだ?
距離を取って慎重に追いかけると、曲がり角で彼女を見失った。
ここは特別教室が集まるフロアだ。
誰もいない廊下は静寂に包まれており、なんとも物悲しい空気を感じる。
「ん?」
しばらく耳を澄ますと、なにやら小さな声が響いてきた。
足音を消して音源を探る。
どこだ……ここか……?
階段の裏側、物置として使われているスペースに、彼女は居た。
「運動できないからダメなのかな。ぐすっ。可愛くないからかな。うぅ。生まれてこなければよかったのかな。ひっぐ」
少し様子を見ようと思っていたが、そんな余裕はなさそうだ。
このまま家に帰したら、学校どころか現世からも居なくなってしまいそう。
次に会ったときは幽霊になっていたなんて、シャレにならない。
(似たような背中、少し前にも見たな)
友の幼稚園時代を思い出しつつ、数歩後ろに下がった俺は、足音を立てて再び近づく。
「隣に座ってもいい?」
気分はナンパ野郎だ。
実のところ、弱った女の子とどのように接すればいいのかさっぱり分からない。
美月さんの時もそうだったが、素人にメンタル系の対応は難しすぎる。
とりあえず、明るく振る舞うことしか思いつかなかった。
「ひ、ひじり、くん。どう、してっ、ここ、にっ」
嗚咽を漏らしながら名前を呼ばれ、俺は少し動揺する。
なぜ俺の名前を……あっ。
今まで気が付かなかったけれど、陽子ちゃんは低学年の時のクラスメイトだった。
1年間で背も伸びたし、ぷっくらしていた顔も少し細くなっている。
彼女とまともに話したのも、書写展覧会用の作品を書いて帰りが遅くなり、家の前まで送った一度きりだけ。
仲良しグループも異なるうえ、どこか避けられていることもあって、正直忘れてた。
なんてことはおくびにも出さず、続けて問いかける。
「陽子ちゃんはこんなところで何してるの?」
「……」
俺が強引に隣へ座ると、陽子ちゃんは顔を背けて涙を拭う。
それでも涙は止まらず、次から次へと溢れ出す。
その隙に、俺は彼女を観察してみた。
パッと見た限り、容姿が特別悪いということはない。優れてもいないので、ごく普通の顔立ちといえる。
ただ、服がくたびれている。
サイズも小さく、体に合っていない。
買い替える暇がないのか、あるいは金銭的に余裕がないのかもしれない。
そんなことを考えているうちに、陽子ちゃんは落ち着きを取り戻していた。
「いきなりごめんね。陽子ちゃんが泣いているのが見えたから、ついてきちゃった。なんで泣いているのか、教えてくれない?」
「……みんなが、わたしが悪いって、ブスだって、汚いって、菌だって、うぅぅぅ」
再び感情が溢れ出し、しばし会話が止まった。
背中をさすってあげると、堰を切ったように泣き出した。
静かな廊下に声が響く。
頼むから、今はだれも来ないでくれよ。
「落ち着いた?」
「……うん。ごめんなさい」
他人の表情を窺うような視線。
これはまた、自信なさげな挙動だ。
何となくだが、いじめが原因というよりも、家庭に問題がありそうな気がする。
そして、その自信のなさがいじめを悪化させる、と。
おずおずと話す陽子ちゃんからいじめの流れを聞くと、クラスの少年から聞いた話と同じ内容だった。
最初は小声で何かを言われるだけだったが、次第に女子からハブられ、男子から心無い言葉を向けられ、私物を隠されたりもしたという。
怪我をするようなことがなかったのが不幸中の幸いか。
「そっか、大変だったね」
ん? 少し臭うな。
なんだろう。
よく見ると陽子ちゃんの服に毛がついている。
「話は変わるけど、もしかして、ペット飼ってる?」
「猫、飼ってる」
あぁ、獣臭さもいじめの原因の一つか。
いじめられる側に原因があるとは言いたくないが、その切っ掛けにはなってしまう。
いじめっ子は、自分より弱いコミュニティのはぐれ者を狙うのだから。
みんな勝手だよね。
ペットを見たら「可愛い」ってはしゃぐくせに、その生き物が放つ臭いは嫌うのだから。
結局、動物園のふれあいコーナーくらいがちょうど良い距離感なのだろう。
「わたしが、悪い、のかな?」
この地域は裕福な家が多いので、こういう子はめったにいない。
だから、余計に目立ってしまったのだろう。
それにしても、以前家に送った時は大きなマンションに住んでいたと思うのだが、何があったのだろうか。
「ひじりくん、わたし、汚い?」
なんにせよ、幼い少女にこんな台詞を言わせる環境が正しいわけがない。
前世で何もしてあげられなかった俺の贖罪で申し訳ないが、君の力になろう。
「君はどこも汚くなんかないよ。君は何も悪くない。悪いのはクラスの子達だ」
「本当に?」
「うん。大丈夫、僕が何とかしてあげるから」
なんて言ってみたものの、俺にいじめ問題を解決する手段はない。
そもそも、一個人でどうにかできる問題なら、社会的大問題になったりしない。
ならば、こんな時どうするべきか――告げ口だ。
陽子ちゃんの手を引いて、俺は職員室へ向かう。
そこで仕事に打ち込んでいる壮年の女性に声をかけた。
「先生、大切な相談があるので、どこかお話しできる場所はありませんか」
「わかりました。ちょっと待っててね」
俺の真剣な表情と陽子ちゃんの涙の跡を見て、先生はすぐに個室を用意してくれた。
ここなら、ほかの人に聞かれる心配もない。
「陽子ちゃんが悪質な嫌がらせを受けていました」
「……! 詳しくお話を聞かせてくれる?」
さすがはベテランの先生、いじめ問題にも慣れていらっしゃる。
この先生は低学年の時の担任だったので、性格はある程度把握している。
自分の仕事に誇りを持っており、子供のために身を粉にして働けるタイプの人間だ。そして、学校内での地位も確立している。この先生が問題提起すれば、学校側も無視することはできない。
陽子ちゃんの頼もしい味方になってくれるだろう。
逆に、陽子ちゃんの担任は臭い物に蓋をするタイプだ。
職員室で「早く帰りたい」と言っていたのを覚えている。若い先生で、新婚らしい。
面倒ごとに首を突っ込みたくなかったのだろう。
その結果がこれなので、彼には責任を取ってもらうことになる。
まぁ、頑張れ。
「恐らく、家庭にも問題があると思います。こういう時どこを頼ったらいいのか分からないので、先生、お願いします」
「わかりました。先生に任せてください。聖君、このことは他の人に言わないでね」
街が夕焼けに染まる頃、しっかり口止めされたうえで聞き取り調査から解放された。
これで何かしら対応してもらえるだろう。
一件落着とは言わないが、素人の俺よりも適切な対応をしてもらえると思う。
陽子ちゃんとはもう少し話があるようで、先生が家まで送ってくれることになった。
俺も太陽が出ているうちに帰りたいところだが、その前にちょっと用事がある。
陽子ちゃんが蹲っていた場所へ戻ってきた俺は、少し思案する。
なんと話しかければ良いのだろうか。
いつもなら適当に声をかけて、天橋陣の方角へ案内するのだが……。
「Hello. How are you ?」
とりあえず、さっき使ったばかりの言葉を口にしてみた。
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